第98話 先制攻撃


 アクシアが朝食を済ませると、カルマたちは宿屋から目的地へ直接転移した。


 今回は人数が少ないため、転移先として広い空間を確保する必要はなかった。だからカルマが転移門を設置したのは、生い茂る木々の間にできた隙間のような場所だった。


(もしクリスタさんが来ることになってたら、スペース的にはギリギリだったな?)


 密着するくらいに身を寄せ合って転移するシチュエーションは、カルマとしても余り気乗りするものではない――色んな意味で、面倒なことになりそうだからだ。


「レジィ、洞窟の場所が解るか?」


 転移門を仕掛けたくらいだから、当然カルマには解っていたが――レジィを試すためにあえて質問する。


「おいおい、魔王様? 俺を馬鹿にするなよ!」


 レジィはニヤリと笑った。


「ここからじゃ見にくいけどな? この木の右側を真っ直ぐに進んで行けば、すぐに洞窟の入口があるぜ」


 自信たっぶりのレジィの答えは、確かに正解だった。


「だけどよ、この距離じゃ相手も気づいてるぜ? もう不意打ちは無理だな」


「いや、それで良いんだよ。今回は話をしに来ただけだからさ? それじゃあ、レジィ――仲介役を頼むよ?」


 相手を端から馬鹿にしているレジィに任せるのは少し心配だったが――何かあれば自分が後始末をするつもりで、とりあえずやらせてみる。


「……俺は仲介するだけで、交渉は魔王様が直接やるってことで良いんだな? だったら、別に文句はねえよ」


 正直に言えば、レジィは最高指導者グランマスターとの交渉など無駄だと思っていたから、仲介役だけで済むのは大歓迎だった。


「それじゃあ、俺の後に付いて来てくれ!」


 レジィは先頭に立って森の中を歩いて行く。

 そして先ほどの言葉の通りに、百メートルと進まないうちに洞窟の入口に辿り着いた。


 地形の傾斜と向きのせいで、先ほどの位置からでは全く見えなかったが――地面に半ば埋まるような形で、結構なサイズの大穴が口を開けていた。


「魔王様、ちょっと待っていてくれよ?」


 そう言うとレジィは背中の鞘を外して、いつでも剣が抜けるように通し紐を緩めた。

 それから洞窟の入口の脇に立って、中に向かって声を張り上げる。


「おい! 俺は『同族殺し』レジィ・ガロウナだ! 最高指導者グランマスターセオドア・バウラスに客人を連れて来た!」


 暫くの間、洞窟の中からは何の反応もなかったが――レジィは中を覗き込むなどいった迂闊な行動には出なかった。


 ずっと聞き耳を立てていたが足音は聞こえず、魔力の気配も感じられない。


「なあ、魔王様? 奴らは他にも出入口を用意してると思うが。悪いが俺も、その場所までは知らねえんだ。このままだと、そっちから逃げられる可能性があるが……どうする? 強硬突入するなら先陣を切るぜ?」


 案内人としての役目を果すために、レジィは自分の怪我など無視して申し出るが―― 


「いや、その必要はないみたいだ――もう少し待っていれば、向こうから出て来るよ」


 そう言われた時点では、レジィには何も感知できなかったが――

 洞窟の岩を背にして待っていると、不意に至近距離から大きな魔力を感じた。


「……チッ! やりやがったな!」


 剣を思い切り振ることで、鞘を滑らせて外すと――右の手首の痛みに歯を食い縛りながら身構える。


 そこに飛び出して来たのは――赤い焔を纏う二体の虎だった。

 霊獣の力を解き放った二人の霊獣憑きは、一瞬でレジィとの距離を詰めて来る。


「……させるかよ!」


 左右から同時に襲い掛かる虎の顋に、レジィは二本の大剣を強引に叩き込むが――


 両者がぶつかる直前、金色の光の壁がレジィを包み込んだ。

 二匹の焔の虎は光の壁に弾き跳ばされて、背中から洞窟の壁に叩きつけられる。


「おい……ふざけるなよ!」


 レジィは力場フォースフィールドの中から怒りに任せて叫ぶ。


「こいつらは俺の獲物だぜ! いくら魔王様でも、横取りは許さねえぞ!」


 すっかり戦闘モードに入って頭に血を上らせるレジィに、カルマは呆れた顔をする。


「レジィ……おまえこそ、何やってんだよ? 今日は話をするだけだって言っただろう?」


「向こうから仕掛けて来たんだから、仕方ねえだろうが!」


 納得できないレジィに、カルマは冷ややかに応じた。


「馬鹿、おまえは釣られたんだよ。奴らは威嚇しただけで、先に切り掛かったのはおまえの方だろう?」


 そうは言っても――あのタイミングでレジィが仕掛けたのは正解だった。相手から攻撃を受けるまで待つなど、殺してくれと言っているようなものだろう。


 だから、レジィが仕掛けたこと自体を攻める気はなかったが――血を滾らせて目的を見失っているのは戴けない。


「まあ、そういうことだ。おまえたちも矛を収めてくれぬか?」


 金色のハルバードを片手に、アクシアが二体の焔の虎の前に進み出る。


 一見物騒な武器を持ってはいるが、それを構えもせずに無防備に立つ女の不遜な態度に、虎たちは怒りを覚えた。


「何を今さらふざけたことを!」

「貴様も獣人なら、我ら霊獣の戦士を前に身の程を知れ!」


 二匹の虎は躊躇することなく、女を引き裂こうと飛び掛かるが――

 気が付いたときには、二匹はアクシアに喉を掴まれて宙吊りにされていた。


 ちなみに――アクシアは虎たちが距離を詰める間に、まずはハルバードの柄を地面に突き立て固定した。

 それから、自分から虎たちの方に踏み込むと、彼らが反応できない速度で喉を掴んで吊り上げたのだ。


「おい……我が下手に出ているからと、舐めた真似をするな。霊獣風情の力を得た程度で、粋がるものではないぞ?」


 虎たちは驚愕しながらも抵抗を続けた。

 両手を激しく動かして、鋭い爪でアクシアを引き裂こうとする。しかし――


 まるで見えない鎧で覆われているかのように、アクシアは彼らの攻撃を全て弾いてしまう。


 これこそ――アクシアがグリミア聖堂の『懺悔の独房』で身につけた新たな力の一つだった。

 本来の竜の姿にならなくとも、竜の魔力を帯びることで、強大な力と防御力を得ることができる。


 もっとも――そんなことをしなくても、霊獣程度の力ではアクシアの身体に傷一つ付けることはできないのだが。

 彼らにできるのは、せいぜいがアクシアの服を引き裂くことくらいだ――


 つまり、アクシアはカルマにカットして貰った赤いローブを守るためだけに、新たな能力を発動させたのだ。


 虎たちが抵抗を始めると――アクシアの瞳の温度が一気に氷点下まで落ちる。


たちは、己が何をしているのか解っていないようだがな……知らなければ許される、そんな筈がなかろう!!!」


 アクシアがほんの少し力を込めただけで――二匹の霊獣は瀕死となり、抵抗する力を失った。


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