8月26日-15-

髪の毛をくるくると回しながら、悠里は言葉を探そうとするが何も言えない様子である。


そりゃそうだ。

何が大丈夫なのか僕も知りたい位だ。


顔を曇らせている悠里を見て芹香も立ち上がった。


「正護さんも来てくれますよね?」


そう言って僕を見てくる。

その視線は鋭く尖っている。

悠里のフォローと言わんばかりだ。


「ゆ、許して・・・下さい」


「なんやそれ?われ、ふざけとんか!!」


真壁が声を荒らげた。


「や、止めないか!怯えてるだろ!」


すかさず鶴里さんが返した。

完全に僕の味方状態だ。

真壁の言う通り、騙されてくれている。


半分諦めていたけど、この調子なら僕は行かなくて済むかもしれない。


「本当に行かないつもりですか?」


芹香が僕に聞いてくる。


僕は小さく頷いた。


「あなたには本当に呆れます」


馬鹿を見る目で芹香は言った。


ここまで来たら、どう思われようが別に構わないけどな。


「根性出せよお前?」


それはもう聞いたから・・・


「ご、ごめんなさい」


「ホンマ、糞野郎やな?」


真壁への憎悪は胸中へしまい、僕は弱々しく演技を続ける。


「僕が加わると・・・足手まといになると思うんです」


「やってみんと分からへんやろがぁ?」


眉をひそめ僕を睨んでくる真壁。


「だから!真壁君はもう少し・・・ー」


「仰る通りですわ!」


赤井さんの言葉を遮り、芹香が言った。


個人的に、僕と鶴里さんに赤井さんの三人対真壁、悠里、芹香の三人の図になってるように見受けられる。


生田さんはただの傍観者。

正直羨ましい。


芹香から賛同を得た事が嬉しかったのか、真壁は少しニヤついている。


「彼の言う通り、黒田達に捕まったらこちらも迂闊には動けないかもしれない!」


「それは正護さんだけじゃなくて他の方もそうではないですか?」


鶴里さんに芹香は反論する。

ぐうの音も出ない正論。

頑張れ赤井さん。こいつらを論破してくれ。


「そうだが・・・夏川君の今の状態だと、そうなるリスクが上がると思うんだ」


「正護さんは怖いのではなくて面倒なだけですわ」


「そんなこと分からないだろ?」


「分かります。そういう方ですから!」


黙って聞いてれば、芹香はいけしゃーしゃーと突っかかってきてイライラしてくる。


でもここで僕が熱くなる訳にはいかない。


何も返さない僕に芹香は感情的に問い詰めてきた。


「何か言ったらどうですか?」


やじ馬で真壁も「そうや!」と煽ってくる。


「行くのが面倒なだけですよね?」


僕は何も言わない。

ただ黙って怯え、震えのフリをする。


「そんな問い詰めるようなのは良くないよ?」


鶴里さんが諭すかのような声音で芹香に言ったが、芹香は鶴里さんを射るような視線で睨んだ。


暫くの沈黙の後、


「答えて下さい!!」


芹香は叫んだ。


「お、落ち着くんだ!」


鶴里さんが言ったが芹香は無視して僕の胸ぐらを掴んできた。


チ、チンピラじゃねぇか。


芹香は眉間に皺を寄せ僕を睨んでいる。


「ゆ、許して下さい」


小さく僕は呟く。

弱々しく震えて肩を竦める僕に芹香は無言で睨みつけてくる。


掴んだ胸ぐらを外すと小さくため息をついた。


呆れ果てたといったご様子だがそんな事は知ったこっちゃない。


ここで僕が何かを言ったところで芹香の機嫌を悪化させるかもしれないので、僕も無言のままうつ向いた。


それから暫く沈黙があったが、鶴里さんの指示で軽いミーティングが始まった。


内容なんか頭に入れなくても良い訳だから話している内容なんか気にしない。


椅子に座るのも抵抗を感じて、壁際で体育座りの姿勢を取った。

内心は、僕は帰っていい?って聞きたくなるけど勿論言わない。


じゃなくて言えない。


参加する訳じゃないんだし、ここにいた所で邪魔だろうとは思うけどな。


一通りの話し合いが済んだようで、それぞれが動き出した。


ちらっと時計を見ると20:55分だ。


たしか・・・21時決行とか行ってたし頃合いである。


話し合いの最中に考えていたのは、鶴里さんらが出発したら隙を見てここから離れようという事。


だからさっさと出発してくれ。


そんな事を思っていると心配した様子で悠里が僕の目の前に座った。


僕は咄嗟に目を逸らした。


「わ、私達・・どうしたら良いの?」


こいつはまだこんな事を言っているのか。


また話しがややこしくなるのは避けたい。


こいつらが行かないと決めたら、また真壁辺りがきゃんきゃんと吠えるのが目に見えている。


「僕に聞くな・・・よ」


弱々しく僕は呟いた。


「私達だけじゃ・・怖いよ!」


僕がいたらそれが薄まる訳がない。


「鶴里さん達がいるし心配ないと思うよ・・・多分」


そう告げると悠里は僕の手を握ってきた。


手を握ったまま、今にも泣き出しそうな顔で僕を見つめていた。


そんな表情ずるい・・・。


僕はその手を優しく払った。


悠里の手は力なく落ちた。


部屋の隅っこで僕らのやり取りを遠巻きに芹香は見ていた。


無表情でこちらを見ている。

監視されているような気分に陥りそうだ。


暫くすると悠里は僕から離れて芹香の方へと向かっていった。


その背中が露骨に愕然としているので、少し胸がずきんとした。


「それじゃ、生田さんと柚希ちゃんと三人で留守番宜しく頼むよ!」


鶴里さんが僕にそう言った。


気を使ってくれているのだろう。


申し訳ないけど、頃合いを見て僕は出ていくけどな。


「は、はい」


僕は小さなお辞儀と一緒に返事をした。


鶴里さんは小さく頷くと部屋を出ていった。


「よっしゃ行くでぇ!!」


「そうだな」


大声で真壁は叫んだ後、赤井さんとリビングを出ていく。


真壁は出ていく最中、しらっとした目で僕を見た。


何も言われなかったが、見下した目で僕を見ていたのは分かる。


当然といえば当然なんだが、真壁だけはこれから不幸な目に合いますようにと心の中でお願いした。


悠里と芹香も後に続いて出ていった。


また何か言い出して一悶着とならずに済んで良かった。

時間も迫っていたし、あいつらも察したのだろう。


黒田達の所へ向かった結果がどうあれ、二人には幻滅されただろうし本格的にソロ活動になりそうだな。


願ったり叶ったりだ。


リビングには静けさが漂う。


部屋に残ったのは僕と生田さんだけだ。


嬉しい展開になったが、生田さんは一連のやり取りを見ている。

だからといって別にこそこそと逃げる必要性も無いとは思うが、生田さんがいなくなった後の方が動きやすいだろうと思った。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る