四十三話
「まぁ、ヴィルヘルム様だわ」
「本当にハンサムですわね」
「でも、私達には高嶺の花よね」
ヴィルヘルムと歩くと城内では侍女が、外では町娘が、そう囁き合う。
「あ、今日はアカツキ将軍もいるわね」
「気性の激しい方らしいわよ」
「悪い鬼ってという名前でも呼ばれているらしいですわね」
と、若い娘達の評判は大体こんなものだ。
「ところで知っていなさる? アカツキ将軍って少女好きなのよ」
「まぁ、そうなの? 変態ね」
「あのリムリアって子と手を繋いだり、あーんしてもらったりして鼻の下を伸ばしているそうよ」
「まぁ、それは正真正銘の変態ね」
アカツキの評判に新たな一枠が加わった。
「変態」
アカツキは侍女達に怒鳴りつけてやりたい衝動を堪えた。
俺は鼻の下を伸ばしたりしたことなどない!
大体、リムリアが悪いのだ。目立つようなことばかりする。影でこっそりとならアカツキだって付き合ってやらんでもない。
「おい、アカツキ、聴いてるのか?」
隣を歩くヴィルヘルムが言った。
魔族の貴公子は無論誰もが噂するように容姿端麗だった。その琥珀色の瞳にアカツキが映っている。
「いや」
「いやって、お前……。どうしたんだ、侍女達の話が気になったのか?」
アカツキは応じなかった。
「まぁ、リムリアはあんな顔立ちだし背だって大きい方じゃない。だから未成年に間違われることだってあるさ。でも実際はそうじゃないだろう? だったら堂々としてろ、変態」
「斬られたいのか?」
アカツキは友を睨んだ。
「冗談だ。落ち着けよ。でも、リムリアは誰に対しても積極的だが、特にアカツキには……。もしかしたら彼女――」
そこまで言いかけてヴィルヘルムは口を閉じた。
紫色の炎の点る燭台が照らす中、前方からアムル・ソンリッサと暗黒卿とサルバトールが歩んできた。
「これは陛下」
ヴィルヘルムが敬礼する。アカツキは逡巡したが彼に倣った。
「おお、ついに陛下に敬服したか、光の者よ」
サルバトールが言った。
「形だけだ」
アカツキは応じた。
「良い。ヴィルヘルム、アカツキ、お前達には暇を出したが持て余しているか?」
アムル・ソンリッサが尋ねる。
「ええ、書庫もこの時間は研究者達でいっぱいですからね」
ヴィルヘルムが応じる。
「なら、ちょうど良い。私達に付き合え」
「御命令とあらば」
ヴィルヘルムが応じた。
何を考えているのかアカツキには分からなかった。
「リムリアがブロッソとシリニーグ、それに他の将軍達と共に屋外演習場で待っている」
それだけ言いアムル・ソンリッサは歩き出す。アカツキは最後尾に続いた。
リムリアが? まるで彼女が招集をかけたみたいでは無いか。何か突拍子でも無いことが始まる様な気がした。
二
雪が降り積もる中、兵舎の前、屋外演習場に着くと、将軍達が忙しなく動いていた。
演習場の真ん中に横長の雪壁を一つ築いている。
「あ、アムル様!」
リムリアが手を振った。
「それでどうすれば良いのだ?」
アムル・ソンリッサが尋ねる。
「この雪の壁を境にして、こうして雪を捏ねた玉を作ってね、ぶつけ合うんだよ」
「なるほど」
リムリアの説明にアムル・ソンリッサが頷いた。
「そうか、雪合戦だな?」
ヴィルヘルムが問うとリムリアは笑顔いっぱいで頷いた。
「そうだよ」
「くだらん」
アカツキは思わずそう言った。
「ぶー、アカツキ将軍も強制参加だもんね」
リムリアは言った。
「それじゃあ、あたしが審判やるから、みんな二つに分かれて」
