7月22日-5-
首や肩、腰周りがぎちぎちと軋むのを感じながら立ち上がる。
外は明るい。
外の明るさから察するに、およそ四、五時間位は寝ていたみたいだ。
よろよろと窓の外の景色を見ながら、窓に映る自分の腑甲斐無い顔にうんざりする。
寝ぼけ眼で、髪もモサッとしていて頼りなさ気な顔。
ぼーっと何を考えるでもなく、突っ立っていると、一瞬で瞳孔が開いた。
窓に映る、気持ち悪い自分の顔の横に、芹香が無表情で映り込んでいる。
背後に立っている芹香に、窓越しに目が合って、ちょっと目を逸らして、大げさな咳払いをした。
「ん・・・あっ、起きたん?」
てか、この人はなんでこんなホラー要素満載の登場しかしないの?
完全に気配を消して後ろにいる事に悪意を感じる。
「えっと、あまり寝てないんじゃないか?」
僕の問いに何も言ってこない。
ただ黙ったまま真顔のさまが怖い。
芹香さん得意のだんまりである。
絡みづらい事この上ない。
不穏な空気を作り出す天才だわ。
「おはようございます」
えっ!?いや・・・遅っ!!
何、さっきの間。
僕が言葉を発してから1、2分の沈黙の後、芹香は言った。
「あ、あぁ・・おはよう」
引き気味に僕は答えた。
芹香は、そのままテーブルの前に向かうと、テーブルの上に置いてある非常食を手に取った。
非常食で、朝食の支度をしている。
僕の許可なくフリーズドライ食品の炒飯を開封している。
「手伝おうか?」
「結構ですわ」
すまし顔で芹香は言った。
てか、この家の物って僕の所有物じゃないのかな?
いや・・厳密には誰の物でもないのかも知れないが釈然としない。
我が物顔で、台所からお皿を持ってきて並べてくれてるが本当にこいつはマイペースな奴だ。
しかし、悠里はまだ寝てんのか?
この独特な空間に僕は耐えられそうにない。
「ゆ、悠里・・さんはまだ寝てんの?」
「さぁ・・どうでしょうね?」
含みあり気に言う必要もないだろう。
寝てる、起きてるの二択だろうが。
「寝てんのなら起こしに行こうか?」
「あら、若い女性の寝室へ行くつもりですの?」
晴れ晴れと笑いながら言う芹香。
嫌味っぽく話す芹香の横顔は、可愛いのだけど、それでもやっぱり苛立つ。
「い、いや、そんなつもりじゃ・・・」
僕はそこで一旦言葉を詰まらせたが、そのまま顔を伏せた。
不用意に何かを言った所で、無言になったり、嫌味やらを言われかねないので話しが進まない。
お湯を入れて待つだけの、簡単な即席炒飯が出来たみたいで綺麗にお皿に盛りつけた。
ガラスコップから水道水を淹れて、芹香なりの朝食の準備が整ったみたいだ。
少しホッとしたのは一応、僕の分もあるみたいで三人前用意してくれていて良かった。
準備を終えると芹香は、椅子に座った。
椅子に座り、背筋を伸ばしているさまは素晴らしい。
ここでもまた、疲れない?って聞きたくなる程、模範的な姿勢である。
当たり障りのないことを聞いた所で、答えてくれるとも限らないし、必殺の無言を繰り出す恐れがある。
芹香との距離が縮まらない。
別に悠里との距離は縮まっているとは思ってないし、何だったら縮めようとも思っていない訳だが、芹香とは会話が弾む気配が無い。
またもや沈黙が押し寄せている。
堪らず、何かを言った所で嫌な結果になる未来が見えてしまう。
元々、僕はコミュ障だから率先して話しを切り出す事をしない・・いや、出来ない質だから、辛いけど無言のままでいた方がいいだろう。
互いが互いにだんまりを決め込み、時間だけが無為に過ぎていく。
ただ単純に気まずい。
こんな厄介な状況がいつまでも続く位なら、鬱陶しいが、悠里よ早く来てくれと願うばかりだ。
「正護さんは何歳なのですか?」
唐突の芹香の質問。
静けさに耐えかねた様子でもなく、ただなんとなく聞いてきたのだろうけど、本当によく分からん奴だ。
「えっ、25歳だけど?」
僕がそう返すと、芹香は何も言ってこなくなった。
いや、何かあるだろう?
思ったより若いとか、思った通りとか、私より何個上だとか、いくらでも広げられるでしょうに。
しかし、人の事をとやかく言えはしないが、こいつも大概口下手だな。
答えてくれるか分からないが、僕も聞いておこう。
「芹香さんは・・・何歳なんですか?」
「何歳だと思います?」
キャバクラか!って突っ込みたくなるような返しに、僕は軽く首を傾げる。
「ん~、僕よりは若いだろうから21歳位かなぁ?」
こう言う時は自分が思ったより2つ位下に答えた方が良いと、何かの本に書いてあった気がする。
だけど、実際に芹香は可愛い感じの童顔だから本当に二十歳前後じゃないかと思った。
「凄いです。私、21歳ですよ!」
当たったみたいだ、何となく嬉しいぞ。
「驚きました!どうして判ったんです?」
驚いたと言ってはいるが真顔の芹香嬢。
「えっ、いや・・たまたま当たっただけ」
照れながら答える僕に、芹香は少しだけ穏やかな笑みを見せたが、直ぐに真顔に戻った。
笑ってはいけない縛りでもあるのかと疑いたくなる。
そしてまた口を開く事も無く、ぴしっと模範的な姿勢に戻った。
静寂がまた始まった。
芹香も僕と一緒で口下手な方なんだろうし、仕方がないのだろうけど、この沈黙だけは息苦しい。
静けさの中に椅子を引く音が混じった。
芹香は体勢を変え、外の景色を見始めた。
「えっと、悠里さん・・起こして食事にしないのか?」
せっかくテーブルの前に出された炒飯が冷めてしまっても困る。
それに、こいつと二人っきりよりは悠里が居てくれた方が気持ち助かる。
芹香は無言で立ち上がって、寝室の方へ向かっていった。
単純に怖いわ。一言返事くらい返してくれても良いだろうに、それもなく無言で動き出すさまは、ただただ怖い。
隣の部屋で二人の声が聞こえる。
それから程なくして、目を擦りながら悠里がこちらに向かって来た。
「ふぁ~、おはよぅ・・正護君」
言って大きな欠伸をする悠里。
「悠里さん、はしたないですよ!」
芹香の注意に「ごめ~ん」と言ってもう一度欠伸をする悠里。
「食事にしましょう、悠里さん!」
「うん」
小さく頷き、椅子に腰かける悠里。
それに応じて、僕も椅子に座った。
「正護君とお喋りしてたの?」
「少しですが・・」
お喋りって言うのかな?
「何話してたの?」
「正護さんに年齢を聞かれまして」
最初に聞いてきたのはお前だろう。
わずかな沈黙の後、悠里にため息を吐かれる。
「駄目だよ~正護君!会って間もない女の子の年齢なんて聞いたら~?」
スプーンで僕を指差し、悠里は言った。
「ですが、ずばり当てられてしまいましたわ!」
「えぇ!凄いじゃん正護君!」
凄いのか?たまたまだろ?
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