7月25日-3-
過去の事を思い出し、なんだか気分も悪くなってきた。
表情が芳しくないのを見て、おそるおそる悠里が呟いた。
「何かあったの?」
探るように心配した面持ちで聞いてくる。
「何でもないよ」
弱々しく僕は答えた。
今、考えている事は墓場まで持っていくつもりだ。だから、夏海にも言ってない。言えやしない。言ったら、きっと・・・必ず嫌われるからだ。
誰かに話した所で気持ちが楽になるようなもんじゃない。
第三者に許しを請うものでもなく、全ては僕の自己保身の為だ。
ただ、それでも・・・信ちゃんだけには謝りたい。
それは叶わないと知りつつも・・・・
「私でよかったら話し聞くよ?」
同じようなトーンで伺う悠里をよそに、僕は不慣れな笑顔で返す。
「あ、ありがと。でも・・大丈夫だから!」
「本当に?」
「う、うん。気持ちだけ受け取っとくよ!」
これ以上は踏み込まれたくはない。
話題を変えようにも、同い年の女性とどう話したら良いものか分からない。
まぁ、同い年とか関係なく、女性と円滑にコミュニケーションを取る事が出来ない訳だがな。
少しだけ沈黙があったが、悠里はテーブルの上のお皿を重ねだした。
僕の食べ終ったシチューの皿も手に取り、後片付けをしている。
カチャカチャと食器の音だけが響く。
僕がやると言った所で、芹香と一緒で断るだろう。
何故にこんな陰湿な男と一緒に暮らしたがるのか分からなくなる。
僕が人畜無害そうだからとか、男性が一人でもいると安全とか言ってたけれど、それでもこんな奴と一緒にいたいと思うだろうか?
自己否定派の僕からしたら、頼まれても関わりたくない。
黙ったまま、ただただ座っている僕に、テーブルの上を片付け終えた悠里が言った。
「一人で抱えきれなかったら、いつでも私が話しを聞くからね?」
優しく投げ掛けて、小さくおやすみと告げると、寝室の方へ向かって行った。
心配してくれている。
それは、ありがたいと同時に、虚しくもなる。
人は、自分が追い込まれてしまうと咄嗟に酷い事をやってのける生き物だ。
自己保身の為、自分を犠牲にして誰かを助けるなんて人間はそうそういない。
自分が犠牲になってまで、人を救おうなんてバカがする事だと僕は思う。
冷えた感情論だが、誰もが善人な訳がない。
だから・・・孤独が一番だ。
だけど、芹香はともかく、悠里のあの性格にあてられている自分もいる。
僕に彼女がいなかったら、あっさり惚れてしまうかもしれない。
最初に会った時は、失礼で態度もでかくて鬱陶しいという感情しかなかったんだけどな。
持ち前の明るさで、僕が心を開いてくれるように明るく話し掛けてくる悠里を見ていると、なんだか申し訳なくも感じる。
今は、とりあえずここを出るまではなるべく僕も最低限の役にはたちたい気持ちだ。
なし崩しに一緒にいる訳だけど、端から見たら僕は羨ましく思われていても不思議じゃない。
美人で愛想良い悠里と、可愛くておとなしい性格の芹香。
そんな二人とルームシェアしているんだから、男性陣から妬まれてもおかしくはない。
ポジティブに考えると、無名島での暮らしが少し明るく感じる。
まぁ、だからといって監視カメラが大量に設置されていて、逃亡を防止するような腕輪も付いているんだし、決して快適とは言えない。
娯楽も無いのは個人的に苦痛だ。
信ちゃんが亡くなってから必要以上に外出をしなくなった事もあり、一人で遊ぶことが多くなっていた。
動画を見たり、漫画やアニメ、ネトゲと引きこもりのテンプレみたいな生活だ。
会社の飲み会や地元行事も、それらしい言い訳で断り続けていた。
会社では、ほぼほぼ間違いなく、つまらない人間だと思われているはずだが、僕がそれで良しとしている訳で、そもそも会社の上司や同僚にどう思われようが心底どうでもいい。
無愛想で根暗な僕に、近寄ってきたのは夏海だけだったな。
両親も、最初は親身になってくれていたが、僕があまりにも心を閉ざしているものだから、やがて話し掛けてくることも無くなっていた。
実家暮らしが居心地悪く、家を出ますと書いた書き置きだけを置いて、会社から近くにあるアパートに移った。
両親とも折り合いが悪いまま、一年以上が経過していたが、まさかこんな島に拉致されているとは知るよしも無いだろうな。
主催者側の奴が言ってた『未来永劫ずっと、この島で暮らす』なんて事が続いたら、夏海は僕の事を忘れて新しい男を作って・・・
駄目だ。こんな風に一人で考え込んでいると、いつもと同じようにネガティブな思考が止まらない。
考えても無意味と分かってはいるものの、自分に自信もない僕は、こんな時はいつも暗くなってしまう。
誰も居ないリビングで、テーブルの前の椅子に座り、呆然と俯いている僕の姿は、どれだけ滑稽に見えているのだろう。
島から脱出出来ない・・・途方に暮れるしかない。
この島に拉致された他の人達は、どう考えているんだろう。
アル中のおっさんみたいな例外もいるが、黒田なんかは無名島を脱出したがっていたし、率先して動く者もいるかもしれない。
それと、主催者側が機会があれば必ず姿を現すとかほざいていたし、それを待つ他ないかもしれない。
こんな風に、希望を持つこと自体が無意味と知りつつも一刻も早く脱出したい。
誰もいない空間で、小さなため息を吐き、僕は自室に向かった。
リビングの灯りを消し、だらだらと歩く。
あいつらは寝たのかな?なんて、どうでも良い事を考えながら僕も眠る事にした。
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