誰一人止めることなく、リムリアの言うことに従って行った。
「日頃の鬱憤が晴らせるわい」
「腕が鳴る。剣で敵わぬが雪合戦なら暗黒卿殿にも勝てるやもしれない」
諸将はやる気充分だった。
「ピー! アカツキ将軍、早くどっちかのチームに入って」
リムリアが笛の口真似をし言った。
すると雪の壁を境に二つになった諸将がこちらを見て来る。
片方にはアムル・ソンリッサが入り、暗黒卿とサルバトール、テレジア主従がいる。もう片方は、ヴィルヘルム、シリニーグ、ブロッソがいた。
アカツキは呆れて溜息を吐いた。そしてアムル・ソンリッサと敵対するヴィルヘルム、シリニーグ、ブロッソ組に入った。
「よろしくなアカツキ」
ヴィルヘルムが言い、シリニーグとブロッソが微笑んだ。
「それじゃあ、試合開始!」
リムリアが告げる。
途端に諸将は、アムル・ソンリッサ、暗黒卿、サルバトール、アカツキを除いて一斉に散り、雪玉を作り始めた。
「なるほど、雪玉を作るか。アムル、やるぞ」
「卿!?」
思いを寄せる暗黒卿に手を引かれ、アムル・ソンリッサは顔を真っ赤にして移動し始めた。
「閣下の事は命に代えても私がお守りします」
ヴァンパイアの配下、テレジアが雪玉を懸命にこしらえながらそう言った。
「アカツキ! お前もやるんだよ」
ヴィルヘルムが言い、アカツキは溜息を吐いて歩いて行くと雪玉を捏ね始めた。
「暗黒卿はあの鎧姿だ。動きは鈍いはず。まずは重点的に暗黒卿を狙おう」
ヴィルヘルムが諸将を集めて言った。皆が頷く。その真面目な顔にアカツキは再び呆れた。
程なくして無数の雪玉が飛んできた。
それを避け、こちらは一気に暗黒卿目掛けて雪玉を投げた。
「卿!」
アムル・ソンリッサが声を上げる。全てが暗黒卿に当たって砕けた。
「ピー、暗黒卿様、退場!」
リムリアが言った。
「うむ、仕方がないな」
突然の大物の退場に各陣営には戦慄と高揚が走った。
「馬鹿者! 暗黒卿の仇を討たんか!」
サルバトールが声を上げ、その声に我に返った敵陣営が猛反撃をしてきた。
「よくも卿を!」
アムル・ソンリッサが怖い顔をし、雪玉を果敢に投げつけて来る様は悪鬼顔負けだった。
次々互いの陣営の諸将が退場してゆく。
ブロッソ、シリニーグもその中の犠牲となった。
「アカツキ、サルバトール子爵を狙うぞ! やる気出してくれよ!」
ヴィルヘルムが言った。
仕方なくアカツキは雪玉をサルバトール目掛けて投げつけた。
サルバトールは無数の玉を避けたが、時間差で投げたアカツキの玉がその顔面に当たった。
「うおっ!?」
「閣下!」
ヴァンパイア主従の声が木霊する。
「ピー、サルバトール様、退場!」
リムリアが指差しそう告げる。
「やれやれ、テレジア後を頼むぞ」
サルバトールが抜けるとテレジアはアカツキを指し示した。
「人間! よくも閣下を! お前だけは許さない!」
たかが遊戯でここまで恨まれるとは。アカツキはまた呆れた。
そうして徐々に人数を減らし、外野には犠牲となった諸将と騒ぎを聞きつけた兵士達が駆け付けてそれぞれを応援していた。
「アカツキ教官! 意地を見せてやって下さいよ!」
教え子達にそう言われるとアカツキも仕方が無く少しだけやる気を出した。
が、いざ投げようとした瞬間、その顔面に雪玉がぶつかったのだった。
「閣下、仇は取りました!」
テレジアが言った。
「ピー、アカツキ将軍退場!」
