六十五話
ラルフがアカツキの胸元に飛び込んできた。
もう大人になったというのにと、アカツキは呆れたが嬉しかった。
「ラルフ準将軍、他国の使者殿の前でみっともない真似は――」
後から灰色の髪のグレイがそう言った時だった。ラルフは振り返って応じた。
「そんなこと言って、グレイだって本当はこうしたいんでしょう? もう、素直じゃないな」
「私は別にそんなことは」
ラルフが退き、アカツキは手を広げて苦笑した。
「私は大丈夫です」
グレイが応じた。
「本当に? こんなチャンス、もう無いかもしれないよ?」
ラルフが意地悪く微笑むとグレイは生真面目な表情を緩め駆け出した。
「将軍!」
そしてグレイはラルフの様にアカツキの懐に飛び付いた。
「みんな、あなたを心配していました」
グレイが言うとアカツキは微笑んでその頭を撫でた。
「すまなかったな、グレイ。ラルフも」
グレイが離れた。
するとファルクスが言った。
「なぁ、闇の国の使者殿よ」
「何かな、光の国の卿殿よ」
「アカツキはあいつらのものだ。それでここは手を打たねぇか?」
「ああ、構わない。こんな光景を見せられてはな」
アカツキが見詰めているとファルクスは手を伸ばした。
ヴィルヘルムも応じた。二人は固く握手をした。
「俺は散々闇の奴らを斬ってきたが、もうこれっきり斬れねぇかもしれねぇな」
「そうするためにあなた方の国王に会いに行くのです」
「そうか。上手くいくことを願ってる」
「ありがとう。最善は尽くす」
二人は笑みを交わすとファルクスは去って行った。
その様子を見ていた芳乃将軍はうんうん頷くと同じく背を向けてこの場を後にした。
「アカツキ、そちらの方々を紹介してくれないか」
ヴィルヘルムが言いアカツキはラルフの肩に手を置いた。
「これがラルフだ」
そして次にグレイの肩に手を置く。
「こっちがグレイだ」
すると二人の準将軍は敬礼した。
「お初にお目に掛かります、使者殿」
グレイの渋く落ちついた声が言った。
「初めまして。私はヴィルヘルム。アムル・ソンリッサの使者としてこちらに来ました。ところで、その様子を見るとお二人が私の兄弟子に当たるようですね」
ヴィルヘルムが慇懃に言うとラルフとグレイは顔を見合せ、揃ってアカツキを見た。
「ヴィルヘルムにも俺が剣を教えた。言わば奴、いや、彼はお前達の弟弟子だ」
アカツキが説明するとラルフは顔を輝かせた。
「そうなんですね! 今度、手合わせしてください」
グレイも頷いた。
「ええ、勿論です。兄上方」
ヴィルヘルムは笑って答えた。
二
上座に太守バルバトスと使者のヴィルヘルムを据え、アカツキを始め、サグデン伯爵、ファルクス、芳野幾雄、グシオン、ライラ、他の諸将が席に着き、晩餐の宴となった。
宴と言っても、音楽も無く、踊り子もいない、黙々と食事を取りながら、諸将はヴィルヘルムを観察していた。
ヴィルヘルムはそんな視線を知ってか知らずか、料理を褒め、おかわりもした。
少しでも将軍達の印象が良くなれば良いが――。
アカツキは一人心配しながら食事を続けていた。
「アカツキ将軍、闇の国はどうであった?」
最高齢とは言っても今でも背筋のしゃんとしているサグデン伯爵が尋ねた。
アカツキは正直に応じた。
「戦争が各所で起こっている以外はこちらと何ら変わりはありません。人も、物も……あ、馬は肉食ですが」
「サルバトールはいたか?」
サグデン伯爵が続けて尋ねる。その目は真剣だった。かつてサグデン伯爵の領地を二度もサルバトールは危機に陥れたということは知っていた。
「いました」
「どんな人物だ?」
「人並みに魅力のある人物でした。戦では自ら命を投げ出し敵中を蹴散らしておりました。今では剣術に励んでいるようです。私は辛うじて勝ちましたが、再戦すればどうなることか」
アカツキはサグデン伯爵に気を遣うことなく素直に述べた。
「そうか。私は打倒サルバトールを掲げて長く生きてきたが、今回の国王陛下の返事次第ではそれも捨てねばならんな……。我々は光と闇だ。相対するのは当たり前だが、許せるかどうか……」
「サグデンの爺さん。戦争でやったやられたは当たり前だ。いつまでも引きずってたら皴だけが増える一方だぜ」
ファルクスがワインを呷り、ゲップをして言った。
「……そうだな、ファルクス卿」
サグデン伯の顔色は読めなかったがそれで引き下がった。
一瞬の静寂が包んだかと思えば、今度はバルバトス・ノヴァーの息子にしてグレイの父のグシオン将軍が持ち前の鋭い眼光を向けて尋ねてきた。
「アカツキ将軍は十三の首を取る様にアムル・ソンリッサ殿に言われたのだろう? 一つ、その武勇伝を聴いてみたい」
座の一同が頷いてアカツキを見た。
それからアカツキはヴィルヘルムの助けを得て己の加担した全ての戦について語った。さすが武官の将軍達は食事の手を休めてそれに聴き入っていた。
そうしているうちに宴は終わりとなった。
「素晴らしい晩餐に御礼を申します」
ヴィルヘルムが礼を述べた。将軍達の魔族の若者を凝視する目の色が少しだけ和らいだように思えた。話せば通じる。その当然のことに気付き、相手が同じくして等しく生きていている存在なのだと言うことも知ったのかもしれない。
「アカツキ将軍、ヴィルヘルム殿の警護は貴公に任せるぞ」
バルバトス・ノヴァーが言った。
夜も少しだけ深まった頃だった。
アカツキとヴィルヘルムは並んで回廊を歩いていた。
「今度は俺が昼夜逆転の生活をしなければならないようだな」
「郷に従えということだ」
アカツキが応じた。
「シリニーグ卿から薬を貰ってくるべきだったな」
その言葉にアカツキは闇の国で同僚だった者達のことを思い出していた。
それから無言で歩んでいると、ヴィルヘルムの滞在する部屋の前に一つの影が座り込んでいるのが見えた。
「ん?」
夜目の利くヴィルヘルムが声を出す。
アカツキはガルムから貰った特殊な兜を被った。
バルドの孫、ギリオンとか言っただろうか、オーガーの子供が木でできた斧を立てて寝入っていた。
「小さな騎士殿、春とはいえ夜もまだ冷える。風邪を召されるぞ」
ヴィルヘルムが優しく言うと、ギリオンは慌てて起き上がり敬礼した。
「使者殿のお部屋の警護はお任せください」
「そうか、ありがとう。心強い。じゃあな、アカツキ将軍」
ヴィルヘルムは部屋に入って行った。
アカツキはその閉じられた扉の前に座った。
「アカツキ将軍、何でもお命じ下さい!」
ギリオンが言った。
アカツキは戦の半ばで退却し、それから剣と鎧兜を磨いていないことを思い出した。
「では、ギリオン、桶に水を汲んで来てくれ」
「かしこまりました!」
ギリオンは夜の薄暗い回廊を駆けて行った。
オーガーとも仲良くなれたのだ。闇の者達とだって上手くいくはずだ。
アカツキはオーガーの小さな戦士の背を見送りながらそう思ったのだった。
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