第37話 三つの事件


「今日はありがとう……後で、修道士に食事を運ばせるわね」


 内心の葛藤を悟られないように、クリスタは涼し気な笑みを浮かべる。


「うむ……こう見えて我は大食でな。空腹を満たすのに大量の食事が欲しいのだが、構わぬか?」


「ええ。もし足りなければ、お代わりを用意させるから。遠慮しないで食べてね」


「ああ……食事のことについては貴様に感謝しよう」


 素直なのか、そうじゃないのか、いまいち解らない反応にクリスタは苦笑する。


「貴様という言い方は……とりあえず辞めて貰えないかしら? そうね……クリスタと呼び捨てで構わないから、それでどう?」


「良いだろう……クリスタ。これで構わぬか?」


「ええ、アクシア。それじゃ、またね!」


 不意打ちで自分も呼び捨てにされたが、アクシアは不思議と不快に思わなかった。

 クリスタがカルマに対する非礼を詫びたからか? それとも――少なくとも他の人間たちほど脆弱な存在ではないことは、クリスタの魔力を感じることのできるアクシアには解っていた。


※ ※ ※ ※


 翌日の午後、クリスタは白鷲騎士団の幹部たちと会議室の円卓を囲んだ。


 グリミア大聖堂の最上階にある二つの執務区画は、西側を王国正教会ラグナバル支部の責任者であるロッド・ブラウン大司教が、東側を聖公女クリスタと白鷲騎士団が使用していた。


 会議室にはクリスタ以外に八人の聖騎士が集まっていた。そのうち二人は彼女とともにアクシアの捕縛に参加しており、残りの六名は配下の騎士を束ねる小隊長と、白鷲騎士団全体の指揮に関与する参謀役だった。


「それでは……昨日捉えらたアクシアという女性について、エリオネスティ騎士団長の見解を聞かせて頂きたい」


 参謀役の一人、最年長の白い髪と髭の騎士が促すとクリスタは頷いた。


「アクシアに関しては私が直接尋問したけど――性格や態度から判断して『幸運の教会』や『猛き者の教会』の信者である可能性は極めて低いと思うわ。『正教会』の信者である可能性についても、同じ理由から殆どゼロね」


 クリスタの発言の直後、幹部たちは警戒するような視線を西側の壁に向ける。他の教会組織と並べて、自分たち正教会について触れたことには当然理由があった。


「警戒を怠らないのは悪いことじゃないけど……少し度が過ぎない? 会議の前にも言ったわよね? この会議室には『沈黙』と『不可視』の魔法を掛けてあるから、外に声か漏れることも、会議を盗み見られることもあり得ないわ。そもそも、ブラウン大司教は今のところ白よ? 彼は『天使たちの降臨』に関与していないわ」


 『天使たちの降臨』と呼ばれる一連の騒動こそ、『幸運の教会』『猛き者の教会』、そして正教会内部に対しても彼らが警戒しなければならない原因だった。


 個々の事件を紐付けることができた今だから言えることだが――全ての発端は一年以上前に遡る。世界中の聖人たちが『神の声を聞いた』と言い出したのだ。

 勿論、クリスタは直接神の声を聞いた訳ではないが、王国正教会の上層部という立場から、聖人たちの話が眉唾ではないという証言を何度も耳にした。


 聖人たちは神から使徒である天使たちを降臨させる術を教わった――


 教会上層部の多くの人間が、如何にして天使を降臨させるか真剣に議論していたが、クリスタは一人蚊帳の外だった。天使を降臨させることが本当に可能だとしても、無暗に降臨させれば国家間の勢力バランスが狂うのではないかと、もっと現実的な視点で危惧を抱いていたのだ。


 そしてクリスタの危惧は現実のものになった。


 今から半年ほど前、神聖皇国シャンパルーナが自国に大天使が降臨にしたと宣言したのだ。その直後から、クロムウェル王国正教会の空気が変わる。同じグランテリオ諸国連合に所属し、崇める神も同じ国の台頭に、教会上層部は焦りを感じたのだ。


 シャンパルーナの宣言と前後して、クロムウェル王国の各地で立て続けに事件が起きた。


 最初は七ヶ月前、貴族が何者かに惨殺される事件が起きた。シャンパルーナの宣言以降、同様の事件が多発することになる。


 次に起きたのは、王国の僻地にあるバルマという町の住民約二千人が忽然と消息を絶つ事件だ。こちらついても、その後規模こそ小さくはなったが、同様の消失事件が何件も起きている。


 そしてもう一つ。ラグナバルを初めとする王国の各都市で、強力な魔力を持つ正体不明の存在が感知されるようになったのだ。


 当時、これら三つの出来事の関連性を疑う者は少なかったが――今から二ヶ月ほど前に全てを紐付ける事件が起きた。


 この時点でクリスタは、強い魔力を持つ存在を危険視していた。彼らに正当な目的があるのなら、誰が何のために動いているのか、貴族社会と教会の両方に人脈がある彼女の耳に入る筈だからだ。


 クリスタはラグナバルの太守と正教会に働き掛けて、感知能力を持つ者を大規模に組織して市内を定期巡回させる計画を立てた。しかし、太守も教会も予算と人員不足を理由に彼女の申し出をやんわりと断った。確かに危険な存在かも知れないが、実際に被害者が出ていない以上は、予算が出ないのも仕方がないことだった。


 結局、クリスタは配下の白鷲騎士団だけで市内の巡回を行ったが、十万人以上の人口を抱える大都市ラグナバルの全域を、僅か五十人でカバーするのは困難だった。限られた人員では魔力を感知する機会はあっても、その正体を確かめるまでは至らなかった。


 それも当然だろう。魔力の強い者は、他者の魔力を感知する能力にも長けているのだ。こちらが感知するよりも先に気づかれては捉えられる筈もない。

 自分たちの行為は牽制に過ぎないとクリスタは苦々しく思いながらも、聖騎士団たち巡回を続けさせた。


 そんな白鷲聖騎士団の努力は――第三者の思惑によって思わぬ成果を挙げることになる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る