第108話 それぞれの想い
カルマたち三人の話がようやく纏まりそうな頃――
認識阻害領域の外側に取り残されたレジィは、一人やさぐれていた。
「てめえら……完全に俺のことを忘れているだろう!」
今にも暗黒のオーラを放ちそうなレジィに――しかしカルマだけは気づいていた。
※ ※ ※ ※
認識阻害領域を解除して――カルマたちは再びハイネルの宝物庫に姿を現わした。
「……カルマ殿(・)の方針は理解した。とりあえず辺境の中立地帯については、獣人たちに他種族の動向を含めて報告させよう」
アクシアとの一悶着の後――カルマから今後の計画について説明を受けたハイネルは、配下の者に諜報活動をさせることを
「それから、直近で動きがありそうなのは北部のランバルト公国だったな? そちらには我が眷属の中から人の姿となれる者を送り込めば良いな?」
「ああ、ハイネル。クロムウェル王国と近隣諸国に関しては別に伝があるからさ、おまえが辺境と北部をカバーしてくれると助かるよ」
カルマは『誰だこいつ?』と言われそうな爽やかな笑顔で応じる。
こういう顔をするときは――何かを企んでいるに決まっていた。
「あとは北部三国の他の二国の監視も、おまえの眷属に任せられないか? ランバルト公国に動きがあれば、それに同調して何か仕掛けてくると思うんだ。だから、できれば三国それぞれに人間の姿になれる眷属を送り込んで貰いたいところだけど――さすがに黒竜王でも無理だよな?」
だったら、ランバルト公国で使えそうな人間を現地調達して他の二国に送り込んで貰うか――カルマはわざと声のトーンを落として言うが――
「……いや、カルマ殿……無理ではない! 我が眷属を三人、北部三国それぞれに派遣しよう!」
ハイネルは顔を引きつらせながら応える。
人の姿になれるのは魔法に長けた極一部の竜だけであり、ハイネルの眷属の中にも僅か五人しかいなかった。
しかも、それぞれが親族を纏める重鎮であり、簡単に派遣できるような者たちではなかったが――カルマに『無理だよな?』などと言われては、竜王のプライドから逆に断れなくなったのだ。
「いや、悪いな……ハイネル、ホント助かるよ」
しれっと笑顔で応じるカルマは――勿論、確信犯だった。
「カルマよ……其方という男は……」
アクシアはカルマだけに見えるように凶悪な笑みを浮かべていた。
「そう言えば……ハイネルよ? おまえの版図の獣人を始末する件は承諾済みということで良いのだな?」
アクシアが思い出したように言う。
大分違う方向に話が進んでしまったが――ハイネルの元を訪れた本来の目的は『猛き者の教会』の過激派を始末しても問題にならないように念押しすることだった。
「……そうだな、アクシア殿。できれば大義名分の元で、殺し過ぎないようにして欲しいところだ。無闇矢鱈と獣人を殺してしまえば、カルマ殿の今後の計画にも支障が出るだろう?」
忠告するように言うハイネルを――アクシアは嘲笑う。
「何を生意気な!!! そのくらい我も考えておるわ!!! 貴様が懸念するようなことは一切ないからな!!!」
豪快に笑うアクシアに、ハイネルは疲れた顔をする。
どうもこの二人を見ていると――暴君の姉と家来の弟という構図しか浮かんでこないよなとカルマは思っていた。
「アクシア殿……さすがに、その言い方は無いだろう!」
「そうか? 小僧相手には、このくらいが丁度良かろうが!!!」
暫く続きそうな二人の言い合いに付き合う気などなく、カルマが何気なく視線を動かすと――壁を背にして立っているレジィの姿が目に付いた。
カルマが認識阻害領域を解除してからも、結局レジィは蚊帳の外に置かれたままだった。
「よう、レジィ……随分と待たせたな?」
認識阻害のせいで途中までは全く聞こえなかったのだから、レジィが口を挟む余地などなかったが――それでもしっかりと耳をそば立てて、話の内容を掴もうとしていたのだ。
「何だよ魔王様……俺なんかに用があるのかよ?」
嫌みっぽい言い方だったが、カルマは
「まあ、おまえにも色々と思うところがあるみたいだけど……それでも我慢したことは評価してやるよ?」
「……へえー、そりゃどうも!」
レジィは今一つピンと来ていなかったが――カルマは意地の悪い顔で告げる。
「認識阻害領域の外に置き去りにされて、おまえが『てめえら、ふざけるなよ!』って腹を立ててたことは俺も知っているからさ?」
完全に見透かされていることに気づいてレジィは唖然とするが――
「レジィ、心配するなよ? 別に俺はおまえを責める気なんて無いんだ――むしろ、キレずに自分ができることをやったおまえを評価してるんだよ?」
カルマは添え木で固定されたレジィの手首に触れる。
「だから……
カルマが触れている部分が一瞬白く光ると――一手首に鋭い痛みが走る。
レジィは顔をしかめるが――すぐに痛みは嘘のように消えた。
「ほら、終わったよ?」
カルマがレジィの腕に巻かれた包帯を解(ほど)いて添え木を外すと――
折れた箇所に出来ていた痣が綺麗に消えていた。
「もう動かしても問題ないと思うけど……どうだよ?」
カルマに言われるままに手首を動かすが――痛みはなかった。
左手で骨の状態を確かめても、折れた形跡すら微塵も無くなっていた。
「魔王様……すげえな! あんたは魔王の癖に、神聖魔法まで使えるのかよ?」
「いや、神聖属性の魔法とは違うんだけどさ? それよりも――だったら初めから治療しろよって、文句を言わないのか?」
カルマはしたり顔で言うが――
「……何でだよ?」
レジィは不思議そうな顔をしていた。
それから少し考えて――
「ああ、そういうことか! そりゃ、治せるんだったら早く治してくれよって気持ちが全く無いとは言わねえけどさ?」
レジィは顔をしかめて頭を掻く。
「俺が怪我したのは魔王様のせいじゃねえ……まあ、自業自得だよな? だったら、治してくれたことに礼は言っても、何で治さねえんだなんて言える筋合いじゃねえだろう?」
レジィの言っていることは正しいが――そんな風に簡単に割り切れるものではないだろう。
カルマはレジィ―の褐色の瞳を真っすぐに見て――明け透けな笑みを浮かべる。
「レジィのそういうところは……俺も嫌いじゃないよ。おまえはきっと、これまで責任とか代償だとかを、全部自分で背負い込んで生きてきたんだろうな?」
正にそれは――レジィの生き様そのものだった。
不意打ちの言葉に、思わずレジィは顔を真っ赤に染める。
「……ま、魔王様よう? そ、そういうのは反則だぜ!」
しかし――レジィをさらに動揺させる事態が直後に起きる。
「なあ、レジィ……随分と楽しそうだな?」
いつの間にかアクシアがすぐ隣にいて――金色の瞳が不機嫌そうに二人を見据えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます