第7話 あまゆきの能力のひとつ

「はぁ〜……」


 高槻たかつきの話を聞いた春眞はるまたちは、銘々めいめいそんな溜め息を吐いた。それは感嘆かんたんに近い。


播磨はりまの旦那、そりゃあまた豪毅ごうきなもんだ。たったひとりのチンピラの為にそこまでするか」


 冬暉ふゆきのその遠慮無い物言いに、秋都あきとが「こらっ」と小さくたしなめる。


「でも確かに、思い切りましたわねぇ。企業が暴力団になるなんて、生半可な覚悟じゃ出来ないと思いますわぁ」


 秋都が言うと、高槻は「ああ、本当に」と苦笑しながら頷く。


「私の様な半端者に、良くそこまでしてくださったと思うよ。今でこそ播磨を尊敬しているけど、当時は反発ばかりしていたんだよ。そんな私に社長は根気良く接してくださってね。お陰でこうして更生する事が出来たんだ。あれは今では黒歴史だね」


 そう言いながらも、高槻は懐かしむ様に眼を細めた。


「それからぽつぽつと構成員が増えたんだよ。他の組で播磨の事を聞いたのか、本気で更生を望んだ者もいるし、それでも本気で暴力団員になりたい者もいた。今ここにいる従業員は皆そうして集まった者たちなんだ。播磨の考えに沿わない者もいたが、そういう者は出て行くからね。出て行くにもペナルティを設けていないから簡単なものだよ」


 言うと、高槻の表情が陰る。


「……先ほどこのカフェに乗り込んで来た男も、一時うちにいて出て行った者なんだ。そういう者は大概たいがい別の、暴力団らしい暴力団に移るんだよ。あの男もそうだと思っていたんだが」


 高槻は思案する様にひとみを閉じる。


「……播磨の首を手土産に、とても思ったのだろうか。それとも逆恨みか。あの男が組抜けした切っ掛けは、組の解散だったんだよ。まぁ、こんな事を言うのも何だが、あまり頭の良い男では無かったからね。短絡的と言うか」


 確かに。だからこそ一般の店に乗り込んで拳銃を構えるなんて真似をしたのだろう。頭の良い人間なら辿り着かない行為だ。


「ですが、私たちがご迷惑をお掛けしてしまった事に変わりは無いよね。本当に申し訳無かった」


 高槻がまた深く頭を下げた。他の面々も粛々しゅくしゅくと頭を下げる。


「ああもぉう、大丈夫だったんですから、そんな恐縮なさらないでくださいな〜。こちらが恐縮しちゃいますわぁ」


 秋都が言うと、高槻は「ああ、それもまた申し訳無い」と頭を上げた。


 その時、ドアが開く。見ると茉夏まなつがドアを支えて男性を通し、続けて自分が入って来た。


「茉夏、あまゆきは?」


 春眞が聞くと、茉夏は笑みを浮かべた。


「生命に別状は無いって。大丈夫だよ!」


 そう言い、しかし次には表情を曇らす。


「でも包帯は痛々しいけどね。意識が戻らないって言うか、眠ってる感じだって。回復には体力も大事だからね。寝て体力を蓄えてるって。まだ寝てるから、ボクたちは一旦帰って来たんだ。て言うか、ハルちゃんがあの男を追って行った事も心配だったんだけど!」


 おっと、矛先ほこさきがこちらに向いてしまった。茉夏の苦言に春眞は苦笑しながら「ごめんごめん」と詫びた。


咄嗟とっさに足が出たんだよ。警察も来て捕まえてった。呼んでくれたのは、冬暉?」


「ああ。直接暴力団の係に連絡した」


 冬暉はこのシュガーパインから1番近い所轄署勤務なのである。


「秋兄と俺は高槻さんの素性に勘付いてたからな。あの男もそっち方面だと思ったんだ。だから110番するより、そっちに話した方が早いだろ」


「そうだよね。冬暉も追い付いてくれて助かった。俺ひとりじゃどうにも出来なかったもんなぁ」


「そうだぜ。春兄は足はとんでも無く速ぇが素人なんだから、危ない真似してくれんじゃ無ぇぞ」


「今にして思えば無謀だったよね。今度から気を付けるよ」


「いや、もうこんな事自体2度とご免だぜ」


 冬暉が顔をしかめると、秋都も「そうよぉ」と眉間にしわを寄せる。


「今回はたまたまよぉ〜。こんな事滅多に無いわよぉ」


「そりゃそうか」


 春眞はまた苦笑いを浮かべた。


「じゃあ申し訳無いが、私たちは播磨を迎えに行くよ。このお詫びは後日必ずさせてもらうからね。勿論あまゆきくんの治療費も。ああ……けどもう私たちはこのカフェには来ない方が良いだろうね」


 高槻が少し寂しそうに言うと、秋都が「あらぁ」と眼を丸くする。


「そんな事おっしゃらずに、またいらしてくださいな〜。高槻さんご贔屓ひいきのオムライスも、皆さまに食べていただいていないんですからぁ。播磨さんは勿論、皆さまにも是非味わっていただきたいですわぁ。ですから高槻さんさえよろしければ、また仕切り直しをしてくださいな〜」


