第97話 特攻
その日はダンジョン(客先)でクエスト(定例会)だった。
特筆すべきことはなく、ごく平穏に終了した。
「じゃあ、会社に戻るか」
「そうですね」
「はい~」
昼一からのクエスト(定例会)だったので、直帰するには少し早い。
ダンジョン(客先)からギルド(自社)へ戻るべく、転移ポータル(駅)への道を進む。
歩いて10分ほどの距離だ。
半ほど来たところで、信号が赤に変わった。
ぴたっ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
クエスト(定例会)が終わった直後の疲れのせいか、特に雑談することもない。
大きな問題(持ち帰り検討事項)も無かったため、仕事の話も特にない。
何台か車両が通過した後、さらに数十秒が経過した頃、信号が青に変わった。
カツカツカツ
スタスタスタ
パタパタパタ
「最近、暖かくなってきたな」
「日も長くなってきましたね」
「家の近所で桃の花が咲き始めてました~」
課長が話題を提供し、自分と後輩がそれに応える。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
たいした話題のないときの冒険者(サラリーマン)の雑談などこんなものだ。
内容のない会話で口を開き、長時間の沈黙が訪れるのを防ぐ。
発声練習のようなものだ。
いや、後輩は頑張った方だ。
世代と性別が異なり共通の話題を見つけるのが困難な中、天気のネタから花のネタに話題を広げようとしたのだから。
惜しむらくは、桜なら花見の話題に広がっただろうが、桃だといまいち広がらなかった点だ。
だが、決して後輩の責任ではない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
転移ポータル(駅)に到着した。
☆★☆★☆★☆★☆★
ガタンゴトン・・・
その後も似たようなサイクルで会話をしつつ、揺られながらギルド(自社)への道を進む。
会話の内容はよく覚えていない。
記憶に残る内容がなかったことだけ覚えている。
カツカツカツ
スタスタスタ
パタパタパタ
いつもの通勤時とは少しだけ違う道を歩く。
一番の違いは地上だということだ。
いつもは地下を通る。
少し先で歩行者用の信号が点滅している。
これは間に合いそうにない。
信号を一回待つか。
そう思ったときだった。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッ
「えぇ~!」
「ちょ、課長、速いです!」
通常の3倍はあろうかという速度だ。
まるで赤い彗星のようだ。
慌てて走って追いつく。
「はぁはぁ・・・歩くの速いですよ」
「はぁはぁ・・・追いつくの大変です~」
「うん?そうかね?」
課長は何事も無かったかのように、きょとんとしている。
「競歩でもやってるんですか?」
「いや、特にそういったことはしていないが。だが、学生のときは柔道部だったから、足腰には自信がある」
「へ~、そうなんですか~」
足腰の強さと足の速さは、また別物だと思うが。
特にこだわる点でもないので、指摘はしなかった。
ふと見ると、目の前で歩行者用の信号が、今まさに赤になった。
カッカッカッカッカッカッカッカッカッ
「えぇ~!」
「課長、信号!」
課長はそのまま横断歩道の向こう側に到着した。
課長が向こうの歩道に足をかけたタイミングで、交差する車道の信号が赤から青に変わる。
さすがに追うわけにはいかず、後輩と二人で茫然とする。
「・・・・・ゆっくり行こうか」
「はい~」
☆★☆★☆★☆★☆★
「課長、信号無視はよくないですよ」
ギルド(自社)に着くと、先に到着していた課長に苦言を呈する。
「?無視などしていないよ」
「信号が赤になってから渡っていたじゃないですか」
「?ああ。赤になってから数秒後に交差する道路の信号が変わるんだ。数秒で渡れる横断歩道だったから渡った。な?ちゃんと信号を見ているぞ」
信号を見ていればいいという問題ではない。
赤は止まれだ。
「先輩、ひょっとして~」
後輩が何かに気づいたようだ。
そこで、自分も気づいた。
課長は愛知県の出身。
それも名古屋の出身だ。
対して自分と後輩は三重県の出身だ。
「そうか、これが・・・」
「そうです~・・・これが~・・・」
『名古屋走り』
納得した。
だが、感心はしない。
「真似しちゃ駄目だよ」
「しませんよ~」
「・・・なんだか分からないが、反面教師にされている?」
聞こえないフリをした。
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