第19話 竜の女王の思い


「この町の住人がカルマに見せた態度は、いったい何なのだ? まるで昔からの知り合いのように馴れ馴れしい!!! 其方がエルダを訪れたのは、僅か二日前であろう? 如何なる理由から彼奴等は、あのように振舞うのだ?」


 いや、アクシアと出会ったのも四日前だよねとカルマは思ったが、口には出さなかった。今そんなことを言えば、余計面倒になることは解っていたからだ。


「おまえは違和感を感じているんだろうけどさ。宿場町の連中なんてこんなもんだよ? お互い、次に会うかどうかも解らないからさ、かえって気楽に付き合えるんだ」


「それにしてもだ!!! カルマも見知らぬ相手と打ち解け過ぎではないか!!! 気楽に付き合うなら、もっと差し障りのない話をするとか、その程度ではないのか?」


 疑問の言葉に別の感情が混じっていることには、アクシアは気づいていない。

 それが何であるかカルマは解っていたが、いちいち指摘したりはしなかった。


「まあ、あいつらと明け透けな話ができた理由は二つある……一つは、俺が二晩気前良く遊んで、そういう奴だと思わせたこと。もう一つは、そもそも俺がこういう場所での付き合い方に慣れているからかな?」


「……一つ目の方は、まあ理解できるが……」


 『慣れている』というカルマの言い方に、アクシアは質問することを躊躇った。カルマの過去に関する話題に触れることで、滅亡してしまった世界のことを思い出させてしまうことを恐れたからだ。


 そんなアクシアの気遣いに、カルマは余計なことを考えるなよと苦笑する。


「元居た世界でも、俺はよく人間の街に行った。街中で見掛けた奴と冗談を言い合ったり、一緒に酒場に屯して騒いだりだとか。戦いのないときは、いつも街で馬鹿なことをやっていたよ。おまえは意外に思うかも知れないけど、俺はそういうのが好きなんだ」


「そうか……」


 アクシアは頷きながら、まだ躊躇っていた。

 だから勝手に暗い雰囲気になるなよと、カルマは意地の悪い顔をする。


「ああ、そうだ。人間の街の何処が気に入っていたかって言えばさ――奴らがいきなり襲い掛かってこないところかな? 力づくじゃなくて言葉で相手ができるから、こっちも楽なんだよ」


 さすがに自分に対する嫌味だと気づいて、アクシアは慌てた。


「……そ、それは、無暗に魔力を発動させたカルマも悪いではないか!!! 其方自身もそう言っておったであろう!!!」


「いや、アクシア――さすがに問答無用の攻撃はないと思うけど?」


「……カルマよ、よく言えたものだな!!! 覚えておれ……」


 言い合いをしながら、アクシアはカルマの意図を理解する。こういう馬鹿な話も、確かに悪くはないな……。


 アクシアの雰囲気が変わったことに満足して、カルマは話題を変えた。


「それじゃ、初めの話に戻るけど――この二日間エルダで過ごして、俺もこの世界の常識やルールを多少は理解したつもりだが。都市部で襤褸を出ないレベルかって言われたら、まだ不十分だと思う。だから、このまま暫くエルダに留まるのも一つの手なんだが――もっと手っ取り早い方法を見つけたんだよ」


「……そう言えば。人間たちとの会話の中で、カルマは何処かに出かけると言っておったな? その手っ取り早いという方法と、何か関係があるのか?」


「へえ、なかなか鋭いじゃないか」


 カルマは感心したように大きく頷いた。


「主要街道沿いの宿場町エルダには、結構な頻度で隊商が訪れるんだ。昨日も隊商が到着したからさ――この宿屋の親父に紹介して貰って、隊商の隊長に都市まで同行させてくれと交渉したんだよ」


 隊商に同行して都市に向かうことには、現状の問題を解決する三つのメリットがあった。一つ目は、この世界の常識やルールについて、道すがら隊商のメンバーから学ぶことができる点だ。各地を巡る隊商の人間であれば、幅広い知識を期待できる。


 二つ目のメリットは、同じ目的地に行く彼らから、これから行く都市そのものの情報を得られる点だ。情報に敏感な商人であれば、都市の近況を含めて様々な話を聞くことができるだろう。


 三つ目のメリットは、町から町へ移動することに慣れた彼らと共に行動することで、都市に入る際にトラブルに合う可能性を減らすことができる点だ。常識やルールにも関係するが、人間の都市に入る際の手続きは、国や地域ごとに異なる可能性がある。カルマは元居た世界での経験から、そう考えていた。


「……なるほど。人間の常識やルール、都市に関する情報を得ることができ、さらには懸念されるトラブルも回避できるということか? 隊商と同行することには、確かに様々な利点があるようだ。不利益となる点はないのようだし、我には全く異存はないぞ」


「良いね、しっかり理解しているみたいだな。さすがはアクシアだ」


 カルマは屈託のない笑みで応える。現時点では満点に近い回答だった。


 しかし、本音を言えば、人間の常識や社会的なルールを知ることのメリットについて、竜族の王であるアクシアが何処まで理解しているかは疑わしかった。最強の種族の王として君臨してきた彼女には弱者を理解して、その考えに沿った行動を取る必要などなかった筈だし、言動からも、そんな経験があるとは思えない。


 それでもアクシアは、カルマの意図を懸命に理解しようとしていた。カルマを盲目的に信じる点も含めて今後改善すべきことも多いが、前に進もうとしているのだから、こちらも全力で応える必要があると思う。


「じゃあ、そろそろ行こうか? 隊商の隊長に、おまえを紹介したいんだ」


「うむ、解った……それでは我も行くことにしよう」


 カルマに褒められて、アクシアの機嫌は良かった。

 機敏な動作で立ち上がると、不意にカルマの腕を取る。


 意外そうな顔をするカルマに、アクシアは頬を染めながら、悪戯っぽく微笑んだ。


「……宿の主の話から察するに、我は其方と一晩一緒に居たことになっておるのであろう? そのような間柄の男女が一緒に歩くときは、こういう風に腕を組むものだ。我もそのくらいは知っておるぞ?」


 面倒なことになったとカルマは思ったが、せっかく上機嫌なアクシアの気分を壊したりはしなかった。


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