第27話 刀鍛冶

 刀を造る職人のことを刀鍛冶という。

 材料を炎にくべて、刀を造り上げる。


 ならば、秋の刀と書く秋刀魚についても同じことが言えるだろう。

 材料(食材)を炎(グリル)にくべて、刀(秋刀魚)を造り(焼き)上げる。

 すなわち、秋刀魚を調理する人間は刀鍛冶だ。


☆★☆★☆★☆★☆★


 今日はダンジョン(客先)へ行く予定はない。

 一日中、ギルド(自社)で過ごす。

 そんな日は、昼食はギルド(自社)の食堂で取る。


 普段、ギルドの食堂は、外食するよりもコストパフォーマンスが悪い。

 しかし、たまに大盤振る舞いすることがある。

 いつもは、そのために節約していたと言わんばかりに、やたらボリュームのあるメニューを提供する。

 今日は、そんな日だった。


『特別メニュー 旬の秋刀魚定食 お頭と内臓つき』


 そう書かれていた。

 脂がのった秋刀魚が丸々一匹。

 確かに、おいしそうだ。


 しかし、お頭と内臓つきというのは、単に下処理する手間を省いただけではなかろうか。

 人件費を抑えることにより、いつもより高い食材を使いつつも、いつも通りの値段を実現しているのかも知れない。

 そのことに文句はない。

 創意工夫。

 企業努力の一種と言えるだろう。


 迷わず行きたいところだが、少し冷静になる。


 お頭・・・見た目はよいが、食べない。

 内臓・・・好みがあり、食べない人もいる。


 売り文句のメリットは半分だろう。

 内臓を好むかどうかにより、選択する人と選択しない人が分かれる。

 ちなみに自分は、内臓を全ては食べないが、少し白身に混ぜて食べたときの苦みは、嫌いではない。

 そう考えると、行くべきだろうか。


 だが、もう少し冷静になる。


 提供しているのは、ギルドの食堂だ。

 大量の定食を一度に作る。

 しかも、今回は普段と焼き時間が異なるであろう料理だ。


 ・・・・・


 確率は半々だろうか。


 当たり・・・ほどよい焼け具合

 残念賞・・・焼きすぎてパサパサ

 はずれ・・・内臓が生焼け


 残念賞は許容範囲だ。

 ちょっと損した気分にはなるが、腹を満たす満足感は得られるだろう。


 だが、はずれが致命的だ。

 むかし、牡蠣に当たったときは死ぬような腹痛にみまわれた。

 海鮮類の生焼けは危険だ。


『Aランチ 秋鮭と茸のソテー』


 現代において、鮭も茸も年中食べることはできるが、秋っぽい食材だ。

 特に鮭は秋と名に含まれている。


「こっちだな」


 Aランチを選択した。

 ソテーなら生焼けの可能性は低いだろう。

 万が一、生焼けだったとしても、内臓が含まれていない分だけ、被害は小さいだろう。


 バターの風味が効いた秋鮭と、歯ごたえのよい茸のコラボは、充分に満足することができた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「うーん・・・」


 先ほどから課長が唸っている。

 席を立つ頻度も、いつもより多いような気がする。


「どうかしたのですか?」

「いや、胃腸の調子が悪くてね」

「午前中はなんとも無かったんですか~?」

「ああ、昼飯を食べた後から、どうも調子が・・・」


 これはアレだろうか。

 自分は賭けに勝ち、課長は賭けに負けた、というやつだろうか。


「なに食べたんですか~」

「秋刀魚だ。旬という言葉に惹かれてね」


 やはりアレらしい。

 魅惑的な言葉に引き寄せられて、罠に嵌ったようだ。


 そういえば、後輩は大丈夫だったのだろうか。

 以前、外食したときは『秋の実り定食』を食べていたようだ。

 旬のメニューは好きなのではないだろうか。


「わたし、魚の内臓ってダメなんですよ~。焼肉のホルモンは大丈夫なんですけど~」


 とのことだった。

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