1章 お客さま、物騒でございます

第1話 カピバラカフェ・シュガーパインでございます

 カフェ・シュガーパインのオーナーは長兄の秋都あきとである。次男の春眞はるま、長女であり春眞の双子の姉の茉夏まなつは、シュガーパインの従業員である。


 末弟の冬暉ふゆきを含め、4人兄弟になる。両親が「絶対子供は4人で、名前に生まれた季節を入れるの」と結婚する前から宣言していたらしく、それが叶えられた結果だ。


 シュガーパインは兄弟3人で運営していて、冬暉だけが別の会社に就職した。これに関しては一悶着ひともんちゃくあったのだが、これは後に述しよう。


 さて、シュガーパインは「カピバラカフェ・シュガーパイン」としてリニューアルオープンした。リニューアルと言っても改装などは何ひとつ行っていない。表の看板もそのままだ。


 だがプレートを追加した。


 カピバラカフェ・シュガーパイン


 大きめなそれを、ドアに堂々と掲げたのだ。


 すると常連さんも勿論、興味を惹かれたお客さまも続々と訪れた。


 仔カピバラあまゆきは、店内をのんびりと歩き回る。時にはお客さまが掛ける椅子の傍で腰を下ろしたり伸びたりしながら、存分に愛嬌あいきょうを振りいた。


 お陰さまで、店内は満員御礼である。待機列が出来ていないのが幸いか。


「かわいいな〜」


「癒される〜」


 そう言いながらあまゆきを撫でたり、スマートフォンで写真を撮ったりするお客さま。


「餌もあげられるんですか? 100円? じゃあひとつ」


 そんな注文も入り、春眞と茉夏はその度に笹の葉を入れたプラスチック製のカラフルなコップを運んだ。


 シェフも兼ねている秋都はキッチンで忙殺ぼうさつされ、春眞と茉夏も忙しなく動き回る。


「春眞〜、ベリーのパンケーキ上がったわよ〜」


「はーい」


 秋都のオネエ言葉は営業なのである。元々中性的な気質ではあったので、この様な言葉使いもそれに伴う仕草も、無理をしている訳では無いし、不自然にも映らない。


「この方がお客さま受け良さそうだし〜」


 秋都はそう言い、それは的を射ていた。メインターゲットである女性客からは好印象で、カフェの雰囲気を穏やかにするにも一役買っている。


 今はそれにあまゆき人気も加わって、シュガーパインは益々ますます女性人気の高いカフェとなりそうだ。


 さて、春眞はカウンタ越しに出されたパンケーキを受け取ってフロアに出る。目的のテーブルに進みながら、フロア中を見渡して見ると、お冷やが少なくなっているテーブルが眼に付いた。後でお注ぎしに来なければ。


「お待たせいたしました。ベリーソースのパンケーキです」


 フロア仕事もすっかりと慣れたものだ。音を立てない様にすっとプレートを置く。


 色良く焼かれたパンケーキに、ふんわりときめ細かく泡立てた甘さ控えめの生クリームをたっぷりと絞り、ほのかな甘みと酸味を効かせた真っ赤なベリーソースを掛け、生の苺とラズベリーとブルーベリーを添えて。


 若い女性のお客さまは「美味しそ〜」と言いながら表情を輝かせ、スマートフォンを向けた。


 シュガーパインではホットケーキの提供もあって人気メニューなのだが、パンケーキもそれと変わらず人気がある。


 そのものが甘く、バターとメイプルシロップでシンプルにいただくホットケーキと、そのものの甘さは控えめだがトッピングが華やかで、その内容によっては軽食にもなるパンケーキ。


 シュガーパインではホットケーキはお子さまやご年輩のお客さま、パンケーキは若い女性のお客さまに人気だ。


 春眞はカウンタに戻り、お冷やの入ったポットに手を伸ばす。その時中の秋都から声が掛けられた。


「春眞、お冷やをお注ぎしたら休憩に入っていいわよ〜。あまゆきちゃんも連れて行ってね。15分ね」


「満席なのに、大丈夫?」


「今のうちに取っておかないと、このまま晩ご飯タイムになってしまうもの。代わりにいつもより短い時間だけど〜」


「それは大丈夫。じゃあ休ませて貰うね」


 春眞は全てのテーブルを回りながらお冷やをお注ぎし、ポットをカウンタに戻すと、あまゆきを抱きかかえる。


「申し訳ありません。カピバラの休憩をいただきます」


 そう言ってフロアに頭を下げると、バックヤードの事務所兼控え室へと引っ込んだ。やれやれ、やっと休憩である。


「あまゆき、お疲れさま」


 そう言って床に降ろしてやると、あまゆきも「お疲れさまですカピ!」と返してくれる。


珈琲コーヒー飲むか?」


「はいですカピ。ミルクをたっぷり入れてくれたら嬉しいですカピ」


「了解」


 カフェだと言うのに、休憩のお供はインスタントコーヒーである。


 シュガーパインでは旨い上等な珈琲はお客さまに提供される為に存在するのである。従業員の、それも家族に煎れる暇があるなら、皿の一枚でも磨いた方が有益だ。それが秋都の台詞である。


 その代わりと言うのか何なのか、インスタントコーヒーの中では贅沢なものが用意されていた。秋都のせめてもの心遣いなのか、自分も飲むものだからなのか。


 春眞は自分の分はブラックで用意し、あまゆきの分は最近あまゆきの為に新調した深皿に入れた。そこにミルクを注ぐ。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございますカピ!」


