8月26日-16-

ごろんと寝ころんだまま動こうとしない生田さん。


あちらを向いているので表情は分からない。


もしかしたら寝ているのかもしれない。


五分、十分と居たたまれないままに時間だけが過ぎていく。


体育座りもしんどくなってきたし、他に誰も居ないのであぐらをかいた。


柚希ちゃんは何してるんだろうか?


二階にいるのかな?


時間も時間だし寝ているのかもな。


まぁ・・・どっちでも良いけど。


鶴里さんの家から出たらどうしよう。


またあの家に戻ったら、悠里と芹香が戻って来るかも知れない。

だけど、ここまで露骨に僕の情けない部分を見ている訳だし戻って来るとも思えない。


半分半分といった所だ。


だからといって、これから新しい家を探すのも、ぶっちゃけ面倒だ。


住んでた家に戻るとして・・・・・


あっ・・・


そ、そういえば・・・


僕は急いでズボンのポケットを探った。


鍵は・・・僕は持っていない。


今日、ここに来る前は確か・・・悠里が持っていたはずだ。


額に嫌な汗が流れ出した。


この家から逃げ出す事ばかりに気をとられていて、そんな事を考える余裕がなかった。


そもそも、悠里は一度、武器になりそうな物を探しに家に帰ったんだった。


芹香にそう言われた時に気づけそうなものの、僕は気づけなかった。


こうなってしまったら、元いた家に戻るという選択肢は外さないといけない。


うわぁ、面倒くせぇ。


ここから出たら、まずは物件探しからだ。


それを考えたら、あまりここで長居をする訳にはいかない。


生田さんは相変わらずの姿勢である。


このままここに居ても無意味だから僕は静かに立ち上がった。


別にリビングを出てもなんら不自然でもないだろう。


生田さんも僕を止めるとは考えにくい。


それでも足音を極力立てずに僕は、そろりそろりと歩きだした。


リビングのドアをゆっくり開ける。


少しだけ、キィと音が鳴った。


「出ていくの?」


振り返ると生田さんは、いつの間にかあぐらをかいていて、こちらを見ていた。


冷や汗がどっと出た。


正直に言うか、トイレとか言って誤魔化すか考えたが、生田さんは僕の返事を待たずに返した。


「ばいば~い」


小さく手を振って、それからまたごろんと寝ころんだ。


これは正直助かった。


もしかしたら止めに来るかもしれないと思ったからだ。

生田さんはどこまでもマイウェイな方で助かったよ。


「し、失礼しま~す」


小声で僕は告げてリビングから出た。


そのまま、そそくさと家から出た。


玄関の扉を閉め、大きく伸びをした。


「シャバの空気がうめぇぜ!」


誰に言うでなく僕は呟いた。


外はすっかり暗くなっている。


どうしようか・・・


空き家はあるのだろうか?


とりあえず、こそこそと一軒一軒探ってみよう。


僕は鶴里さんの家から離れた場所から探す事にした。


外も暗いし、不安と焦りから僕は走った。



あの家は灯りがついている。


あの家も・・・


見渡し、探すも空き家がなかなかに見つからない。


野宿は極力避けたい。


一夜にしてホームレスとか笑えない。

まだ暑い時期とはいえ夜は肌寒い。

半袖だし、虫もいるし、知らん人に会ったらなんか怖い。


そんなこと想像するだけで背筋が寒くなる。


人の良さそうな方の家に一晩だけ厄介になろうか考えたが、断られたら傷付きそうだ。


しかも何で一晩だけか説明しないといけないし、それ以前に初対面の人と話すのに大きな抵抗がある。


逆の立場だったら、僕は間違いなく断っているだろうしな。


そうなると話した事がある人でないと難しい。


初対面ではない人・・・


隣の家に住んでいる安田さんがいたなぁ。


多分、心良く泊めてくれると思う。


気さくなおっちゃんって印象だし、僕の事も悪い印象を与えていないしな。


僕は来た道を引き返し、住んでいた家の方角へ向かった。



住んでいた家の前まで来ると僕は玄関の前に立った。


一応念のため開いているかもしれないからだ。


悠里が閉め忘れている可能性を信じてみたけど鍵はしっかりと閉められていた。


そこはポカしとけよ・・・


未練がましくここに居てもしょうがない。


僕は隣の家に向かった。


玄関まで来ると小さく深呼吸をしてインターホンを押した。


暫くすると、ゆっくりと安田さんはドアを開けた。


「えっと・・・どうしたのかな?」


なんだろう・・・若干警戒しているように見受けられる。


「や、夜分遅くにすみません」


言って、僕は小さくお辞儀をした。


「はぁ」


きょとんとした顔で気の無い返事である。


普段の安田さんとなんか印象が違う気がする。


「いや~その、申し訳ないんですけど・・ちょっと訳あって・・・1日だけ泊めてくれませんか?」


言いながら僕は、ははっと苦笑いを浮かべた。


「なんで?」


安田さんは目を細めてそう言った。


猜疑心的な表情であり、なんともやりにくい。


「いや、その・・家が鍵閉まってて」


「なんで閉まってるんだ?鍵は君が持ってないの?」


持ってたらお前ん家なんかに来ねぇわ!


