第3話 和やかな宴

  10日が経った。今夜は高槻たかつきがシュガーパインの貸し切り予約を入れている。時間は19時からだったので、春眞たちはカフェを18時に一旦閉め、準備に取り掛かる。


 今夜が貸し切りだと言う事は、予約が入ったその日の内に、茉夏まなつがパソコンで作ってくれたお知らせを店内の数カ所に掲示した。


 茉夏はなかなかセンスが良く、安価ながらもグラフィックソフトを使い、フリーフォントやフリーイラストを駆使してこういった物を作ってくれる。


 ちなみにシュガーパインのメニューも茉夏の手に寄るものである。茉夏が作ったデータを、少部数印刷に対応している印刷所に発注した。


 オーナーでもある秋都あきとは「こういった事を外注せずに済むのは本当に助かるわぁ」と茉夏に大いに感謝していた。こういったデザインものは1ページ作成だけでも結構掛かるものなのである。制作料が。


 更にちなみに、春眞はるまが茉夏に「何でこんなソフトとかに詳しいんだ?」と聞くと、茉夏は一瞬考えた後「内緒だよ!」と片目を瞑った。


 さて、それはともかく。


 準備である。貸し切りメニューとは言え、その内容は普段シュガーパインで出しているものだ。それをコースに組んでお出しするのだ。


 春眞たちの準備は続く。今は春眞も厨房に入っている。秋都の手伝いだ。


「ちょっと楽しみかも。高槻さんの事、少しでも知れるかなぁ」


 レタスを洗いながら春眞が言うと、秋都は顔をしかめる。それは決して玉葱たまねぎ微塵みじん切りにしているからでは無い。


「春眞ぁ、この前も言ったけどぉ、詮索せんさくは」


「勿論そんなつもりは無いよ。聞き耳も立てない様に気を付ける。高槻さんたちも聞かれて困る事を話題には出さないだろうし」


 すると秋都は困った様に首を傾げる。


「んん〜、あのねぇ春眞ぁ、あんまりこんな事は言いたく無いんだけどぉ、本当に高槻さんには深入りしない方が良いと思うわぁ〜」


 すると、今日は仕事が休みで手伝いに入ってくれている冬暉ふゆきも「だな」と同意する。


「俺はそんな何回も会った事無ぇけど、秋兄の意見に賛成だな。気を付けてくれよ、春兄」


 ふたりにそんな事を言われると、春眞は若干じゃっかん不安になる。


「……解った。気を付けるよ」


 春眞が殊勝に言うと、秋都も冬暉も「ふぅ」と安堵した様な溜め息を漏らした。


「宜しくねぇ」


「頼むな」


 そこまで言われて首を突っ込もうとは思わない。れ聞こえる話はともかく、春眞はとにかく大人しくしておこうと決めた。


 準備は続く。茉夏と冬暉はテーブルセッティング。テーブルをくっ付けて大きなテーブルに見立てる。


 大きなテーブルクロスなど気の利いたものは無いので、いつもの通りのき出しのままだ。


 次に掃除だ。床にちらほらと散らばった笹の葉の欠片をき清める。お客さまがあまゆきの為に購入してくれたおやつだ。


 あまゆきは行儀も良いので出来るだけこぼさない様に食べてくれるのだが、それでもやはりちらりと落ちてしまうのだ。


 あまゆきは高槻の希望もあってこの後も頑張って貰うので、今は事務所で休んでいる。


 シュガーパイン営業中の殆どを撫でられて過ごすあまゆき。気持ちも良いだろうが、ストレスにもなるだろう。少しでもゆっくりして貰いたい。


 さてそうして準備を進めて行って。




 予約の時間19時をほんの少し、1分ほどを過ぎた頃、開かれたドアから高槻が顔を出した。


「こんばんは。今夜はよろしくお願いします」


 高槻はそう言って、丁寧に会釈する。春眞たちも頭を下げて高槻たちを出迎えた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞ」


 春眞が言うと、高槻は「ありがとう」と笑顔で小さく頷き、カフェに入って来る。それに続いてぞろぞろと入って来た高槻の連れは皆スーツを着こなして、皆物静かな印象だった。


 そうして最後。若い男性にエスコートされて入って来た、恰幅かっぷくの良い初老の男性。顔には笑みをたたえて、何とも人の良さそうな人だ。着込んでいるグレイのスーツも良く似合っている。


 男性は入ってくるなりゆっくりと頭を下げた。


「今日はわたくしどもの為にお骨折りいただき、本当にありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」