そう言われ、途端に熱が湧いて来た。教え子達に良いところを見せてやれなかった。その悔しさが今になって気持ちを熱くした。
結局、アムル・ソンリッサチームが勝った。
だが、遊戯はこれで終わりでは無かった。
「さー、今度は無礼講! 兵士のみんなも入って良いよ!」
リムリアが告げ、兵達が我先にと両軍へ雪崩れ込んできた。
「アムル様は俺がお守りします!」
「ブロッソ教官、アカツキ教官、頑張りましょう!」
諸将と兵士達がガヤガヤと騒いでいたが、リムリアの笛の口真似が聴こえると一気に押し黙った。
「はい、それじゃあ、試合開始!」
こうして雪合戦は行われた。凄まじい人数で敵も味方も次々と退場してゆく。
アカツキは懸命に雪玉を投げつけ、いつの間にか雪合戦に夢中になっていた。
アカツキが投げた玉がアムル・ソンリッサの顔に直撃した。
「きゃっ!?」
可愛らしい声を上げて主君が雪の上に倒れる。
「ピー、アムル様、退場!」
「皆、後を頼むぞ」
アムル・ソンリッサはそう言うと外野に回った。
外野の人数が内野を上回った瞬間、リムリアが言った。
「ここからは外野の人も参加できます! 憎きあの人目掛けて雪の玉を投げつけて良いよ!」
「おおおっ!」
思わぬ展開に外野が歓喜の声を上げ雪玉を投げつけて来る。
その矢嵐の様な凄まじさにアカツキは戦場にいるような高揚感を覚えた。退場者が続々と出た。
「アカツキ、先程はよくもやってくれたな!」
怒髪天のアムル・ソンリッサが傍らの暗黒卿に雪玉を作らせ、これでもかとアカツキに狙いを絞って投げつけて来る。
「死ね、死ね! 人間め!」
こちらは主従が逆転している。玉をサルバトールに作らせ、テレジアが投げている。
勝敗は決した。だがどうでもよかった。アカツキもどこからか飛んできた玉に当たり外野にいた。誰も彼もが肩で息をしていた。
「皆、聴け。このレクリエーションの発案はリムリアだ。彼女に拍手を送ってやってくれ」
アムル・ソンリッサが言うと、将軍一同と兵士達からリムリアに向かって惜しみない拍手が送られた。
「ありがとう、みんな。みんなが楽しんでくれてあたし嬉しいな」
リムリアはニコリと笑った。
そうして夜明け前に雪合戦は終わったのだった。
「いかん、陽が昇る前に風呂に入らねば!」
サルバトールが慌てて駆けて行った。
確かに、風呂だ。汗も寒さも流したい。
兵士達は兵舎の大浴場に、将軍達も自分達専用の湯殿へと向かったのだった。
その日の将軍専用の風呂はほぼ満員で、諸将は雪合戦を話題として親睦を深めていった。アカツキもその一人だった。
普段あまり喋らない将軍に話しかけられ、辟易しながら応じた。そして彼は丁寧に身体を洗い、肩まで浸かるとそそくさと風呂を後にした。どうも賑やかな湯船は落ち着かない。
外に出るとリムリアが待っていた。
「やっぱりすぐに出てきたんだ」
「まぁな」
「雪合戦楽しかった?」
リムリアがこちらに飛び付き、大きな青い瞳で見上げてきた。
「悪くはなかった」
アカツキが応じると彼女は喜んで笑みを見せた。
「じゃあ、あたしを食堂までエスコートしてください」
リムリアがアカツキの右手を取った。
また要らぬ噂が流れるだろうな。
だが、まぁ、今回の功労者は間違いなくリムリアだ。それに報いるのがこれだというのならば安いものだろう。
「行くぞ」
そうして手を繋ぎながら二人は回廊を歩んで行ったのだった。
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