「あっ、はい。僕は持ってなくて、一緒に住んでた浅川さんって言う人が持ってまして」


「あぁ、悠里ちゃんか!悠里ちゃんは今どこなの?」


とりあえず嘘を混ぜて僕は返した。


「大室さんって人と二人で出掛けてて、今日は戻って来ないみたいなんっすよ!」


「島はそんなに広くないんだし、悠里ちゃんの所まで鍵を貰いに戻ったらどうだい?」


そんな事出来ないんだよと言いたいが言える訳がない。


「いや~なかなかそれは難しいんですよ」


安田さんはぴくっと眉根を吊り上げた。


「そんな事無いだろう?ただ鍵を受け取りに行くだけなんだし」


そんな風に言われたら、どう返したら良いのかが分からなくなる。


「いや、その・・・なんつーか、ですね・・・」


探り探りに言葉を見つけようとするが見つからない。


僕は何を言うべきなのだろうか。

この人に納得してもらう術が見つからない。


「とりあえず、そういうことで、ね?」


そう言って、扉を閉めようとする安田。


「あっ、そ、その!」


引き止めはしたものの、それでもまだ何か言うべきことを、言いたいことを探るが出てこない。


僕の返事を待っている安田。


だけど何も浮かばない。


安田の表情は曇っていて、首を傾げていた。


考えが浅かった。

こいつなら、すんなり家に招き入れてくれるだろうと思っていたからだ。


だけど実際はそうじゃなかった。


今はそんな事を考えていても仕方ない。


「お、お願いします・・・泊めて頂けないでしょうか?」


上手い返しが思い付かなかった僕は、とりあえずのお願いをした。


安田は小さなため息を吐いた。


重い空気の中、時間だけが過ぎていく。


安田は小さく咳払いをして言った。


「ごめん。忙しいから」


そう言って、僕の返事を待たずに扉を閉めやがった。


忙しいってなんだよ。


露骨に分かりやすい言い訳しやがって。


鍵さえあれば、お前みたいなしょうもないおっさんに誰が頼むかよ。


玄関の扉をおもいっきり蹴ってやりたい衝動に駆られたが、損しか無いのでなんとか我慢した。


だけど胸くそ悪いので扉の取っ手に向かって唾を吐いた。


こんな事しても惨めなだけだが、ムカムカして仕方なかった。


安田の家から離れて、とぼとぼと歩いた。


イライラして、少し頭に血が上っているのか寒くはないな。


道ながら、手垢の付いたアタッシュケースからタオルやら下着やらを抜き取った。


どのアタッシュケースの中にも、食料だけは綺麗さっぱり抜き取られていた。


暫く歩いて、僕は最初に連れて来られたドーム前までやって来た。


入り口の自動ドアは閉まっていて入る事は出来ない。


雨風をしのげる訳では無いが、地面がコンクリートだったから、そのまま座り込んだ。


体育座りに体を丸め、これからどうしようかを考える。


自業自得、因果応報と分かっているが、なんでこんな目に合わなきゃいけないという思いで頭が一杯だ。


「くそ・・・安田」


泊めてくれても良いだろうが!

別に何かくれとか言ってる訳じゃないし、たかが一晩位でガタガタ抜かすなよ。


忙しいってなんだよ。

こんな時間に何が忙しいだよ。


安田が腹立つ。


真壁も腹立つ。


黒田も腹立つ。


芹香も悠里も・・・


だから人と関わるのが嫌なんだ。


ろくなことにならないと分かっていたのに。


暫く、イライラとしていたが、考えること自体が面倒くさくなってきた。


こんな状況下でも眠くはなるらしい。


タオルを三枚ほど並べて僕はあお向けになった。


星を眺めていたらウトウトしてきた。


起きたらまずは寝床探しからだな。


今頃、鶴里さん達はどうなっているんかな。




まぁ・・・どうでもいいけどな。








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