第2話 ご予約ありがとうございます

「いらっしゃいませ」


 春眞はるまがそう出迎えたお客さまは、常連の男性だった。


 短めに切り揃えた黒髪を7対3で分け、綺麗にで付けている。フレームの無い眼鏡が、涼やかな表情を知的に見せていた。


 背も高くすらりとした痩身そうしんで、如何にもなインテリジェンスである。


 見た目の通り、その物腰も優雅だ。


高槻たかつきさん、こんにちは」


 春眞がそう言い添えると、高槻は薄く柔和にゅうわな笑みを浮かべる。


「やぁ、こんにちは、春眞くん。少し間が開いてしまったね。席はあるかな?」


「ええ、大丈夫ですよ。こちらにどうぞ」


 春眞は高槻を空いている壁際のふたり掛けの席に案内する。


 カピバラカフェとしてリニューアルしたばかりのシュガーパインは、それこそ数日は満員御礼だったが、今は落ち着いて以前程の人入りになっている。このティタイムの時間帯で、埋まっている席は9割方。


 大盛況は有難いが、その間春眞たちの疲労は抜け切らなかった。休日の冬暉ふゆきに手伝わせてもだ。何事も程々が良いと、身を以て思い知ったのだった。


 高槻を案内して、春眞は水とお絞りを用意する為にカウンタに向かう。それをトレイに乗せて高槻の元に持って行くと、高槻はメニューも見ずに「ブレンドをひとつ。ホットでよろしくね」とにこやかに言う。


かしこまりました」


 春眞はカウンタにいる秋都あきとに「ブレンドひとつね」と言いながら、自分でれる支度したくをする。


 料理は殆どを秋都に任せているが、ドリンクの用意は春眞と茉夏まなつでする。時に寄ってはスイーツの盛り付けなどを春眞がする事もある。


 ちなみに茉夏は調理関係はノータッチである。理由は単に料理が巧く無いからである。


 春眞はドリッパーを出し、その中に側面と底部のシール部分を折ったペーパーフィルタをセットする。それをシンクの上に掲げ、ポットの湯を静かに注ぎ、ペーパーフィルタを湿らす。


 それをサーバの上に置き、ブレンド用の珈琲コーヒー豆を入れて中央を軽くくぼませ、湯を置く様に入れて行く。


 豆全体に湯が行き渡ったら、蒸らす為に30秒待つ。そうして豆がふっくらと盛り上がって来たら。


 珈琲を抽出ちゅうしゅつする為に湯を注いで行く。のの字を書く様に、中側から外側へ。続けて外側から内側へ逆のの字。それを静かに繰り返して。


 そうして、1杯の珈琲が出来上がる。


 ああ、いついでも良い香りだ。春眞はつい鼻をひくつかせる。


 おっといけない。冷めない内にお客さまに運ばなければ。


「お待たせいたしました。ホットのブレンドです」


 トレイに乗せた珈琲を高槻の元に持って行くと、高槻はにこにこと嬉しそうに、足元にころんと転がるあまゆきを撫でていた。


「来てみたら表にカピバラカフェのプレートが出ていたのでどうしたのかと思ったら、こんなに可愛い小さなカピバラさんをお迎えしていたんですね。これは癒されますねぇ」


 春眞は珈琲をテーブルに置きながら「そうなんですよ」と応える。


「縁がありまして、うちにお迎えする事になりました。途中で休憩もいただきますが、カフェが開店している時には何時でも触れ合っていただけますので、よろしければまたお越しください」


