第54話 暴食

 12月30日。

 今日は金曜日だ。

 いつもの都市を離れて西にきている。


 その都市には人外が存在する。


 両手を振りかぶり、今まさに脚を踏み出す姿のまま、壁に封印されている巨人。

 丸々とした姿で油断させ、ときに毒で人々に襲い掛かる、空を飛ぶ魔獣。

 尖った頭と吊り上がった目という怖ろし気な姿とは裏腹に、自らが足蹴にした人間に幸運を授ける守護神。


 その都市に住む人類も普通ではない。


 商売の面から日本を支配する、商売の神の使徒、アキンド。

 笑売の面から人心支配を狙う、笑いの神の使徒、オワライ。


 人外と人類が共存し、笑気に包まれたカオスな都市。

 魔都(大阪)の地に降り立った。


☆★☆★☆★☆★☆★


「着きましたね~」

「どこから行きましょうか」


 メンバーはこの三人だ。


 自分。

 後輩。

 見習い魔法使い(プログラマー:女性)。


 以前はクエスト(お仕事)で来たが、今日は違う。

 クエスト(お仕事)のときは誘惑に耐えるのに必死だったが、今日はそれを気にする必要はない。

 存分に欲望を満たそう。


「欲張ると回り切れない。めぼしいところはチェックしてきたけど、各自の希望を上げてみよう」


 旅行の初心者にありがちな失敗は、欲張って多くの場所を回ろうとして、回ることが目的になってしまうことだ。

 一歩でも目的の場所に立ち寄ったら満足し、一分もしないうちに立ち去る。

 それでは、本当に楽しんだとは言えないだろう。


「わたし、アレ見てみたいです~。グリコの看板~。それと、道具屋筋に行ってみたいです~。おもしろいものありそう~」

「わたしは、本場の串カツが食べてみたいです。二度づけ禁止を体験してみたいです」

「関西出汁の効いた料理かな。出張で来たときは食べれなかったし」


 ふむ。

 順番を間違えなければ一日で全て回れるだろう。


☆★☆★☆★☆★☆★


 まずは、巨人の封じられた壁にやってきた。


 こいつは、たまに違う個体になっていることがある。

 過去には、女型の巨人が出現したこともあるらしい。

 おそらく、巨人が拘束から逃げ出すたびに、新たな巨人を拘束しなおしているのだろう。

 目的は不明だが、信者を集めるための生贄にしているのかも知れない。


「ポーズとりますから、写真とってください~」

「これが有名な、ひっかけ橋ですか。ナンパしている人・・・いませんね」

「それ都市伝説だから」


 その後は周辺の店を適当に覗いて、その場を去った。


☆★☆★☆★☆★☆★


「お昼はどうしましょうか」

「おいしそうなところ、いっぱいありますね~」

「今回はコナモンは止めておこう。あれは、炭水化物でお腹が膨れて、他のものが食べられなくなるから」


 旨いのだが、前に来たときに食べたし。

 二人が食べたいなら食べてもいいが、そこまでこだわりはないようだ。


「串カツは・・・飲むなら夕食の方がいいよね?」

「あはは」


 笑って誤魔化しているが、図星のようだ。

 ということで、別の料理を食べに来た。


「肉吸ですか~」

「いい香りですね」

「うどんもいいけど、出汁を味わうなら、こっちかなと」


 数多くのオワライが所属する組織ヨシモト。

 そこの人間が考え出したとされるメニューだ。


 完成された存在(肉うどん)から、その心臓(うどん)を取り出すという、神をも畏れぬ人間の知恵が生み出した一品だ。

 白い大地(ご飯)に、太陽(生卵)を落とした品と一緒に食すのが、しきたりだ。


「シンプルですけど、おいしいですね~」

「二日酔いのときに、よさそうですね」

「それが、このメニューが生まれた、きっかけらしいしね」


 満足して店を後にした。


☆★☆★☆★☆★☆★


 次に訪れたのは、武器やレアアイテムなど、通常の店では取り扱わない商品を売る店が立ち並ぶ通りだ。


「刀みたいな包丁が売ってますね」

「本格的な食品サンプルもあります~」

「道具屋筋って、見ているだけでも楽しいよね」


 浪漫がある。


「せっかくだから、何か買いたいな」

「でも、一般家庭で使わないものが多いですよね」

「わたし、これ買います~」


 後輩が手にしているのは、フルーツパフェの食品サンプルだ。

 お手頃なキーホルダーもあるのに、なぜあんな大きいものを。

 いや、自分もなんとなく気持ちは分かる。

 分かるが、絶対に後で置き場所に困るだろう。


「何に使うの?後で後悔しない?」

「まあ、止めはしないけど」

「家にパフェがあるって、幸せな気持ちになるじゃないですか~」


 レジに持っていった。

 せっかくだし、自分も何か買いたいな。


「これにするか」


 武器っぽいし。


「鬼おろしですか」

「料理に使えるし、無駄にはならないかなと」

「名古屋でも専門の店に行ったら売ってますけどね」


 まあ、記念だから。


「わたしは、串かつソースでも買ってきます」


☆★☆★☆★☆★☆★


 薄暗くなってきた頃、旧世界を抜けて新世界にやってきた。

 空を飛ぶ魔獣や守護神が闊歩する、人外魔境だ。


「あ、ふぐが飛んでる~」

「づぼらやですね。冬だし、ふぐもおいしそうですけど・・・」

「今日は串カツだね」


 自分の狙いは、どて焼きだが。


「串カツの店って、ビリケンの像が置いてあるところが多いですね」

「足の裏をさすりながら願いごとをすると、叶えてくれるらしいですよ~」


 よさそうな店を選んで入る。


「とりあえず、盛り合わせを頼んで、後は食べながら好きな串を頼もうか」


 生中3つ。

 串カツ盛り合わせ。

 どて焼き10本。


 店員を呼んで注文する。


『かんぱい』


 ぐいーっ。


「いい飲みっぷりだねぇ」

「同期から、ウワバミって言われてますからね~」

「最初の飲み会で飲み過ぎただけだから」


 そうかな。

 他の人の倍くらい飲んでいるのを、わりと見かけるけど。


 ぱくっ・・・ぐいぃーっ・・・もむもむ・・・ごくん。


「こっちは、いい食べっぷりだねぇ」

「同期から、肉食系って言われていますからね。食欲的な意味で」

「やさいも食べるよ~」


 串カツ1本を一口で食べるのは、食欲もそうだが、食べ方が器用な気がする。


 ぱくっ・・・ゴキュゴキュ・・・ふぅ。


 どて焼きを串から外し、甘めの牛すじを一口ずつ食べながら、辛口のビールで流し込む。

 うむ。

 牛すじが硬い店もあるが、この店のものは適度な歯ごたえを残しつつも、とろけるような食感を提供してくれる。

 当たりだ。


「どて焼きって初めて食べましたけど、おいしいですね~」

「コラーゲンで美容にもよさそうですね」


 自分が好きなものを、他の人が好きと言っているのを聞くと、なんとなく嬉しい。


「あ、注文お願いします。あと、キャベツもおかわりで」


 大阪の串カツ屋は、キャベツが食べ放題の店が多い。

 だが、たいていは1回おかわりするかどうかだ。

 しかし、今回は食いしん坊キャラが、あっという間に食べつくしたようだ。


「ビールおかわり」

「串カツ、ここからここまで全種類お願いします~」

「どて焼き10本追加で」


 宴は続く。


☆★☆★☆★☆★☆★


 店を出ると、暗くはなっていたが、時刻はそれほど遅くなかった。

 早めに店に入ったからだろう。


「帰りの電車で寝ちゃいそうです」


 いい感じに酔っ払っていた。


「お腹いっぱいです~」


 こっちも満腹で眠そうだ。


「でも、切符買ってあるから、泊っていくわけにもいかないし。寝てたら起こすよ」


 まあ、楽しんでもらえたようで、なによりだ。

 なんとか乗り過ごさずに、帰路についた。


 ちなみに、ほっておいたら確実に乗り過ごすであろう酔っ払いは、後輩の家に放り込んでおいた。

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