第42話 極楽浄土

「ふぅ・・・」


 まったりと温泉を楽しむ。

 やはり温泉にくるなら、それだけを目的にするべきだ。

 観光まで欲張ると、短時間しか入ることができず、普段の風呂と変わらなくなってしまう。

 2泊3日に温泉を組み込むなら、1日は温泉に浸かるだけの日が必須だ。

 時間に余裕がないなら、いっそ温泉を外して、観光に専念した方がましだ。


「ごくらく・・・」


 温泉で身体を温め、肌寒い外の空気で涼み、また温泉で身体を温めるを繰り返し、たっぷり時間をかけて湯を堪能した。


☆★☆★☆★☆★☆★


「おまたせ」


 男湯から出ると、先にあがった女性二人がくつろいでいた。

 浴衣が風情を感じさせる。


「ゆっくり、入っていましたね」

「温泉は、ひさしぶりだから、ついつい長風呂した」

「楽しんでいただけて何よりですけど、のぼせないようにしてくださいね」

「涼みながら入っていたから大丈夫」


 長風呂することが多い女性よりも、長時間、温泉に入っていたらしい。

 後輩の方をみると、腰に手を当ててフルーツ牛乳を飲んでいる。

 なかなか、わかっている。


「コーヒー牛乳にしよう」


 もちろんビンだ。

 当然、腰に手を当てて一気飲みだ。


「わかってますね~」


 にやっ。


 笑みを交わしつつ、風情を共有する。


「なんだか美味しそうですね。わたしも」


 仲間はずれは嫌だったのか、ノーマル牛乳を購入して、一口ずつ飲んでいる。


 おしい!


「違うよ~。それじゃ、ダメだよ~」

「え?なに?」


 後輩も見ていられなかったようだ。

 手の位置や飲み方を指導し始めた。


☆★☆★☆★☆★☆★


 夕食は残念ながら、部屋食ではなかった。

 まあ、家族連れではないし、仕方がないだろう。


「もう少し早い時期だと鮎の塩焼きが出るんですけど」


 お猪口で熱燗を飲みながら呟いている。

 不満があるわけではないようだが、ちょっと残念そうだ。


「まあ、旬に食べるのが一番だからね」

「あ。ありがとうございます」


 徳利でお酌をしてやる。

 確かに、日本酒を呑むなら、鮎の塩焼きは至福の一品だろう。


「飛騨牛おいしいよ~」


 こっちは満足そうだ。

 本日のメインは飛騨牛の朴葉味噌焼きだ。


「味噌焼きだから、日本酒との相性もいいと思うよ」

「そうですね」


 焼肉ならビールというイメージがあるが、日本の食材である味噌を使うなら和食寄りだ。

 ビールにも日本酒にも合う、懐の深い一品となる。

 こちらの意見に納得したのか、呑むスピードが上がったようだ。


 ちなみに、自分も楽しみにしている料理がある。

 それは、後半に出てきた。


「漬物ステーキですか。初めて食べます」

「ちょっと、すっぱい~」


 酸味の効いた古漬けを焼き、さらに卵でとじて、まろやかにした郷土料理だ。

 好みによるが、一味唐辛子をかけると、よいアクセントになる。

 これが白飯に合う。

 味噌汁もあれば最高だ。


 さらに、直前に食べた脂でこってりした料理の後味を、さっぱりとさせてくれる点を考慮すれば、至高の一品と呼んで差し支えないだろう。

 最後はもちろん緑茶だ。

 幸福感が全身を包む。


「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした~」


☆★☆★☆★☆★☆★


 部屋で一人くつろいでいると、缶ビール片手に女性二人が飲みに誘いにきた。

 酔ったノリで枕投げをしようとする後輩を止めたり、酔って絡んでくるもう一人に相槌を打ったりしていたら、気づいたら朝の四時だった。

 雑魚寝で転がっている二人に布団をかけてやると、自分の部屋に戻って寝転がった。

 ふわふわの布団が夢の世界へ誘う。


「ごくらく・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る