 あまゆきの前に置いてやると、嬉しそうに眼を細めた。


 ソファの上、春眞の横に掛けるあまゆきは、そろりと珈琲に口を付けた。


「美味しいですカピ!」


「そりゃあ良かった」


 妖怪となったあまゆきは、汚れとは無縁になった様だ。カフェは土足なのだが、あまゆきの足の裏は勿論身体も汚れない。そして手洗いの心配も無くなったと言う。排泄が無くなったのだ。


 カピバラに必須であると言える水場が必要無くなった。それはかなり大きい。


 そして人間が食べるものと同じものが食べられる様になったのだ。珈琲は勿論、カレーやハンバーグも食べられる。なので食事の支度も別にしなくて良いので楽なものだった。


 あまゆきが珈琲を飲む間、春眞はテーブルに置きっぱなしにしてあるコミック雑誌を手にする。


 週刊発行のそれを、春眞は毎週の楽しみにしていた。紙上では正義感溢れる男子高校生が咆哮ほうこうしている。見せ場だからか大ゴマで。オーソドックスな少年漫画は読んでいてスカッとする。


 そうして熱中していると、休憩時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。だから控え室のドアが開かれた事にも気付かなかった。


「こらぁハルちゃん、休憩交代だよ〜」


 そう言われながら頭を軽くはたかれて、ようやく気付いた。咄嗟とっさに振り返ると茉夏が仁王立ちしていた。


「あれ、もう俺の休憩終わり?」

「15分経ったよ。次はボクの番。あまゆきお疲れさま」


「お疲れさまですカピ。では儂も戻りますカピ」


 あまゆきはそう言って立ち上がる。春眞もコミック雑誌をテーブルに戻して立ち上がった。


 一人称が「ボク」である茉夏だが、性格も男勝りで、もしかしたら兄弟の男3人の誰よりも男前なのでは無かろうか。恐らく腕に任せる喧嘩になっても1番強い。身体能力が高いのだ。


 しかしそれは動いて口を開けばの話で、黙って立っている分には女子力が高く見える。髪も肩胛骨けんこうこつ辺りまで綺麗に伸ばしている。


 カフェ営業中はアップにしているが、爪の手入れやムダ毛の処理も完璧。冬場の肌をあまり出さないシーズンでも手入れはおこたらない。あくまで中身が無駄に男前なのだ。


 カフェの制服も女性用はメイドと思しきデザインのものだった。それも茉夏の本性を隠す一端を担っている。白いシャツに黒いワンピース、白のハーフエプロンで、スカート丈は膝よりも長い。


 パーティグッズやメイドカフェで見る様な可愛らしいタイプでは無く、控えめなヘッドドレスも含めて品良くまとめられている。それが茉夏に良く似合っていた。


 ちなみに男性の制服は白のシャツに黒のパンツ、黒のハーフエプロンである。決して執事風では無い。


「あ、しまった、おやつ食べ忘れちゃった」


 晩ご飯は兄弟揃って閉店後に取る事にしているので、この休憩時間に軽くでも何か食べておかないと保たないのだ。雑誌に熱中し過ぎていてうっかりしていた。


 しかし毎週楽しみにしているバトル漫画がいつも以上にやたらと面白かったのだ。食べ忘れたのは自分が悪いのに、つい責任転嫁したくなる。


「とりあえず栄養補助食でも食べて行きなよハルちゃん。ほらほら急いで急いで」


 茉夏が栄養補助食のチョコレート味を手早くいてくれたので、春眞はそれを大口開けて放り込み、もぐもぐさせながら店に向かった。


ありがとはひはと


 向こうに行くまでに飲み込んでおかなくては。口にものを入れたままお客さまの前に立つなんてとんでもない。秋都にも吹っ飛ばされるだろう。


「じゃ、行こうか」


「はいカピ」


 春眞はあまゆきを抱き上げた。


「兄ちゃんお待たせ」


 そう言う頃には、栄養補助食は無事食道を通過していた。


「は〜い。じゃあフロアよろしくね〜。あまゆきちゃんもよろしくね」


「はーい」


 あまゆきは返事の代わりにふごふごと鼻をひくつかせた。




 春眞は普通の青年である。少しばかり人より嗅覚きゅうかくと聴覚と視力が良く、俊足で跳躍力があるだけの、普通の青年である。


 聴覚の良さはお客さまに呼ばれた時にいち早く気付く事が出来るし、視力の良さはお冷やのグラスや料理の皿があいた事をいち早く気付く事が出来る。なかなかのお役立ちだった。


 嗅覚だけはあまり役に立たないが。万が一秋都が煮込みなどを焦がしてしまったりすれば大事になる前に気付けるだろうが、幸いにして秋都がそういうドジをやらかした事は一度も無かった。


 ちなみに足の速さは、お釣りを受け取り忘れたお客さまを追い掛ける時に役に立った事がある。ついでに言うと跳躍力は今のところ使いどころが無かった。


 さて春眞はその視力を活かし、店内をぐるりと見渡す。と、こんな時間帯だと言うのに食事を摂られていた窓際のお客さまの皿がちょうど空いた。


 伝票を見ると食後に紅茶の注文がされてあった。春眞はカウンターからポットと茶葉を取り出した。

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