第38話 光の天使

 

 その日、最初に魔力に気づいたのは、第三小隊隊長のオットー・べネスだった。魔力を感知した彼は、いつものように他の小隊に伝令を走らせて、自身は現場に向かった。


 これまでの遭遇であれば既に対象は逃げているか、せいぜいが後姿を目撃するだけだったが今回は違った。路地裏の行き止まりで追い詰めた相手は、フードを取って素顔を晒したのだ。


 後から現場に駆けつけた他の小隊も、そして路地裏に集まった野次馬たちも同じ光景を目撃した。金髪の男はコートを脱ぎ捨てて――その背中から生える白い翼を顕わにしたのだ。


「我は光の神ヴァレリウスの使徒、光の天使――神の使命を帯びて現世に降り立った」


 光の天使は語った――自分たちは獣人の神ガルーディアの狂信者が行っている惨殺事件を戒めるために正教会によって召喚された。霊獣が憑依した狂信者は残虐で危険な存在であり、彼らを滅ぼすためには天使の大いなる力が必要なのだと――


 天使を召喚するには人の身体を憑代にする他はないが、人という存在は余りにも脆弱であり、憑代となって生き残れる確率は僅かだった。しかし、死を覚悟の上で自ら身を捧げる者たちがいた。彼らこそ二千人の全てが消失したバルマの町の住人だ。


 正教会はバルマの住人の尊い犠牲を乗り越えて、尚も正義のために苦渋の選択を強いられている。凶悪なガルーディアの狂信者たちを討ち滅ぼすためには、さらなる天使の召還が必要があり、自ら犠牲となることを申し出る信者たちを今も憑代として犠牲にしているのだ――


 光の天使は全てを騙り終えると空に舞い上がり、光の粒となって飛散した。


※ ※ ※ ※


 クリスタ自身も天使が語った場所に居合わせた。だから、魔力を感知することで、天使が偽物であることに気づいていた。しかし――光の神に仕える天使でないことは間違いないが、天使そのものでないとは断言できなかった。


 この時点でクリスタは、惨殺事件の犯人が獣人であることも、バルマの事件の背景に正教会の人間がいることも、可能性の一つとしては考えていた。しかし、あくまでも憶測というレベルだった。


 クリスタは偽りの天使の言葉を独自のルートで検証することで、見えなかった事実に近づくことになる。偽りの天使の存在自体が正にそうであるように、天使の言葉も多くの事実の中に偽りを隠すような内容だった。


 惨殺事件の犯人は確かに獣人であり、バルマの住民消失事件を正教会が引き起こしたことも間違いないだろう。偽りの天使が語った嘘は、加害者と被害者の立ち位置と動機だった。


 住人の大半が忘れているが、ラグナバルを含む王国の南部一帯は元々獣人の居住地だった。領土拡大を目指す王国が獣人を攻め滅ぼして土地を奪った。

 だから獣人にとって人間は復讐すべき敵であり、殺戮事件は単なる残虐行為ではなく復讐だった。しかも、獣人が殺した貴族の全てが、彼ら獣人の討伐に関与した一族か、今でも獣人を迫害する一派だった。


 次に、王国正教会がバルマの事件を引き起こした動機についてだが。獣人による惨殺事件が全く無関係だとは言わないが、正教会の上層部の人間が事件を起こした直接的な理由は、シャンハルーナへの対抗心からだ。


 教会上層部は自分たちも大天使を降臨させようと画策したがーー一国そのものを支配するほどの権力も財力も持たない彼らに、それは叶わなかった。焦った彼らは少しでも勢力を拡大しようと手段を選ばず、事件を引き起こしたのだ。


 バルマの住人が自ら進んで犠牲となったことも偽りだろう。最終的には合意に至ったかも知れないが、住民たちが正教会の甘言に騙されたと考える方が妥当だ。


 さらにもう一つ。偽りの天使の背後にいるのはトリックスターの神を崇める『幸運の教会』だった。彼らは正教会の勢力拡大を阻むために、そして生来の愉快犯の性質から、正教会の悪事を調べ上げて暴露したのだ。

 事実、偽りの天使による事件以降、正教会の上層部は動きを制限されている。


 クリスタはあらゆる手段を行使して。ここまでのことを調べ上げた。しかし、決定的な証拠と言えるものは未だ手にしていない。


 聖獣を憑依させた獣人はクリスタを嘲笑うように聖騎士団の監視網を逃れ、事件を起こした正教会の人間も、降臨させた天使を各地で転々とさせて、巧妙に隠している。幸運の教会とトリックスターの天使に至っては、神出鬼没で全く足跡を追えなかった。


 結局、決定的な証拠を掴むためには、天使や霊獣そのものを捉える他はないのだが、ラグナバルを守護する立場のクリスタに、都市から離れることは難しい。

 だから、今でもクリスタと白鷲騎士団の聖騎士たちは、受け身の立場で脅威に対処する他はなかった。まったく、忸怩たる思いではあるがーー。

 

「これは、まだ私の憶測に過ぎないけれど――事件の背景にいる正教会の首魁は、キース・グランチェスタ枢機卿だと思うわ」


 勿論、全くの当て推量ではない。これまでの状況証拠と国正教会内部の動きを加味した上で、クリスタは想定しているのだ。


「エリオネスティ騎士団長! さすがにそれは……」


 幹部たちが厳しい顔でクリスタを見据える。

 グランチェスタ枢機卿は王国正教会のナンバーツーであり、教皇が空位である現状では総司教と並ぶ事実上のトップだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る