第103話 天使と悪魔

 伝説の戦いについて、白熱した議論が交わされた日。

 あまりにも白熱し過ぎたため、予定時間を超えて、昼休みに突入していた。


 ちなみに、もともとの議題は午後から改めて話し合うことになった。

 有意義な時間ではあったが、本来の目的からほんの少しずれた気がしないでもない。

 しかし、誰も文句は言わないので、たいした問題ではないだろう。


 そんなわけで、全員でギルド(会社)の食堂にきていた。

 時間がずれたおかげで、席は空き始めていた。

 これなら6人で座れるだろう。


「お!今日は特別メニューのある日か」


 課長がメニュー表を見ながら呟く。


「わたし、それにします~」


 後輩はチャレンジ精神が旺盛だ。

 特別メニューの詳細も見ずに即断即決している。

 ふむ。

 自分もそれだろうか。

 特別メニューは、たまに首をひねるようなものもあるが、まずかったことはない。

 後輩に続く。


『地獄の瘴気と楽園の香り!魔女の大釜、甘辛カレーセット』


 それが特別メニューの名前だった。

 色々と突っ込みたいことはあるが、それは席に座ってからだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


「なんだか、香りで目が痛いんですけど・・・」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)が激辛カレーを見つめながら言う。


「あ、なんだかフルーツの香りがする」


 見習い魔法使い(プログラマー:男性)が甘口カレーを見つめながら言う。


「混ぜればちょうどいいだろう」


 魔法使い(プログラマー:男性)は味も確かめずに、スプーンで混ぜ始めた。

 彼はダメだ。

 なにも分かっていない。

 戦況を分析するスキルが生き残りを左右する冒険者(サラリーマン)とは思えない。


『いただきます』


 結局、6人とも特別メニューを選択していた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「これは・・・なにを目的としたメニューなのかな」


 同じ皿の上に、半分に区切られて、左に激辛カレー、右に甘口カレーが盛られている。

 境目はあるが壁はない。

 わずかずつではあるが、徐々に混ざり始めている。


「味の変化を愉しむんじゃないですかね~?ほら、ウインナーコーヒーみたいに~」


 なるほど。

 カレーは旨いが、味が単調だ。

 それだけでは、後半に多少の飽きがくる。

 しかし、スパイスが主役の激辛と、フルーツが隠れていない隠し味の甘口では、全く別の料理だ。

 これを、それぞれ別々に、または、混ぜる割合を変えながら食べることにより、飽きはこない。

 シンプルなようでいて、奥が深い。


 得意分野とする領域は違うが、これを考えた人間に敬意を払おう。

 鍛冶場(厨房)にいるであろう鍛冶師(料理人)が、にやりと笑った気がした。


「なかなか、風情があるな」


 諸行無常というやつだろうか。

 課長も気に入ったようだ。


「・・・・・ぱくっ」


 魔法使い(プログラマー:男性)が『先に言ってくれよ』とでもいうような憮然とした表情で食べている。

 満遍なく混ぜられたあれは、もはやただの中辛だ。

 自業自得の人間にかけられる言葉はない。


「すごい汗だけど大丈夫?」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)の声にそちらを向く。

 そこには顔を真っ赤にした見習い魔法使い(プログラマー:男性)の姿があった。

 なにが起きたのかは一目瞭然だ。


「今日・・・社外へ行く用事がなくて・・・よかったです」


 喉の痛みに言葉がとぎれとぎれになりながらも、的確な感想を伝えてくれる。

 味について表現していないように見せかけて、味を端的に表現している。

 彼は芸術のセンスが高いようだ。

 辛さに文句を言わないところも好感が持てる。


「確かに辛いですけど・・・すぐに甘口を食べるとちょうどいいです」


 見習い魔法使い(プログラマー:女性)は早くも攻略法を見つけたようだ。

 彼女は分析能力が高い。

 安易に水を口に含まないところも冷静だ。

 その行為は辛さを無駄に長引かせることになりかねないからだ。


 自分もその技術を真似してみる。

 これはなかなか良い。

 スパイスとフルーツを際立たせるという意味では、この方法が一番いいのではないだろうか。

 そこで、ふと、後輩を見てみる。


「ぱくぱくぱく」

「!」


 無造作に食べているように見えて、そうではない。

 見た瞬間に気づいた。


 90%:10%

 15%:85%

 75%:25%

 20%:80%


 流れるようにスプーンを操作して、絶妙に割合を変えながら、味の変化を最大限に引き出している。


「おいしいですね~」


 平凡な感想を、これほど深いと感じたことはない。

 いや、本人は普通に食べているだけのつもりなのかも知れない。

 だが、その高度な技術は、まさに食べることに特化したスキルだ。

 それを日常的に使いこなしている。


 先輩としての威厳を保つため、汗を流しながら、食べ進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る