第55話 オスカーとクリスタの苦悩


「あのときは頭に血が上っていて気づかなかったが――冷静になって考えれば、『同族殺し』が俺を見逃した理由は他にあったと思う。だけど、それが俺の考えていることと同じなのか確証が持てないんだ。だから……俺はもう一度戦って、あいつの口から本当のことを聞きたいんだ」


 オスカーが話をしている間。クリスタは口を挟まずに、じっと耳を傾けていた。

 話が一段落すると、一呼吸置いて考えを纏めてから口を開く。


「つまり、ロウ殿は『同族殺し』と再戦をするために、私たちに同行するってことよね?

 正直に言わせて貰えば、私は天使の召喚を阻止して現場を押さえることに集中したい。でも、貴方の事情も解ったから、こちらに支障が出ない範囲でなら、好きに動いてくれて構わないわ」


 色々と思うところはあるが、オスカーが抱える事情も理解できなくはない。

 だから、折衷案を出して話を纏めようとしたのだが、当のオスカーが異論を唱えた。


「いや、そうじゃないんだ。気を遣って貰って悪いが、俺の目的はあくまでもアクシアを解放することだ。『同族殺し』との再戦は俺の我が儘だから、エリオネスティ殿の目的を果たした後に、もし可能ならってレベルで構わない」


 物分かりの良い発言に、クリスタは訝しそうな顔をする。


「その方が私としては有り難いけど……本当に構わないの?」


 真意を見極めようと、じっとオスカーを見据える。


「貴方にとって『同族殺し』は特別な存在なんでしょう? そんな相手が折角見つかったのに、機会を逃しても後悔しない? 話を聞いた限りでは『同族殺し』は相当腕が立つようだけど、散々物騒なことをやってるみたいだし……次の機会なんて無いかも知れないわよ?」


 クリスタは悪意で言っている訳ではない。むしろ逆で、自分が同じ状況ならば思うだろうことを率直に伝えているのだ。

 

 それが解ったのか、オスカーも素直な気持ちを伝えた。


「ああ、その可能性については俺も散々考えた。『同族殺し』が殺されるなんてイメージできないが……エリオネスティ殿に、カルマに、アクシア。俺から見れば化物みたいに強い奴が、世の中には沢山いるみたいだからな。だけど――それでも、俺の答えは変わらない。今の俺にとっては、アクシアを救い出すことが最優先事項なんだ」


 まだ納得できないという顔のアクシアに、オスカーは苦く笑った。


「アクシアを捕らえた当人であるエリオネスティ殿に、こんなことを言うのもどうかと思うし、異論があるのも承知の上だが……俺はアクシアが捕まったことに責任を感じているんだ。ラグナバルの事情に詳しい俺がカルマたちに忠告さえしておけば、アクシアが囚われることもなかった筈だってね」


 クリスタは何か言いたげだったが、黙っていた。

 オスカーは小さく頷いて、言葉を続ける。


「こいつは『同族殺し』に対する思いと同じくらい、俺にとって重要なことなんだ。それに今度こそ後悔はしたくない……だから、俺は何と言われようともアクシアを開放するために、エリオネスティ殿の目的を果たすことを優先する」


「だけど、そうは言ってもさ……獣人たちを放置する訳にもいかないだろう?」


 ここまで黙っていたカルマが、唐突に口を挟んできた。

 漆黒の目が意地の悪い笑みを浮かべる。


「タイミング的には天使の召喚を始める前に、獣人たちも村に到着する筈なんだよ。奴らの標的は正教会の連中だけど、一度戦闘が始まったら村人を避けて攻撃したりはしないだろう?」


 要するにオスカーが望もうと望まないと、獣人たちへの対処を優先すべき状況だと言うことだ。


「おい……カルマ。おまえ……」


 俺の決意は何だったんだ? そこまで解っているなら初めから言ってくれよと、オスカが非難の視線を向ける一方で、そういう奴よねとクリスタは呆れた顔をする。


 二人の冷たい視線を浴びながら、それでもカルマは何食わぬ顔で続けた。


「奴らの戦力を削るために、暫く傍観するってのも手だけどさ……クリスタさんの選択肢にはないよな?」


「当然でしょう?」


 クリスタは不機嫌な顔で即答した。


「私は天使の召喚を未然に防いで、村の人を誰一人傷つけさせないつもりよ。そのせいで証拠が掴めなくなったとしても、私は人命を優先するわ。だから獣人たちについても答えは同じ。状況を有利にするために、傍観するなんてありえないわ」


「じゃあ、決まりだな――」


 カルマはしたり顔で二人を見る。


「正教会の連中が村で行う全てを見定めるために、先ず俺たちは邪魔になる獣人たちを森で待ち伏せする。獣人たちに退場して貰ったら、村に向かうって段取りで良いよな?」


「それが理想だけど……そんなに上手く行くとは思えないわ? カミナギは獣人たちをどうするつもりなのよ?」


 当然とも言えるクリスタの疑問に、カルマは気楽な感じで応じた。


「まあ、その辺のことは俺に任せてくれないか? オスカーの件も含めて、悪いようにはしないからさ」


 クリスタは疑わし気な顔をするが、結局それ以上は反論しなかった。


 オスカーは半ば諦めたかのような顔で天井を見上げる――化物みたいな奴らに付き合う以上、俺の常識なんて意味はない。そんなことよりも……凡人の俺がどこまで行けるか、せいぜい足掻いてやるか……


 オスカーが新たな思いを胸にする傍らで――カルマはすでに次のことを考えていた。


「それじゃあ、クリスタさん? 話も済んだようだからさ。そろそろ、もう一人の同行者を迎えに行かないか?」


「カミナギ……その前に、一言だけ言っても良いかしら?」


 クリスタは輝くような笑みを浮かべていた。


「ああ。勿論、構わないけど?」


 何気ない感じで応えるカルマを、アイスブルーの瞳が射貫く。


「してやったって、思っているみたいだけど……そんなことばかりしていたら、そのうち貴方は地獄に落ちるわよ?」


「ああ。そうかもね――」


 辛辣な言葉に、カルマは屈託のない笑みで応じた。


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