第53話 オスカー・ロウの戦い方


 余りにも早い展開に、オスカーは呆気に取られた。


 仲間である筈の獣人たちを無惨に切り殺した『同族殺し』に、緊張した顔で話し掛ける。


「命を救ってくれたことに感謝する。俺はオスカー・ロウだ。失礼ながら……貴方のことは『同族殺し』殿と呼べば良いか?」


「はあ? 何を勝手に助かった気でいるんだよ?」


 『同族殺し』は邪悪に笑った。


「てめえら人間なんて眼中にないが、生かしておく理由もねえ。命が惜しけりゃ、さっさと出すもの出しな! それがおまえの命の対価に十分なら、気まぐれで見逃してやるかも知れないぜ?」


 敵の敵が味方でないことをオスカーは悟った。


「金で済むなら、有り金全部を渡しても良い」


 オスカーは蛮勇を誇る脳筋ではなく、戦いに対して柔軟な考えを持っている。相手は十人を超える獣人を容易く仕留めた強者なのだ。他の護衛を巻き込んでまで、危険を冒すことはない。


 しかし『同族殺し』の方は、そんなことはお構いなしだった。


「おまえは馬鹿か? てめえらの端金はしたがねなんざ、殺して奪えば良いだけの話だろう? 命の代価が、そんなに安い筈がないだろう……そうだな? こんな豪華な屋敷の持ち主なら、自分の命の価値を十分理解しているんじゃないか?」


 『同族殺し』はそう言うと、オスカーを無視して建物の方に歩き出した。血と肉片にまみれた大剣を一振りして、舌舐めずりする。


「そういうことなら……話は別だ。『同族殺し』! まだ俺の用件は済んでないぞ!」


 一度雇われた以上は、どんなに最悪の状況になろうと雇い主のために最善を尽くす。それがオスカーにとっての最優先事項だった。


 目を見て解ったが、他の護衛は当てにできない。まだ逃げ出していないだけでもマシという感じだった。せめて雇い主を連れて逃げてくれよと祈るように思う。


「ほら、背中がガラ空きだぜ!」


 奇襲を掛けるなら最悪のやり方だったが、オスカーは注意を引くために、あえて大声を上げた。

 『同族殺し』は油断などしていない。背中見せているのも獲物を誘うためだ――


 先程の動きから『同族殺し』は単に身体能力が高いだけではなく、実戦で磨いた高い戦闘技術を持っていることは解っていた。そんな相手に先行を許せば、雇い主の貴族を守ることなど不可能になる。


 オスカーは右手で掴んだ剣の尖先を斜め下に向けると、姿勢を低くして素早く大地を駆けた。一直線に『同族殺し』を目指して走り抜ける。


(おいおい……なんだ、そのザマは?)


 『同族殺し』の顔には、あからさまな失望が浮かんでいた。もう少しマシな方法を思いつかないのかよと、口許から鋭い犬歯を覗かせて嘲笑う。


 そんな『同族殺し』の反応に気づかないのか、オスカーはそのまま一気に相手の懐に飛び込んだ。


 『同族殺し』は待ってましたとばかりに、左の大剣を振り下ろす。オスカーは咄嗟に剣を両手で持って、豪快な一撃を受け止めた――しかし、これは『誘い』だった。

 もう一本の大剣を横凪ぎに振るって、剣を受けることで無防備となったオスカーの脇腹を狙う。


 だがオスカーも、この瞬間を狙っていたのだ。

 『同族殺し』の意識が右腕に向くことで、僅かに弱まった左の剣を強引に跳ね退けると。直後に迫る右の大剣を真横に跳び退いて避ける。


 しかし、大剣の長いリーチに対して、不完全な姿勢からの跳躍では距離が足りなかった。追い迫る大剣はオスカーを背中から両断するかと思えた、そのとき――


 オスカーは足を振り上げると、ブーツの踵で横凪ぎの暫撃を受けた、そして、そのまま大剣を踏み台にして、さらに横に跳んだのだ。『同族殺し』の力を利用して、一気に安全な距離まで飛び退くと、振り向きざまに再び剣を構える。


 唖然としたのは、今度は『同族殺し』の方だった。


「てめえは、いつもこんな戦い方をしてるのか……靴底に鉄板を仕込んでるだろう? でなけりゃ、俺の剣を受け止められる筈がねえ……勿論、それ・・だけだったら、無事には済まなかだったろうがな?」


 『同族殺し』は好戦的な笑みを浮かべる。オスカーが何をしたのか解っているのだ。


「俺は魔法は苦手だけど、『魔力を纏う』のは結構得意なんだよ」


 どうせバレているからと、オスカーは素直に応じる。『同族殺し』が見抜いたように、オスカーは靴底に魔力を集中していた。


 人間が怪物モンスターと戦うには、どれだけ鍛えようとも限界がある。身体の大きさが数倍ある巨人の一撃や、炎や雷のような特殊攻撃を受ければ、鎧など着ていてもあまり意味はないし、人間の腕力では攻撃が通らない。


 だから、魔力を武器や装備に纏わせて、攻撃と防御の両方の底上げをするのだ。


 身体強化系の魔法の方がが良いと言われているが、そもそも魔法を使うには魔法発動スペルキャスティングの才能が必要であり、それは武器による戦闘とは全く方向性が違うモノだ。


 『魔力を纏う』こと自体は、実は誰でも自然に行っている。強弱の違いはあるが全ての生命体は魔力を持っており、微弱な魔力を常に放出しているのだ。しかし、それを意識的に強めたり、特定の場所に集中させるには、精神集中を伴う特別な技術が必要になる。


 近接戦闘と親和性の高い『魔力を纏う』技術を身に付けることが、一定レベル以上の戦いで生き残れるかどうかの分水嶺だ。冒険者や傭兵でも『魔力を纏う』技術がない者は多く、そう言う奴らが強敵と出会えば、一方的に蹂躙されてしまう。


「へえ……オスカーって言ったな? 俺の剣を二本とも躱したてめえの方が、クソ獣人どもより。よっぽど歯ごたえがありそうだ……面白れえ! さっきのを、もう一度見せてくれよ!」


「ああ、構わないぜ!」


 自信たっぷりだと言い放つと、オスカーは再び走り出す。『同族殺し』との間合いを一気に詰めた。


 『魔力を纏う』技術があるからと言っても、それだけで『同族殺し』と対等に戦える筈もなかった。魔力を操る能力など当然相手も持っているし、そもそも潜在能力(ポテンシャル)が違うのだ。それでも勝とうと思うなら――相手が本気を出す前に、あらゆる手段を使って片を付けるしかない。


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