第9話 平和を充分に享受しましょう

 カピバラカフェ・シュガーパインの閉店時間は21時。ドリンクのオーダーストップが20時半なので、それをタイミングとして退店するお客さまは多い。勿論閉店時間までゆっくりされるお客さまもおられる。


 春眞はるまたちはお客さまの邪魔にならない様に、そっと後片付けを始める。空いた皿などを引き取り、洗い始めたり、レジで締めを始めたり。


 酒を出す店で21時閉店は早いと思うのだが、何せ兄弟3人で交代無しの営業なのである。11時開店なので、これが精一杯だ。それ以外に仕込みや片付けにも時間が必要なのだし。


 なら夕方から開店すれば、と言う話も無い訳では無いが、オーナーである秋都あきとがやりたいのは居酒屋やバルでは無く、あくまでカフェなのである。ランチもだが、お客さまにはゆったりとお茶を楽しんで貰いたい、それが第一なのだ。


 最後のお客さまが帰られ、春眞たちは「お疲れさま!」と声を掛け合う。あまゆきも「お疲れさまでしたカピ!」と声を上げた。


「さぁ、お片付けをして晩ご飯よぉ。皆お腹空いたでしょう〜」


「うん! もうぺっこぺこだよ〜」


 茉夏まなつが言って、スタイルの良いお腹をさする。


「俺も。とっとと片付けちゃおう」


 そうして後片付けを始める。春眞はビールサーバの洗浄をし、秋都は食器や調理器具を洗う。茉夏はレジを締めて、それから椅子やテーブルなどの拭き掃除である。


 後ろ足だけで立てて歩けるあまゆきも、甲斐甲斐かいがいしく手伝いをしてくれる。あまゆき用に購入した小さなほうきで床をき掃除である。


 そうして21時になった頃、上の居住スペースからかごを手に冬暉ふゆきが降りて来た。


「晩飯作るけど、こっちの食材何使えば良い?」


 カフェ営業日の夕飯は、冬暉が作ってくれるのである。冬暉は警察官ではあるが毎日勤務制なので、勤務形態は一般会社員とそう変わらない。


「そうねぇ、今日はぁ〜」


 秋都が洗い物の手を止めて冷蔵庫を開ける。「これとぉ、これとぉ〜」などと言いながら食材を出して、冬暉の持つ籠に入れて行く。


「オッケー。じゃ、作ってくる」


 冬暉は籠を抱えて上に上がって行く。そしてまた降りて来ると、今度は残りのブイヨンの鍋を持って行った。


 夕飯の材料は、その日の営業で余った食材も使う。葉野菜やきのこ類、魚介類に肉などは日持ちがしにくく、またカフェで出すのは新鮮なものが良いので、それらから使って貰う。


 有り合わせの材料で作る事になるので、調理人、この場合は冬暉の腕が試される訳だが、冬暉は秋都程では無いが料理が楽しい様である。毎晩美味しいものを作ってくれる。


 そうして後片付けを終えて全員で上に上がる頃には、良い香りが漂っていた。冬暉の夕飯が完成間近なのだろう。


「もうすぐ出来るからよ」


 キッチンに立つ冬暉は言い、手際良く手を動かして行く。今夜は何を食べさせてくれるのだろうか。楽しみだ。


「ほら出来たぜ。運んでくれ」


 ダイニングのテーブルで待っていると、キッチンのカウンタに次々と置かれる料理。春眞たちは立ち上がってまずは各々自分の分、茉夏が冬暉の分も運び、春眞はあまゆきの分を取った。秋都は麦茶のポットとグラスを運ぶ。


 里中さとなか家のダイニングテーブルは、6人が優に掛けられる大きなものだった。両親がいる時には6人で食卓を囲んでいたのだ。今その両親は外国にいる。


 メニューはホルモンときゃべつなどの野菜を炒めたものと、玉葱たまねぎとレタスと卵のスープだ。夕飯時にご飯などは摂らない。その日はもう動く事が無いからだ。その代わりと言っては何だが、昼の賄いが炭水化物メインになっている。


「ホルモン買って来たんだ」


「おう、仕事の帰りにな。急に食いたくなってよ。秋兄あきにい、今日余った肉と魚は冷凍した。今度使う」


「はぁい」


 冬暉もキッチンから出て来て椅子に掛ける。ほかほかと湯気を上げる料理はとても美味しそうだ。


「いただきまーす」


 全員で行儀ぎょうぎ良く手を合わせて、早速スープをすする。


 秋都が丁寧に取ったブイヨンである。美味しく無い訳が無い。それに玉葱とオリーブオイルの甘味が更に加わり、塩胡椒こしょうの味付けも良い塩梅あんばいだ。しんなりと煮込まれているたっぷりのレタスもスープを吸って味わい深く、ふわふわの卵もまた美味しい。


