六十二話
「おや、準備が整いましたか」
追撃し並走するガルムが左手を掲げた。
すると隣に魔法陣が現れた。
「行くぞ、シリニーグ隊!」
黒衣の銀竜将軍が馬上の人となり、先頭に立ちこちらは騎兵を率いている。
「アカツキ! ガルム!」
シリニーグがこちらを見て手を振り、先へ先へ駆けて行った。
シリニーグ率いる騎馬の軍勢が敵の横腹に突っ込んで行く。軍勢は五千ほどだろうか。敵勢を斬り裂き、切り開き、呑み込まれて行く。
アカツキは鼓舞される思いでストームを急がせた。
ストームはガルムの馬ライトニングを引き離し、部下達を置き去りにしながら駆けて行く。
敵勢と肉薄する。
アカツキが戟を構えた瞬間、敵の外側の数人がこちらに気付いた。一陣の風と共に呆けた顔が緑色の鮮血を撒き散らし宙を舞う。
「アカツキ将軍! 飛ばし過ぎですよ」
ガルムが追いつき呆れながらそう言い同じく戟を振るう。新たな血と首が舞い上がり屍が積み重なる。
スウェアを先頭にアカツキ隊の徒歩の後続が追いついた頃には、アカツキとガルム、シリニーグ隊とで敵勢のどてっぱらに大きな穴を穿っていた。
エイクスの軍勢は半分に寸断された。
アカツキ隊は砦側に追い込まれた本体と敵を挟み撃ちし、シリニーグ隊がその背後の相手をしている。
夢中になって咆哮を上げ戟を振るった。
エイクスの兵達が次々命を散らしてゆく。
これも和平のためだ。すまん。
アカツキは吼えながら、殺していった者達に詫びた。
時は過ぎる。未明の夜から朝になった。
その頃になってようやく総大将ブロッソの轟雷のような声が聴こえてくるようになった。
凡将は幾らか斬った。
しかし肝心の格上の将が姿を見せない。
アカツキは叫んだ。
「敵将出て来い! お前の至らない用兵のせいで、これ以上兵を無駄に死なせるつもりか!?」
すると声が上がった。
「挑発には乗らん!」
その声だけでアカツキには敵将の居場所が分かった。
肉壁を突き進み、血溜まりを馬蹄が踏み、屍の中をあっと言う間に駆け抜け豪壮な外套を纏った朱槍を持つ敵将と出会った。
「わざわざ来てやったぞ、覚悟しろ!」
アカツキが戟を繰り出す。
相手は槍で受け止めた。
「我が名はフォルケン。貴様など返り討ちよ!」
フォルケンと名乗った老将が槍を振るう。
アカツキは負けじと薙ぎ払った。
旋風と共に敵将の腕は飛んで行った。
驚く敵将の首をアカツキは刎ねた。
「いよいよあと一つですか」
ガルムが兜首を回収し言った。
「そうだな」
あと一つ。あと一つ取れば俺は親書を手に修好の使者として王都へ出向くことができる。
「フォルケン殿の仇!」
「幸先が良いな!」
現れた若き武将を前にアカツキは再び戟を振りかぶった。
「我が名はバストール! あの世でフォルケン殿に詫びて来い!」
長剣と戟がぶつかり合う。
と、バストールが馬腹を蹴り一気にこちらへ詰め寄った。
アカツキは冷静に戟を捨てつつ長剣カンダタを抜いて薙いだ。
バストールの腕と首が分断され宙を舞った。
胸の鼓動が早くなるのを聴いた。
終わってみれば呆気ないものだった。
「やりましたね、アカツキ将軍、ついにあなたは最後の一つの首を取ることが出来ました」
「そうだな……」
「戻りますか? アムル様の元へ」
「いや、ここが終わってからだ」
アカツキがそう言った時だった。
馬上のブロッソの大音声が言った。
「アカツキ! 御苦労だったな! 名残惜しいがお前は課せられた任を果たしたのだ、戻って捕虜を解放してやれ!」
すると今度はシリニーグの声が轟いた。
「アカツキ! いつまでも壮健にな!」
「お、俺は!」
アカツキは思わず声を上げたが、ガルムが肩に手を置いた。
「戻りましょう、アカツキ将軍。あなたには一刻も早くやるべきことがあるのでしょう?」
「……。ブロッソ! シリニーグ! 短い間だったが世話になった! 必ず勝てよ、生き残ってまた話そう! そうするために俺は動く!」
指揮を副将のスウェアに委ね、アカツキとガルムは戦場を離脱した。
二
玉座の間でアムル・ソンリッサと暗黒卿を前にアカツキは佇立していた。
リムリアとは既に厩舎で会っている。ストームも察したように儚げな声を上げていた。アカツキはその長い首を抱き締め、涙が溢れそうになるのを辛うじて押し止めたのだった。
「アカツキ将軍、私が提示した十三の首を取ったこと確かに確認した。捕虜は解放しよう。そしてこれが親書だ」
暗黒卿が受け取りアカツキに近付こうとした。
その時、扉が開かれ、ヴィルヘルムが飛び込んできた。
「陛下、修好の使者の任、この私にお与えください!」
魔族の貴公子は平伏して懇願した。
「良いだろう。ヴィルヘルムに使者の役目を任せよう」
「ありがとうございます!」
ヴィルヘルムはそう言うと立ち上がり敬礼した。
「アカツキ殿、御苦労だったな。そなたと剣を交える約束は叶わなかったが」
アムル・ソンリッサが言った。
「陛下……。いや、アムル様、これまで捕虜を厚く遇してくれたことお礼を言います。それでは私は出立します」
アカツキは一礼し、その場を後にした。後ろ髪が引かれる思いだった。俺は闇から光へ戻る……。
約二百の捕虜達は、はつらつとした様子でアカツキを待ち受けていた。
アカツキが知らない間に、足枷は外され、料理も上等な物を出されていたらしい。皆、顔色が良かった。
「アカツキ将軍、ありがとうございます!」
解放された捕虜達が口々に言った。
「遅くなってすまなかったな。今日までよく耐えた。だが、ここから太守殿の居られる城まではどれぐらいの距離があるかどうか――」
すると忍び笑いが聴こえた。
見ればガルムがいた。リムリアもその隣にいる。
「演習場へ行きましょう。そこで私が魔法陣を開いて近くまで送って差し上げます」
ガルムが言った。
一同はアカツキとヴィルヘルムを先頭に回廊を進み、演習場へ来た。
ガルムが魔法陣を開くと、捕虜だった者達は驚きの声を上げた。
「大丈夫だ。これに飛び込め。俺について来い」
アカツキは捕虜だった者達に言い自ら飛び込んだ。
昼近くだろうか。そんな空の下にアカツキは来ていた。
ヴィルヘルム、リムリア、そして捕虜だった者達が続いた。
「ガルム?」
アカツキは魔法陣に向かって尋ねた。すると魔法陣の向こうから声が届いた。
「私の役目はひとまずここまでです。アカツキ将軍、あなたと出会えて私は良かった」
「そうか。世話になったなガルム」
「ええ。それでは御機嫌よう」
ガルムの声が言うと魔法陣は閉じたのだった。
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