第109話 試験の結果


「それじゃあ、予定通りに霊獣狩りに繰り出すか?」


 ハイネルの城塞を後にしたカルマたちは、獣人たちが徘徊する森林地帯に転移した。


 広域で魔力を感知できるカルマに叶う筈はないが、情報網と嗅覚によって相手の居場所を特定するレジィの能力は相当なものだった。


 『猛き者の教会』の過激派たちが実際にいた場所は、レジィが指定した範囲内か、せいぜいズレても数キロ圏内というところだった。

 しかも、鋭敏な探知能力によって移動の形跡を見つけ出して、相手の現在地をドンピシャで特定するのだ。


 レジィの魔力を感知する能力は、同レベルの魔力の持ち主と比べて『多少は鋭い』という程度のものだったが――総合的な探索能力は、ある意味ではアクシアすら凌いでいる。


(相手が仕掛ける気満々なら、アクシアの方が先に気づくだろうけど……隠れてる相手を見つける能力は、レジィの方が数枚上手だな)


 そんな感じで――レジィの案内によってカルマたちは、認識阻害を発動した状態で霊獣憑きから僅か数十メートルの距離まで迫った。


「それじゃレジィ、今度は好きに暴れて良いからさ? ただし……一応、先に降伏勧告をしてからだけどな?」


「了解したぜ、魔王様!」


 レジィが凶悪な笑みで応えた直後に――認識阻害が解除される。

 両手に二本の大剣を構えたレジィは、ゆっくりと獣人たちの前に進み出た。


「よう、『猛き者の教会きょうかい』の間抜けども……『同族殺し』レジィ・ガロウナ様が退治しに来てやったぜ? 死にたくねえなら、さっさと命乞いしやがれ!」


 レジィはまるで悪鬼のように笑いながら、嬉々として霊獣憑きに飛び掛かった。


 戦闘が始まってからも――レジィは狡猾に立ち回った。

 木々の間を擦り抜けるように常に移動しながら上手く位置取りすることで、決して二体の霊獣憑きを同時に相手にはしなかった。


 相手が一体であればレジィの敵ではなく――大剣を振る度に霊獣憑きの血と肉片が派手に飛び散った。


「これじゃ、俺の出番はないかもな?」


 そして実際に――相手の方からカルマやアクシアを狙ってきた三体の霊獣憑き以外は、全てレジィが片づけてしまったのだ。


 結局、カルマたちは五つの過激派グループ全てを相手にして、十二体いた霊獣憑きのうち十体と、激しく抵抗してきた獣人二十人ほどを仕留めることになった。


 残りの二体の霊獣憑きは早々に降伏したので、生き残った他の獣人たちとともに最高指導者グランマスターのバウラスに預けて、その後の処遇も任せることにした。


「バウラス、約束通りに俺たちがハイネルと話をつけたからさ? 今回の件で文句を言ってくることは絶対にないよ」


 そんなことをアッサリと言うカルマに、バウラスは目を白黒させる。

 偉大な竜族の王を説き伏せたなど信じ難いが――彼ら自身の異常な力を目にした今では、反論する気になどならなかった。


「何だよ、今一つ信用できないって顔だな……だったら今度、ハイネルを連れて来てやるろうか?」


 ハイネルを恐れるバウラスが同意しないことなど百も承知で――カルマは意地の悪い笑みを浮かべる。


「まあ、それはそれとして……これから、おまえには色々と役に立って貰うからさ? よろしく頼むよ」


 カルマは念押しすることを忘れなかった。


 これまでのところ、全てが順風満帆に進んでいるように見えるが――カルマは不満だった。

 今回の件で尻尾を掴んでやろうと思っていた本命が、結局一度も姿を現さなかったからだ。


(こっちの動きを勘づかれたか……まあ、仕方ないか? そんなに簡単に片が付いたら、面白くも何ともないからな?)


 道化トリックスターの神ベルベットと『幸運の教会』――これまでに起きた事件を裏側で操っているのは奴らだとカルマは確信している。


(待っていろよ……これからじっくり、追い詰めてやるからさ?)


 漆黒の瞳は、いまだ見えない標的を見据える――


「なあ、魔王様……」


 『猛き者の教会』の総本山を立ち去る際になって、レジィが言い難そうに口を開いた。


「俺は……あんたの役に立てたのかよ?」


 やることは全部やったんだから、普段のレジィなら堂々と言い放つところだったが――

 自分の感覚とは掛け離れた常識外れな力を散々見せつけられて、それでも自信を持てるほどにはレジィも図太くなかった。


 そんなレジィを尻目に――


「この小娘は……何を今さら言っておるのだ?」


 アクシアは呆れた顔で言う。


「もし、おまえを見限っていたら、とうに我が放り出しておるわ!!!」


「……それじゃあ、姐さん!」


「ああ。おまえのような奴でも少しは役に立つことは、カルマも認めておる!!!」


「……魔王様!」


 アクシアの言葉に感極まったのか――微かに潤んだ褐色の瞳が、じっとカルマを見る。


 そんな目で見るなよな――カルマはバツが悪そうに頬を掻いた。


「……そうは言ってもさ? これからだって役立たずだと解ったら、すぐに追い出すからな?」


「ああ……構わねえ! 絶対にそうならねえように、俺は死ぬ気で働くからよ!」


 レジィに真正面から見つめられながら――カルマを思った。


(へえー……こいつでも、顔をするんだな?)


 このときレジィは――

 一片の曇りもない満面の笑みを浮かべていた。


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