 ホルモンの炒め物に使われている野菜は、きゃべつの他にはマッシュルームと人参だ。味付けはオイスターソースをメインにウスターソースと醤油も入っているだろう。甘味は日本酒だと思われる。


 まずはホルモンを炒め、野菜を入れた時に塩をしていると思うので、それもまた味を締めていると思う。


 ぷりぷりのホルモン。いろいろな部位があって食感が面白い。そこから出る脂が野菜に絡まり、味付けと相まって美味しく仕上がっていた。


 ソースが使われているが、濃いとは感じない。ちゃんとホルモンや野菜の旨味がしっかりと感じられる。


「美味しいよ、冬暉」


「ええ、美味しいわぁ。また腕を上げたんじゃ無ぁいぃ?」


「はい。とても美味しいのですカピ」


「うん。悔しいけど美味しいよ。ボクも作れる様になりたいんだけどなぁ」


「茉夏は何でか料理だけは不器用だからなぁ」


 春眞が言うと、茉夏は「うう〜ん」と顔をしかめた。


「何でなんだろう。もうこれは才能の問題なのかなぁ」


「まぁまぁ、うちはお母さんもお料理苦手でお父さんが作ってたじゃ無ぁい。里中家の女性はきっとそういう星の下に生まれて来たんだわぁ」


 秋都が言うと、茉夏は「納得行かないなぁ」とほおふくらませた。


「ああそうだわ、冬暉、今日播磨はりまさんと高槻たかつきさんが来られたわよぉ。お詫びにね」


「ああ。もうそんな気にしなくても良いのに」


「私たちもそう思ってるんだけどぉ、事が事だったからねぇ。播磨さんたちのお気持ちもまぁ解るわよねぇ。冬暉にもくれぐれもよろしくって」


「おう」


 冬暉は軽く返事をして、ホルモンときゃべつを重ねて放り込んだ。


「で、今日はオムライス食って行ったのか?」


「ええ。ご満足いただけた様で良かったわぁ」


「そりゃ何より」


「そうだ冬暉、あの犯人ってあれからどうなったんだ? 起訴きそされたって言ってたよね」


 現行犯逮捕され、警察署に連れて行かれた犯人は検察に送致され、起訴されたところまでは冬暉に聞いていた。


「ああ、起訴されたから、今は裁判待ちだな。前科無いけどよ、事が事だから実刑食らうだろ」


「裁判!?」


 茉夏がわくわく顔を上げる。


「えっと何だっけ。ほらあれ、証人が呼ばれたりとかあるの!? 証人喚問だっけ!?」


「茉夏ったらぁ、証人喚問は国会とかで証人を呼ぶ事よぉ」


 秋都が小さく笑いながら言うと、茉夏は「あ、そっか」と肩をすくめた。


「呼ばれるとしたら播磨さんだろうな。俺らから呼ばれる事があったら、俺が行く」


 冬暉が言うと、茉夏は「ええ〜?」と不満げな声を上げた。


「何でさ。ボクも行きたい〜」


 そう言って唇をとがらす。


「茉夏、聞き分けの無い事を言うんじゃ無いって」


 春眞が苦笑すると、冬暉も呆れた様に言う。


「本当だぜ。春兄はるにいと双子だってのに、何で夏姉なつねえはこうなんだよ」


「何だとー! 冬暉、ボクはお姉ちゃんなんだぞ!」


 茉夏が怒ると、冬暉は「はいはい」と素っ気ない返事。


 そんな兄弟を見て、あまゆきの悪気の無い一言。


「やはり、とても仲の良いご兄弟なのですカピ」


 すると茉夏が怒りのままに咄嗟とっさに「どこが!」と声を荒げるが、秋都は「まぁ、ほほほ」と嬉しそうに笑う。


「まぁ仲は良いよね。こんなり取り珍しくも何とも無いからね」


 春眞が言うと、冬暉も「だな」と頷く。


「ただ夏姉が餓鬼がきっぽいだけだな」


「何だよもう!」


 茉夏がそう言ってふくれてしまう。


 何とも在り来たりな兄弟の触れ合いである。


 あの物騒な時を乗り越えて、里中家は今日も平和である。

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カピバラカフェ・シュガーパインの事件簿 山いい奈 @e---na

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