第122話 北風と太陽

「ふぅ・・・」


 手強い。

 いつもの戦いとは勝手が違う。

 モンスター(お客様)と戦い慣れた冒険者(サラリーマン)といえど、苦手な相手はいる。

 人間の本能を刺激するソイツに対する戦略は限られる。

 出会ってしまうと苦戦は避けられない。

 一番有効な戦略は出会わないことだ。

 もし出会ってしまったなら、精神力を削りながら戦うしかない。

 だが、それでも討伐は困難だ。

 不可能と言ってもいいだろう。

 ただ、時間が過ぎ去るのを待ち、耐えるだけだ。

 夜になってしまえば、ソイツは敵ではなくなる。

 むしろ、ソイツを利用することは利に繋がる。

 しかし、それも耐えきった後の話だ。

 今はただただ手強い。


 人類共通の敵にして、いまだに根絶されていない、恐るべき存在。 

 スリーピーデビル(睡魔)である。

 科学や文明が進歩しても、人類はいまだにこいつに勝てていない。


「なんだか眠そうですね~。コーヒーは効きませんでしたか~?」


 溜息が聞こえたのか、後輩が声をかけてくる。


☆★☆★☆★☆★☆★


「いや、ちょっと不幸なことがあってね」

「?」


 おみくじで大吉を引くよりも低い確率だ。

 あれは以外に出ることが多い。


 大凶を引くくらいの確率だろうか。

 最近は客に気を使ってか、入れている数が少ない気がする。


「自動販売機でコーヒーを買ったら、お釣りが全部10円硬貨で返ってきてさ」

「あぁ、たまにありますね」


 魔法使い(PG:女)も経験したことがあるらしい。

 共感するような声色だ。


「ちょっと、お得な気分になりますよね~」


 後輩も経験があるようだが、そのときの感じ方は違うらしい。


 しかし、そうか。

 そういう考え方もあるか。

 少しだけ気分が上向いた気がする。


「でも、なんだか疲れているみたいですから、これでもどうぞ~」


 そういって後輩が手渡してくる。


「ミルク味ですよ~。糖分を取ったら、元気になります~」


 個包装された飴玉だった。


「でも、寝不足なら、こういうのはどうですか?」


 そういって魔法使い(PG:女)が手渡してくる。


「レモン味です。容赦ないすっぱさで、目が覚めますよ」


 こちらも同じく飴玉だ。


「ありがと」


 二人に礼を言う。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・えっと」


 なんだか、ものすごく手元を見られている気がする。

 もしかして、どちらかを食べるのを待っているのだろうか。


 ツーッ・・・


 なぜか背中に緊張の汗が伝う。

 どちらを先に口にするか。

 たったそれだけのことだ。

 だが、たった1つの選択が、その後の人間関係を変えてしまうこともある。


「ミルク味もおいしいですけど、ちょっと口の中が甘ったるくなりますよね」

「レモン味もおいしいですけど、すっぱいアメってお菓子の感じがしないですよね~」


 なんだろう。

 相手を否定しているわけではないのに、自分の選択に同意を求める、この絶妙なニュアンスは。


「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・えっと」


 漂う緊張感を感じたのだろうか。

 なんだか、周囲の人間の視線も自分の手元に集まっている気がする。

 もはや、自分が選択をするまで、事態は収拾しそうにない。

 それでなくても敵(睡魔)と戦闘を繰り広げているというのに、なんでこんな味方に攻撃されるような状況に。

 鈍くなった頭を必死に回転させる。


「そういえば・・・・・レモン牛乳ってあるよね」


 それは思い付きだった。


「これ一緒に食べたら、それっぽい味になるかな」


 だが、成功したようだ。


「栃木の郷土料理でしたっけ~?」

「レモンが入っていないのが本物なんですよね」


 興味はそちらの話題に移ったようだ。


 ぱくっぱくっ。


 こっそり、両方を口にいれる。

 混ざり合った甘酸っぱい味が、疲れた心を癒してくれるようだった。

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