「そうだね。けど私はここのブレンドが好きで、このカフェの雰囲気も好きだから、カピバラさんがいなくても来るんだけどね。このカピバラさんに名前はあるのかな?」


「あまゆき、と言います。雄です」


「あまゆきくんか。よろしくね、あまゆきくん」


 高槻がそう言ってまた撫でてやると、あまゆきはそれに応える様に鼻をふすふすと鳴らした。


「では、ごゆっくりどうぞ」


 そう言い残して春眞はその場を離れる。


 高槻はそう年嵩としかさが行っている様には見えないが、とても紳士的だ。春眞も既に大人ではあるのだが、ああいう雰囲気の大人になりたいものだと思う。


 高槻は常連とは言えお客さまなので、そう話をする事は無い。話を振られれば応えるが、カフェ内ではゆっくりくつろいでいただきたいので、お客さまが望まなければこちらから話しかける様な事は無い。


 ただ、ひとりでカウンタに掛けて、話したそうにしているお客さまは、秋都が世間話などの相手をさせていただく事はあるのだが。


 このシュガーパインにも、高槻の他に常連のお客さまはいる。だが名前まで知っているお客さまはそう多く無い。聞く事が無いからだ。


 高槻の場合は、いつも清算の時に領収書を発行するので、その為に提示された名刺で名前を知ったのだ。


 肩書きの無い、社名なども載っていない、恐らくはプライベートな名刺だった。


 何度も名刺を見れば、流石さすがに名前も覚える。むしろ覚えない方が失礼だ。


 それからシュガーパインの面々は、高槻の事を苗字で呼ぶ様になった。その流れで春眞たちの名前も教える事になった。


 ここが高級店であれば「高槻さま」とお呼びするところであろうが、街のカフェである。あまり気を遣われない様に「高槻さん」が妥当だろう。


 さて、春眞たちは忙しなく働き、夕飯タイムを前に客足が谷間になった頃。


 2杯目の珈琲を飲み干した高槻が、伝票を持ってすっと立ち上がる。


「ありがとうございまーす」


 シュガーパインの会計担当である茉夏がレジに向かう。ちなみに茉夏が休憩中などでいない時には春眞がレジ打ちをする。


「あ、茉夏さん、ちょっと待ってください」


 高槻はレジでは無く、カウンタに向かう。そして秋都に「店長さん、お願いがあるんですが」と切り出す。


「こちらで貸し切りは出来ないでしょうか。夜の時間帯なんですが」


 秋都はきょとんとしながらも、「あらぁ」と返す。


「1週間先以降でしたら可能ですわよぉ。人数は何人くらいですかしらぁ?」


「20人ぐらいです」


「じゃあ丁度良いですわねぇ。何時いつがよろしいですかしらぁ」


 秋都は言いながら手元の卓上カレンダーを手にする。


 夜はバルの様な使い方をするお客さまもおられるので、予約を受け付けている。


 その管理は基本パソコンで行なっているのだが、手間無くすぐに確認だけは出来る様に、カレンダーに書き込んでいるのだ。


「夜のご予約が入っていない日はぁ、この日とぉ……」


 秋都と高槻は話を進めて行く。そうして決められた日は10日後となった。


「お料理はどうされますぅ? お値段固定にして、コース仕立てにいたしましょうかぁ? お酒を飲まれるのでしたら、スープは無しで」


「そうですね。その方が良さそうですね。ああ、ですが、実は私、このお店のオムライスが好きなんです。それを加えていただけると嬉しいですね」


「あらぁ、ありがとうございます〜。では締めのご飯をミニオムライスにしましょうかぁ」


「それは嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」


 高槻はそう言って、丁寧に頭を下げる。


「いいええ、こちらこそお待ちしております〜」


「それまでも私個人ではお邪魔させていただくかと思いますが」


「ええ勿論、何時でもお越しくださいませ〜」


 そして高槻は会計をし、今回も領収書を手に店を辞した。


「20人でパーティかな? どう言う人たちなんだろう。仕事とかかな」


「どうかしらねぇ〜。でも春眞、詮索せんさくは駄目よぉ」


「解ってるよ」


 春眞は高槻に少しの憧れがあるので、つい知りたがってしまうのだが、秋都にしっかりと釘を刺されてしまう。


 当日、高槻たちの会話で知れる事もあるかも知れないので、それが少し楽しみだ。

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