六十四話

 オーク城は前線の城だけあって軍人の姿が殆どだが、それでも商人は訪れていて、そこかしこで市が開かれ、兵士達の注目を浴びていた。

「オーク城と言うのですか?」

 城下を歩きながらヴィルヘルムがバルバトス・ノヴァーに話しかける。

「ええ。勇敢だったオーク達を称しての城の名前です」

 バルバトスが使者に対し慇懃に応じる。

 その時、目の前に立ち塞がる小さな影があった。

「太守様、ギリオン推参しました!」

 それはオーガー族の子供だった。木でできた斧を提げている。

「ギリオン鍛錬は順調か?」

 バルバトスが温和な声で尋ねる。

「はい、外周を今日はあと二周する予定です」

「お前の尊敬するお祖父さんに近付けると良いな」

「はいっ! それでは!」

 オーガー族の子供は駆けて行った。

「アカツキ、あれがバルドの孫、ギリオンだ」

 バルド。ダンカン分隊長、カタリナ分隊長の時に一緒だった先輩の兵士だ。無論オーガー族で、隊隋一の膂力を誇っていた。

「バルドの……」

 アカツキはそう言い、思いを馳せていた。

 城に着くとバルバトス自らが客室へ案内した。

 小綺麗な質素な部屋だった。

「今宵は使者殿を持て成す為に宴会を開きましょう。それまでゆるりと休まれよ。アカツキ将軍を護衛役として残して置きましょう」

「御厚意ありがたく頂戴いたす」

 ヴィルヘルムが言うとバルバトスは去って行った。

「あれがヴァンパイアロードを討ったバルバトス・ノヴァー殿か。年を感じさせない雰囲気を持った男だな」

「俺もそう思う」

 アカツキも同意した。彼は多くの兵や民がそうするようにバルバトス・ノヴァーを尊敬していた。

「そういえばリムリアは?」

 ヴィルヘルムが言い、アカツキも初めてその姿が無いことに気付いた。

「遠慮して兵舎にでも行ったのかもしれん」

 アカツキは別段心配することも無くそう告げた。

「そうか、彼女も兵士だもんな。俺達の時のように気軽に話せる間柄じゃ無いんだな、ここでは。少し寂しいな」

「そうだな……」

 アカツキも同意した。闇の者達と一緒に居た時は、彼女は笑顔ばかり振り撒いていた。ここではどうなるのだろうか。彼女の大きな青い瞳は曇りはしないだろうか。

「アカツキ、少し身体を動かさないか?」

 ヴィルヘルムが気を取り直すようにして言った。

「他国の使者と剣でも合わせろと言うのか?」

「その通りだ。使者の俺が望んでるんだ。このまま部屋に居てもつまらないだけだ。あの太守殿なら笑って流してくれるだろう」

「……分かった。行こう」



 二



 屋内演習場には誰も居なかった。

 だが、その途中、警備の兵や侍女達と出会った。皆、ヴィルヘルムを驚きの顔で見ていた。

「さて、アカツキ、手加減無しで来てくれよ」

「馬鹿を言うな、他国の使者に傷などつけられるものか。それこそ俺の首が飛ぶ」

「それもそうだな。だったら、軽く汗を流す程度でいこうか」

「ああ」

 そうしてアカツキとヴィルヘルムは睨み合った。アカツキは片手剣カンダタを右手に持ち、ヴィルヘルムも同じく片手剣を右腕に持っていた。

 どちらが先に仕掛けるか。

 二つの咆哮と剣のぶつかる音が合致し響き渡った。

 ヴィルヘルムの一撃は以前に比べて狙いが良く鋭かった。よくあの短期間でここまでなれたものだとアカツキは剣を受け、感心した。

 両者がそうやって押して押し返す攻防を繰り広げていると、一つの声が轟いた。

「おうおう、面白いことやってるじゃねぇか」

 ファルクスが立っていた。

 アカツキとヴィルヘルムは剣を止めた。

 ファルクスは快活に笑い声を上げて、特徴的な反りのある前髪をかき上げて背中の剣を抜いた。

