第147話 灰色の

 黒い霊長との死闘を潜り抜け、なんとかギルド(会社)に辿り着くことができた。

 今朝は予期せぬ遭遇戦があったが、今からは通常のクエスト(お仕事)だ。


 今日はダンジョン(客先)に向かう予定はない。

 自席に向かう。

 この近辺では、いつもは大抵、自分が一番に到着する。

 しかし、今日は先客がいたようだ。


「おはようございます」

「おはよう」


 挨拶を交わす。


「今日は早いですね」


 まさか徹夜だろうか。

 それを確認する意味でも、そう尋ねる。

 一昔前なら、それも許されていた。

 しかし、最近はギルド(会社)もそれを見逃すほど甘くはない。

 魔人(マゾい人)の台頭を許容するわけにはいかないのだ。


「昨日、帰り際にバグが見つかってな。デバッグしようと思って、朝早く来た」


 魔法使い(PG:ベテラン)が答える。

 どうやら、徹夜はしていないようだ。

 安心した。

 そんなこちらの考えに気づいたのか、聞いてもいないのに補足してくる。


「最近は残業時間もうるさいからな。ちゃんと帰宅したぞ」


 それが当たり前だ。

 だが、過去にはそれが当たり前でなかったこともある。


☆★☆★☆★☆★☆★


「最近、ブラック企業って流行ってますよね~」


 クエスト(お仕事)の合間に、後輩がそんなことを言い出した。

 いわゆる雑談というやつだ。

 だが、注意するほどじゃない。

 こんなことで注意していたら、息が詰まってしょうがない。


「流行っているわけじゃないけど、テレビでよく聞くようになったわね」


 魔法使い(PG:女)がその話に乗る。

 最近の定番の流れだ。


「でも、うちの会社も前はかなり残業が多かったと思うよ」


 自分もその話に入る。

 積極的にクエスト(お仕事)中に雑談をするわけじゃないが、コミュニケーションというやつだ。

 それに話に加わっていれば、きりのいいところで、雑談を終わらせやすい。


「月にどれくらい残業していたんですか?」


 魔法使い(PG:男)が尋ねてくる。

 どのくらいだったか。


「一日5時間の残業で土曜日に出勤して・・・150時間くらいかな?」


 今だと間違いなくブラック企業扱いだろう。

 だが、当時はギリギリ耐えられてしまったのだ。

 帰ってすぐ寝れば6時間は睡眠時間が確保できる。

 そして週に1回は丸一日休むことができる。


 そんな自分の答えを聞いて、若い三人は驚愕の表情を浮かべる。

 しかし、上には上がいる。


「それは、普通に忙しいときだな。緊急対応が入ったときは・・・」


 珍しく魔法使い(PG:ベテラン)が雑談に加わってくる。

 普段はクエスト(お仕事)中に雑談に加わることは少ないのだが、残業のことには興味があるのだろう。

 魔人(マゾい人)の中には、それを誇る者もいるという。

 そのせいだろうか。

 なにはともあれ、彼はさらなる驚愕を若い三人にもたらす。


「200時間くらいか」


 そう。

 緊急対応が入ったときは話が別だ。

 解決するまで帰宅は許されない。

 当然のように徹夜が課せられる。

 そして、日曜日も出勤だ。


「今なら、間違いなくブラック企業ですね~」

「わたし、今の時代でよかったです」

「さすがに、1日も休みがないのは、ちょっと・・・」


 彼らを軟弱だというつもりはない。

 当時がおかしかったのだ。

 そして今現在、自分が所属するギルド(会社)はブラック企業とは呼ばれていない。


「法律で残業が厳しくなったときに、ちゃんと対応している企業は、ブラック企業にならなかったってことかな」


 ばれる前に証拠隠滅したとも言える。

 だが、それは公然の秘密だ。

 進んで口にする者はいない。

 そして、実は今でも・・・


「まあ、今でも持ち出しのノートパソコンがあれば、家で・・・」

「しっ!」


 突然、命知らずなことを言い出した魔法使い(PG:ベテラン)を慌てて止める。

 それは、上の人間だけが知る秘密だ。

 若手に教えていいことではない。


「え?もしかして~・・・」

「うちの会社って、今でも・・・」

「えっと・・・ホワイト企業じゃない?」


 くそっ。

 誤魔化すのは無理か。

 だが、ここで迂闊なことを言えば、命が危ない。


「大丈夫。ブラックじゃないよ」


 それだけを言う。


「えっと・・・ホワイト・・・」

「ブラックじゃないから」


 嘘は言っていない。


『・・・・・』


 沈黙が場を支配する。


「そ、そうですか~。ブラックじゃないですか~」

「あ、安心しました」

「えっと・・・あはははは・・・」


 納得してもらえたようでなによりだ。

 世界には、触れない方が幸せなことがある。

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