九十二話

 屋内演習場に剣戟の音が木霊していた。

 ラルフとヴィルヘルムが打ち合っている。

 各自言葉少なく粛々としていたためか、晩餐会は真夜中には終わった。

 アムル・ソンリッサも退出し、アカツキ達も部屋へ戻ろうとした。

「アカツキ」

 名を呼ばれ、振り返るとヴィルヘルムとグラン・ローが立っていた。

「何だ?」

「せっかく来たんだ。少しだけ稽古つけてくれよ」

 アカツキが思案していると、二つの声が上がった。

「俺もお願いします!」

「将軍、私にも稽古をつけて下さい」

 ラルフとグレイだった。

 四つの期待に輝く眼差しを受けてアカツキは頷いた。

 全く、若者は元気が良いな……。

「良いだろう、行くぞ」

 そうして屋内演習場へ来たのだった。

 まずはグレイとアカツキが打ち合った。どちらも刃の潰れた練習用の得物だ。アカツキは斧と剣の二刀流で、グレイは長柄の斧槍を使っていた。その次はラルフと競り合った。ラルフは両手剣を手にしていた。

 結果、アカツキは二人の弟子に勝利したが、両者とも確かに腕を上げたのは事実だった。アカツキは嬉しく思いながらヴィルヘルムと打ち合う。

 二人はグラン・ローの始めの声と共に咆哮を重ね勇躍した。斧と剣が激しくぶつかる。

 ヴィルヘルムも少々強くなったが、残念ながらラルフとグレイには遠く及ばなかった。

「こうも呆気なく負けるとはな」

 床に倒れ、ヴィルヘルムは己自身に呆れたように言った。

「個々の武では劣ってはいるが、戦場の指揮ならお前の方が大ベテランだ」

 アカツキは手を貸しヴィルヘルムを起こした。

「ラルフ、グレイ。お前達も将来は立派な将軍になれるはずだ。この機会にヴィルヘルムから用兵術を学んでおけ」

「はいっ!」

 二人の若者は声を揃えて応じた。

「では、次は私の番ですね」

 グラン・ローが進み出た。彼は練習用の剣を持ち、盾は自前の縦に長い盾、金属のタワーシールドだった。

 アカツキもこればかりは油断できないだろうと気を引き締めた。グラン・ローと手合わせするのは初めてであるし、彼は自分と功を競えるほどの相手だ。それに盾持つ相手を敵にするのはアカツキの人生の中でそうそうある事では無かった。

