第74話 カルマの理由とクリスタの想い
オードレイの襟首を掴んで地面を引きずりながら、カルマは何食わぬ顔で言った。
「何って……別に大したことじゃないだろう? ちょっとだけ、こいつらのやり口にムカついからさ?」
「……大したことじゃない? ……ちょっとだけ? 全然、そんな風には見えないんだけど?」
地上に降りてきたクリスタが溜息をつく。
「オードレイのことも私に任せてくれるんじゃなかったの? ……もう完全に終わっているじゃない?」
カルマに引きずられるオードレイは、先程までとはまるで別人だった。眼鏡がズレていることにも気づかない様子で、恐怖を顔に張り付かせて小刻みに震えている。
「……まあ、そうなるよな?」
カルマは諦めたように苦笑した。
「身体は一切傷つけてないけど、そんなことが言い訳になる筈はないよな?」
掴んでいた襟首を無造作に引っぱって、オードレイを宙に吊り上げる。
苦しそうに呻き声を上げる眼鏡がズレた男の顔を、感情の消えた漆黒の瞳で至近距離から見据えた。
「おい……おまえはどうしたいんだよ?」
たったそれだけのことで――オードレイは傍目にも解るほど激しく怯え出した。
首を何度も横に振りながら、目を血走らせてガクガクと震える。
「わ、悪いのは……わ、私では……だ、騙され……」
必死に何か言おうとしていたが、恐怖のせいで言葉にならなかった。
「駄目だな……これじゃあ、証言させるのも難しいか?」
カルマはすっかり興味を失くした感じで、オードレイの襟首から手を放した。
地面に落ちた男はそのまま崩れ落ちて、ブツブツと何かを言い始める。
さすがにやり過ぎたな――カルマは少し困った顔をする。
しかし、やってしまった以上は、責任逃れをする気などなかった。
「クリスタさんは、オードレイの口から全部グランチェスの指示だって言わせたかったんだよな?」
漆黒の瞳が真っ直ぐにクリスタを見つめる。
「本当に、ごめん。俺が悪かったよ――文句なら幾らでも聞くし、グランチェスタことは俺が責任を持ってどうにかするから」
あまりにも素直に謝まられたことに、クリスタは驚いていた。
そして――そんなカルマが何故オードレイを追い詰めたのか、解った気がした。
「カミナギは……私のために怒ってくれたのよね?」
「お願い! ……ちゃんと答えて!」
執拗に迫るクリスタの想いに――もう諦める他はなかった。
「まあ……そういうことかな?」
カルマには珍しく歯切れの悪い台詞に――クリスタは意地の悪い顔をする。
「だったら……仕方ないわね! 今回だけは許してあげるわよ!」
少し怒った感じで横を向くクリスタの頬が赤く染まっていることに、カルマは気づかない振りをした。
「……なあ、クリスタさん?」
カルマはポケットから煙草を取り出して火をつける――ゆっくりと吸い込んだ煙の味は悪くなかった。
「クリスタさんが許してくれたことには感謝しているし、絶対に約束は守るけど……その前に、ここに残っている奴らのことを片付けないとな?」
頼みの綱であった天使をアッサリと倒され、主導者のオードレイは明らかに異常をきたしている。そんな状況で、もはや抵抗を続ける者などいなかった。
「こいつらのことは、どうしようか? 儀式魔法に加担したんだから、立派な加害者だよな?」
カルマの発言に、修道士たちは絶望の色を浮かべる。とても言い逃れできるような状況ではなかった。それでも自分が助かるためなら何でもつもりだが――カルマが目を光らせているせいで、下手な発言ができる雰囲気ではなかった。
「彼らにも……罪を償って貰うわよ」
クリスタは落ち着きを取り戻して、毅然とした感じで応えた。
「だけど……これ以上抵抗しないなら、少なくともこの場で殺すつもりはないわ」
クリスタの言葉を聞きつけて、修道士たちは緊張した中で、微かに安堵の息を吐く。
「でも、一つ問題があるわね? これだけの人数をどうやって移動させるか……一緒に転移させるのは、さすがにカミナギでも無理でしょう?」
徒歩で移動するとしても、食料や水は修道士たちが持っているだろうから問題ないだろう。仮に不足したとしても、森の中であれば食料を調達する方法など幾らでもある――十代前半を地方の荘園で過ごしたクリスタは、貴族らしからぬサバイバル技術を身に付けていた。
そんなことよりも――問題は時間の方だった。クリスタたちが移動に時間を費やしている間も、グランチェスタは別の実行部隊を使って天使の召喚をするかも知れない。
それに、キースが王都から、クリスタがラグナパルから長期間消息を絶てば、様々な憶測から不審感を招いて、政敵が足元を掬う格好のネタを与えることにもなるだろう。
「だから悪いけど……修道士たちのことはカミナギにお願いしても良いかしら? 私とキースお爺様は、オードレイを連れて先に王都に戻りたいのよ?」
何度もカミナギに頼ることに、クリスタは罪悪感と自分の無力さを感じていたが――自分にできることを全力でやるしかない。全部自分で抱え込むなど馬鹿げていると、今ならクリスタは言うことができた。
しかし――
「いや、クリスタさん。別に人数のことなんて全然問題じゃないからさ?」
クリスタの葛藤を放置して、カルマは事も無げにそう応えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます