八十六話

 アカツキを叫ばせ、黙らせ、最初に声が聴こえた方角へと進んで行く。

 そして百番目の部屋を通過するとまた違った場所に出た。

 壁に掛けられた燭台の蝋燭が順々に近くから遠くまで点って行く。

 そこは奥行きのある縦に長い部屋だった。

「ようやくゴールか」

 金時草が溜息混じりに言った。

「何があるか分かりません、慎重に進みましょう」

 ラルフが提案する。一行は歩いた。そして独房の中にアカツキがいるのを確認した。

「アカツキ将軍!」

 ラルフが嬉しそうに声を出す。

 アカツキは無事だった。鉄格子に手を掴み言った。

「よく、ここまで来れたな。早く開けてくれ」

「勿論です。金時草殿」

「ああ、分かった。この鍵が合うかは分からないが」

 彼が進み出たその時だった。

「騙されるな! そいつは偽物だ!」

 隣の独房からアカツキの声がした。

 ヴィルヘルムとリムリアが駆けて行くと、そこにアカツキがいた。

「いいや、そいつが偽物だ」

 更に隣から聴こえる。と、この長い部屋一帯にアカツキの声が響き渡った。それは四つや五つだけではない。ヴィルヘルム達は困惑しながら、最初のアカツキを離れて牢を見回った。

「俺が本物だ!」

 全ての牢にいるアカツキ達がそう言う。

 アカツキは二十人いた。

「どれが本物だ?」

 ヴィルヘルムは悩んだ。どれもこれも間違い無くアカツキで、声も同じだった。

「アカツキ将軍に問題です!」

 突然リムリアが言った。

「闇の世界でアカツキ将軍が乗っていた馬は何て名前だったでしょうか?」

「ストーム!」

 全員が同じタイミングで答えた。

「じゃ、じゃあ、アタシとデートした時に迷子になっていたこの名前は?」

「ルイス!」

 再び全員と思われるアカツキの声が響いた。

 リムリアは肩をガクリと落とした。

「記憶も一緒みたいだね」

 ヴィルヘルムはそう言うと途方に暮れそうだった。だが、時間はもう充分に過ぎている。階上のバルバトス達が心配だった。

「とりあえず一人ずつ見て回ろう」

 彼にはそう言うことしかできなかった。

「俺が本物だ! 騙されるな!」

 牢獄中のアカツキ達が鉄格子を力強く握りそう叫ぶ。

「全員救出してみるか?」

 金時草が言い、彼は話を続けた。

「外に出れば偽物には何らかの変化があるだろう」

 その時だった。

 ペケさんが突然駆け出した。

「ペケさん、どうしたの?」

 リムリアが後を追い、ある牢獄の前で立ち止まった。

「みんな、来て!」

 リムリアが呼んだので、全員が駆け付けた。

 その独房のアカツキは唯一違うことをしていた。

 座り込んで、指を剥き出しの地面に突き立て、何かを書いている。ヴィルヘルムは手近の壁に埋まった燭台を引き抜くとそのアカツキを照らした。目の前の人物は、指でこう書いていた。

「俺が本物のアカツキだ」

 未だに「騙されるな、本物は俺だ」と喚き続けるアカツキ達の中、このアカツキだけがそうしていた。

「ニャー」

 ペケさんが鳴いた。

 全員が白虎を見て、ヴィルヘルムは確信した。この目の前の人物こそ本物だと。

「金時草殿、鍵を」

「分かった」

 金時草が錠前に鍵を差し込んだ。鍵はピタリと合っていた。それが回され、鉄格子の扉を開けるとアカツキは立ち上がった。

 未だに他のアカツキ達が喚いている。

「お前が本物のアカツキだな?」

 ヴィルヘルムが問うとアカツキは頷いた。

 そしてしっかりした足取りで外に出た瞬間だった。他のアカツキ達がおぞましい断末魔の声を上げて消滅した。

「これはつまり」

 ラルフがおずおずと口を開く。

「すまん、迷惑をかけたな」

 アカツキが言った。

「アカツキ将軍!」

 リムリアとラルフがその身体に飛び付いた。

 その顔がヴィルヘルムを見た。ヴィルヘルムは頷き返した。



 二



 地面を指でなぞる音を聴いたのだろうか。ペケさんのお手柄だった。

 帰りは楽だろう。分岐地点に戻り、正解ではない道を辿れば良いのだから。

 と、思ったのが間違いだった。一瞬にして牢獄へ戻されてしまった。

 結局、金時草の記したチョークの後と、正しい道順を書いたメモを頼りに元来た道を戻って行った。

 道中は明るかった。アカツキはあまり喋らなかったが、それがアカツキらしかった。リムリアが笑みを浮かべてその左手を握っている。

 長い時間を掛けて一行は階段まで戻って来れた。

「急ごうか、上ではバルバトス殿達が待っている」

 ヴィルヘルムの言葉に全員が頷く。

「ペケさん、先に行ってくれ」

 金時草が言うとペケさんは軽やかな足どりで階段を颯爽と上って行った。

「俺達も急ごう」

 ヴィルヘルムは言い、全員が疲労に満ちた足と身体と脳味噌にムチ打ち駆け上がって行く。

 そうして上階が近付くにつれて剣戟の音が聴こえてきた。ペケさんの咆哮も耳に届いた。戦っていることが分かった。

「俺の装備は?」

 アカツキがヴィルヘルムに尋ねた。

「上にあるよ。カンダタもね」

「なら良かった」

 アカツキは心底安堵したように言った。

 そうして上の階に着くとバルバトス、山内海、グレイ、ペケさんが、天使達と死闘を繰り広げていた。

「アカツキ将軍!」

 グレイが嬉しそうに言った。

「グレイ、太守殿、皆、心配をかけたな」

 アカツキが改めて言った。

「逃がすな! 皆殺しにしろ!」

 天使達が次々殺到してくる。周囲には亡骸こそ無かったが、真っ赤な大きな血の溜まりがあり、激闘の様子をうかがわせた。

 アカツキが鎧に着替えている。

 ヴィルヘルムはそれを守護し、他の者達は天使達とぶつかった。

 程なくしてアカツキが咆哮を上げて加わってきた。

 斧が、剣が暴風を纏って振り回され、天使の首を刎ね、一刀両断にする。血飛沫が飛散した。

 悪鬼アカツキの復活だ。

 その戦いぶりを長らく見ていなかったような気がし、ヴィルヘルムは嬉しくなり、彼も雄叫びを上げて天使と打ち合った。

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