「では、両者見合って」

 ヴィルヘルムが審判を務めて言った。

 グラン・ローは不敵な笑みを浮かべている。その顔を見てこちらも武者震いしたのだった。

「始め!」

 アカツキは咆哮を上げて躍り掛かった。

 グラン・ローは盾を掲げて受け止める。そして着地と共に剣を繰り出すべきだったがそうはしなかった。

 アカツキがこうして先手を打ってくることは儀式の様なものだと相手は思って配慮したのだろう。

 ならば、ここからが本番だ。

 グラン・ローは盾に隠れて消極的な戦術を仕掛けてくると思ったが違った。

 盾に身を潜め、突進してくる。

 アカツキは不意打ちを食らったように斧と剣を突き出し、盾と競り合う。

 と、横から剣が襲い掛かって来た。

 アカツキは離れた。

 俺は自分に膂力があると自負していたが、両腕を片腕で止められるとは思わなかった。

 離れるとグラン・ローは詰めて来る。

 磁力のある鉄の塊を相手しているようだ。

 ふとグラン・ローが盾を振るった。

 暴風と共に盾はアカツキの眼前を通り過ぎた。

 ここだ。

 アカツキは素早く斧を振るったが、まるで返す刃の如く戻って来た盾によって阻まれた。

 鉄と鉄が激しくぶつかり合い甲高い音を上げた。腕に痺れが走る。グラン・ロー、これほどの強者だったとは思わなかった。

 グラン・ローは次々距離を詰めて来る。

 アカツキは押されていた。このままだと壁に背をつくだろう。

 一抹の焦りを覚え、アカツキは盾に向かって反撃した。甲高い音が幾重にも木霊する。だが、グラン・ローはビクともせず少しずつ距離を詰めて来る。

 退きに退いたその背がついに壁についた。

 アカツキは思案しながら迫る盾を凝視していた。

「御覚悟!」

 グラン・ローが剣を繰り出した。

 アカツキは避けて盾に体当たりをした。

 グラン・ローがよろめく。そこへ一撃、二撃と左右の得物を旋回させる様に盾にぶつけ、グラン・ローを引き放す。

 相手が再び剣を突き出すが、その一撃に焦りと闇雲さが垣間見え、アカツキは全力の斧で剣を叩き落とした。

 さぁ、どうするグラン・ローなどと言っている場合では無かった。武器を失ったかのように見えたが、グラン・ローにとっての最大の武器が未だ握られたままだった。

 重たい風を孕んだシールドバッシュが放たれる。

 アカツキの右手の斧がぶつかり手からすっぽ抜けた。

 すぐに片手剣を利き腕の右に握り直し突いたが、グラン・ローは素早く盾を戻して受け止めた。

 そしてそのまま猛然と迫ってきた。

 アカツキはこれほど焦ったのは久しぶりだった。

 気付けば、なすすべなく壁に追い込まれ盾との間に挟まれたのだった。

「俺の負けだ、壁のグラン」

 アカツキは溜息を吐いて言った。

「嘘だ、アカツキ将軍が負けた!」

 ラルフが驚愕の声を上げた。

 ラルフ、グレイ、ヴィルヘルム、三人の弟子達の前で不甲斐無い結果を見せてしまった。

「盾が無かったら私は瞬殺でした」

 グラン・ローが盾を下ろして言った。

「謙遜しなくて良いさ」

 アカツキはそう応じた。

「グラン・ロー将軍、次は私の相手になって下さい! アカツキ将軍の仇を取りたいのです!」

 ラルフが言い、アカツキは再び溜息を吐いた。仇か。

「良いですよ、ラルフ殿」

 そうして結局アカツキは、グラン・ローとラルフ、グレイ、ヴィルヘルムがそれぞれ戦うのを見ていたのだった。





 明朝、アムル・ソンリッサの書状を受け取り、一行は玉座の間を後にした。

 そうして一刻も早く出立すべく用意を整え城の外に出ると、そこにはアムル・ソンリッサが暗黒卿とグラン・ローと共に待っていた。

「わざわざの御見送りありがたく存じます」

 レイチェルが頭を下げた。

「いや、貴公らの旅の無事を願っている」

 アムル・ソンリッサはそう言った。

「ニャー、ニャー、ゴロゴロゴロ」

 ペケさんが珍しく抑えめだったが鳴き声を連発した。

 すると金時草が応じた。

「俺の相棒を引退したら、そちらの厄介になりたいとさ」

「そ、それは本当か!?」

 アムル・ソンリッサが声を上げ、駆け出し、ペケさんの大きな頭に抱き付いた。

「いつでも待ってるからな、ペケさん」

 アムル・ソンリッサはそう言い身体を離した。

「ニャー」

 そして一行は出立した。

 馬車にはレイチェルだけが乗っていた。今は僅かな間だがアムル・ソンリッサの配下としてヴィルヘルムが前衛でアカツキと並んで護衛の任に就いている。馬は光の国から共に来た馬だった。本当はストームを連れて行きたかったが、それは目立ち過ぎて光の民に要らぬ動揺を与えるとアカツキは考えたのだった。

 城下ではこの馬車の一団に気付いた者達が道を開け、ヴィルヘルムの名を呼んだ。が、その中に明らかに「アカツキ将軍」という声も交じっていた。

 そうして城下の外で魔法陣を開いて待っていたガルムの元に一行は向かって行ったのだった。

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