五十七話
兵達には乱暴狼藉を働かないように総司令シリニーグが厳重に言い聞かせた。彼らは町や城内に転がる遺体の回収と埋葬に追われていた。
一方武将達は、綺麗に整った中庭で、首実検と論功行賞という名目で一息入れていた。
各敵将達の首が板に乗せられ運ばれ台に置かれる。
怒りか、あるいは苦痛に耐えかね凄まじい形相のまま固まった者もあれば、静かな表情の首もあった。
先王にして猛将であり豪傑の、ラメラー・ランガスターの首などは穏やかな表情を浮かべたままだった。暗黒卿と戦えたことが余程嬉しかったのだろう。アカツキは末席に座りながらそう思った。
幼王ブレスト・ランガスターの首を前にした時はアカツキも罪悪感を覚えた。年端のいかない幼児ながらしっかりとした態度を見せ、玉砕覚悟で挑んでくる覇気を思い、アカツキの出した答えはこのまま生きていても将来、主君アムル・ソンリッサを脅かす存在になるだろうというものだった。だから彼は剣を振るった。
「アカツキ、仕方ないさ。お前のやったことは間違ってはいない」
察したのか、ヴィルヘルムが隣でしみじみと励ました。
「ああ。だが、後味が悪いな……子供と女は斬りたくなかった」
アカツキは内心を吐露した。
「論功行賞だが……」
シリニーグが口を開いた。
「一番をアカツキ将軍とする。彼は敵の首魁ブレスト・ランガスターや、主だった将の首を取り、敵兵も多く斃している」
「はっ」
アカツキは恐縮した態度を取り繕って応じた。
「二番目を一番乗りを果たし、敵将ジーク・フリード並びに多くの敵勢を斃したグラン・ローとする」
「はっ」
グラン・ローが応じた。
「三番目は――」
こうして論功行賞が続き、終わりを迎えた。
新任の太守を決めると速やかに各将は立ち去り、兵達の指揮に戻って行った。
アカツキもそれに倣おうとした時に、中庭の台に並べられた首の一つの前にシリニーグが歩み寄って行くのが見えた。
アカツキはその様子を眺めていた。首の位置からすると、黒竜、ググリニーグのものだろうか。
「兄上、こちらに居られましたか」
シリニーグがそう優しい声で言った。
兄上という言葉にアカツキは驚いた。そして独りきりの静寂な空気を壊すのを承知で慌てて駆け付けた。
「すまん、シリニーグ、お前の兄の首を取ったのはこの俺だ……」
アカツキがそう述べると、銀竜、シリニーグはアカツキの肩に手を置きゆっくり首を横に振って見詰めてきた。
「気にするな、アカツキ。兄上は敵だった。もしも兄上が勝ったということはアカツキが負けて首を取られたことを意味する。そうはなって欲しくなかった。これで良かったのだ」
そしてアカツキの右肩を二度叩いて言った。
「兄は幼い頃から魔術にも武芸にも優れていた。それ故、奔放で野心的なところが少年時代から垣間見えていてな。当時は何処もいずれも小国だったが、大人しくソンリッサ家に仕えることを良しとしなかった。あの時の、兄が目の前で出奔した時の言葉を俺は忘れていない。シリニーグ、俺は俺を屈服させることができる奴を探しに行く。面倒だろうが後はよろしく頼む。だった。それが最後の言葉で……そうか、兄上はランガスターの元に居場所を見出したのだな……」
黒竜の仮面を着けて尚も不敵にニヤリと微笑んでいるような顔をした首を振り返り、シリニーグはそう言った。
「すまんな、湿っぽい話をして。だが、もう少し感傷に浸らせてくれ」
「分かった。だが、油断するなよ、まだ完全に統治は行き届いていないからな」
アカツキはそう言ってその場を後にした。
二
城門にアカツキは佇んでいた。
久々に暴れた。
多くの敵兵を殺戮し、ググリニーグ、ブレスト・ランガスター、その配下ユリシーズ、三つの首を取り、残る首は五つだ。
たった五つの首を上げれば、俺は捕虜達を率いて国へ帰ることができる。だが、それは闇の勢力、アムル・ソンリッサとの対峙を意味する。これまで知り合った将や、苦労を共にして来た兵達を斬らねばならない。
「光は闇を討滅すべし」
「闇は光を討滅しべし」
アカツキは自分の言葉に次いで声を出した相手を振り返った。
ガルムだった。
「これが本来神が決めし定めですね」
「そうだな」
「アカツキ将軍も神の定めと運命を共にしますか?」
笑顔の道化の仮面が尋ねて来る。
「俺は……。俺は、出来ることなら、光と闇の対立を防ぎたい。こうやって女も子供も散々闇の者を斬り捨ててきた俺が言えた義理では無いかもしれない。だが、俺はお前達に斬られるのは良いが、斬るのは嫌だ」
誰かが言ったことを思い出す。
「チェス盤の駒」
「ほぉ?」
ガルムが興味深げに応じた。
「俺達は神々の意のままに動かされる盤上の駒ではない」
「逆らいますか?」
ガルムが尋ねて来る。
「どう逆らえばいいのかが分からん。まず気付いた俺が動かなければいけないことは分かっている。だがどう動けば良いのか……」
その時、スウェアが顔を出した。
「アカツキ将軍、敵味方の遺骸の区別は終わりました」
「そうか。御苦労だった」
アカツキが労うとスウェアは去って行った。
ガルムの姿は無かった。だが、どこかでこちらを見ているだろう。
アカツキは歩んだ。
そう言えば、俺は出陣前にリムリアに言ったな。相談に乗って欲しいと。我ながらずいぶん弱っていたようだ。
アカツキは考えを振り払いやるべきことをやるために歩み出した。
兵士達が闊歩している。グラン・ローが声を上げて指示を出している。
アカツキは未だ顔を出さず引き篭もっている民衆達のいる城下を歩き、外に出た。民衆が安堵するまでまだ時間は掛かるだろう。
外の門扉を境に、左右の離れた場所に幾つもの大きな紫色の炎が燃え上がっていた。
既に夜も未明に差し掛かっている。
煌々と燃える炎。敵、味方の遺骸が焼かれているのだ。
「タグの回収は?」
アカツキは手近にいた兵に声を掛けた。
「敵味方両方とも済んでおります」
「そうか。御苦労だった」
アカツキは紫色の炎を見詰めた。
闇と闇が殺し合っている。闇の神が自ら生み出した闇の人間、魔族達をこのように弄ぶのが許せなかった。
光の神もかつては人間等に勢力争いをさせていた。多くの血が流れた。神はこんなことを運命づけて、命を刈り取り、刈り取らせることを楽しんでいるのだろうか。俺達の命には奴らを楽しませる、その程度の値打ちしか無いのだろうか。
アカツキは夜空を睨み付けた。
今度は俺がお前達の首を刈り取ってやりたい。
叫びたかった。
まるで遊戯の様に命のやり取りを競い合わせ、光と闇が争う様を煽り、使命とさせ、それを傍観する神々が許せなかった。
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