「俺はファルクス。どうだい、使者殿、俺と剣を交えてみないか?」

「ファルクス、止せ」

 ヴィルヘルムは最近になって剣の腕前はいっぱしになったばかりだ。アカツキ同様叩き上げのファルクスはその上を行く。それにこの戦闘狂いが手加減するとも思えなかった。

「いや、一つ御指南いただこう」

 ヴィルヘルムが応じた。表情はやや笑顔を見せているが冷静さも見られる。

「よっしゃ! そう来なくちゃな!」

 ファルクスは背中から両手持ちの剣を抜くと下段に構えた。

 だがその瞬間、咆哮を上げてヴィルヘルムが襲い掛かった。

 ファルクスの両目が驚きで見開かれる。が、ニヤリと微笑み剣を振るった。

 鉄と鉄がぶつかり合う音が続いた。ファルクスは手加減しているようだ。当たり前だがファルクスが本気を出せばヴィルヘルムは腕を一本失うことになるだろう。いくら魔族が腕を落とされても再生するからという問題では無い。これは国際問題に発展する。アカツキが望んでいる光と闇の融和に大きな暗雲と亀裂をもたらすことになるだろう。

「昔のアカツキちゃんを相手にしているようだぜ」

 ファルクスが言った。

「アカツキは俺の師にして戦友、そして親友だ」

 ヴィルヘルムが不敵に微笑んだ時だった。ファルクスが構えを解いてこちらを見た。

「そうなのか、アカツキちゃん?」

「まぁな」

 アカツキが応じるとファルクスは声を上げた。

「ヴィルヘルムとかいったな、言っとくぞ、アカツキは俺の物だ! 戦友で親友なのは俺の方が長い!」

「ファルクス卿、付き合いの長さだけで判断されるのは軽薄というもの。こういうときは、どれだけお互いの思いが通い合っていたかが物を言う」

「……ワリィ、手加減できそうもねぇや」

「どうぞ、本気で来られよ。アカツキとの友情に掛けて、俺も善戦して見せよう」

 両者が険悪になりかけた時、新たな来訪者が現れた。

「アカツキ将軍! ファルクス将軍! 他国の使者殿に刃を向けるとは何事でおじゃるか!」

 東北の砂漠地帯イージアの領主で、頭には烏帽子をいただき、顔は白塗り、口には紅をし、歯は黒く染め、最後に円い眉を描いた、大道芸人のような風貌の芳乃弾正忠幾雄将軍だった。

「芳乃のおっさん」

 ファルクスが言った。

「ファルクス卿、それほど暇を持て余していると言うのなら、麻呂が相手になるでおじゃるよ」

 芳乃将軍は腰に差してある刀に手を掛けた。

「面白い、闇の使者殿はまだまだヒヨッ子で物足りなかったんだ。いくぜ!」

 ファルクスが剣を振り上げ芳乃将軍に襲い掛かった。

「おじゃるっ!」

 目にも止まらぬ早さで刀が鞘走りファルクスの手から大剣を弾き飛ばした。

「おおっ!」

 ヴィルヘルムが感嘆の声を上げた。

「さぁ、ファルクス卿、少し頭を冷やすでおじゃるよ。もしも挑み足りないと言うのなら麻呂がいくらでも相手になるでおじゃる」

 芳乃将軍が言うと、ファルクスは笑い声を上げた。

「参ったよ、芳乃のおっさん。少し城下でも歩いて来るわ」

 と、言いつつファルクスは自分の剣を回収するとボソリと言った。

「だが、俺の方がアカツキの親友だ。それだけは譲れないからな、闇の使者殿よ」

「それはこちらも同じさ、光の卿殿よ」

 ヴィルヘルムは涼やかな顔で返した。

「俺はお前達を天秤にかけるつもりは――」

 と、アカツキが溜息混じりに言った時だった。

「アカツキ将軍!」

 若い声が一つ上がり、一つの影が演習場に飛び込み、もう一つの影がそれを追う様にして入って来た。

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