 これには流石さすがに春眞たちも焦り、「いえいえ」と鳥の様に何度も頭を上下させた。


「こちらこそご予約ありがとうございます! どうぞごゆっくりとおくつろぎください!」


 春眞が言うと、男性はまた「ありがとうございます」とゆったりと腰を曲げた。


 大テーブルに見立てたテーブル。皆は最初に掛けたその男性を囲う様に席を取る。隣には高槻が。年齢的にもあの男性がこの中で1番階級が上なのだろう。


 あまゆきはまず、そのお客さまにとことこと近付いて行く。


「おや、本当に小さなカピバラさんがおるんじゃなぁ。可愛いなぁ」


 男性が相貌そうぼうを崩して、あまゆきに手を伸ばす。が、すんでのところで止まる。


「あの、撫でさせていただいても?」


「はい、勿論です。可愛がってあげてください」


 春眞が笑顔で言うと、男性の手があまゆきの頭から背をそろりと撫でた。あまゆきは気持ち良さそうに眼を細める。


 1度は席に掛けた他のお客さまも、わらわらとあまゆきを囲む。


「本当に可愛いですねぇ」


「癒されますねぇ」


 そう言って笑みを浮かべている。


「あの、後で僕たちも撫でさせていただいても良いですか?」


「ええ、勿論ですよ」


 春眞が言うと、皆は「楽しみだなぁ」などと言いながら、席に戻って行った。

 

 では始めるとしよう。春眞が男性と高槻の間を、程良い距離を取って立つ。


「ではドリンクの注文をお伺いします」


 皆はドリンクのメニューに眼を走らすが、結局全員生ビールになった。春眞が作り、ある程度数が溜まれば茉夏が運ぶ。


 先に入れる分の泡が消えてしまわない様に、心持ち厚めに注いで行く。


 そうして生ビールが行き渡ると。


「この度は本当にありがとう。これは私たちの革新です。これからもどうぞよろしくお願いします。乾杯!」


 高槻の音頭で乾杯がなされ、思い思いにグラスを重ねた皆は旨そうにグラスを傾けた。


「旨いです!」


「美味しいですねぇ!」


 そんな声が飛び交う中、まずは一品目。秋都が整えた料理を春眞たち3人で運ぶ。


「お待たせいたしました。生ハムとスモークサーモンの冷製です」


 サニーレタスと赤玉葱のスライスを敷いた皿に生ハムとスモークサーモンを置いて、玉葱のドレッシングを掛けた一品である。


 玉葱のドレッシングは勿論自家製。先程秋都が微塵切りしていた玉葱をたっぷりと使い、オリーブオイルと白ワインビネガー、塩と胡椒、砂糖を合わせて作っている。


 そう難しく無いものだが、これが素材に合うのだ。


「あ、このドレッシング良いですねぇ。生ハムにもスモークサーモンにも良く合います」


「本当に。玉葱のお陰でさっぱりと食べられて良いね」


 お客さまのそんな会話を聞きながら、春眞と秋都は2品目の準備。その間にも生ビールや、2杯目からは違うものをとワインなどの注文が入り、茉夏と冬暉が愛想良くもきびきびうごく。


「あ、これ国産の中でも美味しいウイスキーだ。僕これ好きだなぁ。すいません、これでハイボールは出来ますか?」


「はい、お作り出来ますよ」


「じゃあお願いします」


かしこまりました」


 注文を受けた茉夏が小さく笑みを浮かべ、ハイボールを作る為にカウンタへ。そろそろ2品目が出来上がる。それを春眞と冬暉で運んだ。


「お待たせいたしました。海老えびとアボカドのサラダです」


 空いた皿を下げながら、それぞれの前に置いて行く。


 ぷりぷりに茹でた海老と熟れたアボカドを山葵わさびマヨネーズで和え、適当に千切ったフリルレタスの上に盛ってある。


「これも美味しい!」


「アボカドと海老って合うよねぇ」


 お客さま方の口から出る言葉は、その殆どが秋都の料理をたたえるものだった。ちらほらと世間話や家族、趣味の話なども出るが、どれも他愛の無いものばかりだ。


 しかも高槻はすっかりと聞き役に回っていて、自ら口を開く事はあまり無かった。


 ドリンクの注文も適度に入り、そろそろ3品目の鯛のムニエルの提供だ。


 その後も4品目のローストビーフが続いて。


 このシュガーパインはあまり奇をてらった料理は提供していない。オーソドックスなものが殆どだ。このカフェは気楽に普段使いして欲しいのである。


 その頃には皆食事をしながらも、ドリンクを片手に立ち話になっていたり、あまゆきを撫でたりと思い思いの行動を取っていた。とてもなごやかな雰囲気だ。


 さて、締めのオムライスを作ろうかと言う、その時。


 カフェのドアが大きな音を立てて開かれた。


 皆驚いて視線を向ける。するとそこには派手なシャツを着た男が立っていた。その眼は見開かれて血走っており、口からは荒い息がはぁはぁと漏れている。明らかに不審者だった。


 冬暉が前に出て「お客さま?」と声を掛けた瞬間、男が素早く上げた手には拳銃の形をしたものが握られていた。


「……は?」


 春眞が間抜けな声を上げ、皆の動きが石の様に固まり、そして店内に緊張感がはしった。

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