 秋都が言うが、高槻は「いや、しかし」と躊躇ちゅうちょする。


「そうですよ、高槻さん。またいらしてください。また貸切の段取りもさせていただきますから」


 春眞が口添えするが、高槻は「けど」とまだ躊躇ためらう。


「良いじゃ無いですか。オーナーがそう言ってるんですから。こんな事でお得意さまが減るのは店としても痛いですしね」


 冬暉がややぶっきら棒に言うと、高槻はそれでも「んん……」とよどむ。


「そうですよ! ボクもこんな事でお会い出来なくなるのは寂しいです。だからまた来てくださいね。美味しい珈琲コーヒーれますから!」


 茉夏が満面の笑顔で言うと、高槻はとうとう観念した様に「……ああ」と嬉しそうに小さく頷いた。


「本当に有難う。そう言って貰えて本当に嬉しいよ。じゃあお言葉に甘えて、また来させて貰うよ。オムライスも食べ損ねてしまったしね。今日は実はね、組解散の祝いだったんだよ。もう播磨もそれなりの歳だからね」


「ええ、是非いらしてくださいねぇ。腕に縒を掛けて作らせていただきますわぁ」


 秋都は安堵あんどした様に笑みを浮かべた。


 暴力団とは確かに物騒であるし、高槻の過去も褒められたものでは無いだろう。だがもう今は違うのだし、皆真っ当に生活をしていると思える。それは皆の物腰を見て容易に想像が出来た。


 ならこのシュガーパインが拒む理由は何ひとつ無いのだ。むしろ質の良いお客さまは大歓迎である。


 春眞も良かったとほっとして、口元をゆるめた。




 播磨を迎えに警察署へ向かう高槻たち一団を見送ってから、春眞たちは着替えて動物病院へと向かう。車の運転は冬暉である。


 あまゆきを拾った時に世話になった24時間営業の動物病院だ。その時のカピバラがあまゆきな訳だが、当時は老衰で運ばれていた上に、今のあまゆきは仔カピバラだ。同一個体とは思われないだろう。


「獣医さんには「あれからまたカピバラに縁があって」って適当に言っといた」


 茉夏がそうけろりと言う。確かにそう言うしか無いだろう。


 看護師に案内されて、患畜かんちくが入院している部屋に入る。そこから先は真夏の案内に任す。


 奥まったところまで行くと、あまゆきは身体に包帯を巻かれ、大型のゲージの中でおとなしく横たわっていた。いつもはぱっちりとした眼は閉じられている。眠っているのだろうか。


 ゲージは床に置かれていたので、その前に春眞たちは屈む。確かに呼吸はしっかりしている様だし、こうして見ると大丈夫そうだとも思える。


 しかしあまゆきは銃弾に倒れたのだ。予断は許されないのでは無いだろうか。


「あまゆき」


 痛々しい姿のあまゆきに春眞がそうささやく様に呼び掛けると、あまゆきの眼がゆっくりと開いた。そしてひょいと頭を上げると、皆の顔を見渡す。


「皆さん、ご無事でしたカピか?」


 いつもと変わらない元気そうな声であまゆきが言うと、春眞たちは揃って「はぁ〜」と安堵の息を吐いた。


「無事じゃ無いのはあまゆきじゃ無いか〜。大丈夫か? 痛く無いか? しんどく無いか?」


 春眞が矢つぎ早に聞くと、あまゆきはふるりと首を振った。


「全然大丈夫なのですカピ。わしは妖怪なのですカピ。人間さまの武器では、少しの怪我ぐらいはするのですカピが、死んでしまう事は無いのですカピ。血が沢山出てしまったので少しお休みが要るのですカピが、問題無いのですカピ。傷口もふさぐ事が出来るのですカピが、入院中にそうしてしまうと不自然なので、今は自然治癒に任せているのですカピ」


「そうなのねぇ。凄いのねぇカピ又って」


 秋都が感心した様に声を上げる。春眞たちも「へぇ」とこぼした。


「なので儂は大丈夫なのですカピ。もう走る事も出来るのですカピ。それよりも皆さんは、お客さまは大丈夫でしたカピ? お怪我などをされた方は」


「大丈夫だよ。皆かすり傷ひとつ負って無いよ」


 春眞が言うと、あまゆきは嬉しそうに眼を細めた。


「それは良かったですカピ」


「でもあまゆき、本当に肝を冷やしたよ。ボクたちはそんな凄い事を知らなかったから」


「確かにお話ししていませんでしたカピ。ごめんなさいカピ。もしかしてご心配をお掛けしてしまいましたカピ?」


「当たり前じゃ無いか! あまゆきはもうボクたちの家族なんだよ。心配するのは当然だよ!」


 茉夏が少しばかり強く言うと、あまゆきは「カピ……」と項垂うなだれる。


「ごめんなさいカピ。あの男性が狙われている、撃たれてしまうと思ったら、身体が動いてしまっていたのですカピ。儂は妖怪なので死なない事も分かっていたのですカピ。でも本当にごめんなさいカピ」


いくら人間の武器とかじゃ死なねぇっつっても、あんまり無茶すんなよ」


「そうよぉあまゆきちゃん。死ぬ死なないとかじゃ無くて、怪我なんてしちゃったらやっぱり心配なのよぉ〜」


「はいカピ。これからは気をつけるのですカピ」


「うん。でもあまゆき、お陰でみんなが無事だったんだ。本当に有難うね」


 春眞が言って、ゲージの格子こうしの隙間から指先だけであまゆきを撫でると、あまゆきは嬉しそうに眼を細めた。




 あまゆきはそれから怪我人の振りをし、それでも獣医に「驚異の回復力だ!」と驚かれ、1週間後に退院した。

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