『極剣聖』対『天魔王』——【七栄の聖裁】

「『天魔王』。君は勘違いをしている——私はね、魔法が使えないんだ・・・・・・。だから君の言う【転移】というものは、使った覚えがない」


 さも当然のように。さも当たり前のように——目の前に立つ女は、そんなことを言ってのけた。


 本来、世界オヴィーリスに生きる全ての存在モノには、膨大なれど微小なれど、皆魔力というものを宿している。


 人間。亜人デミ魔物モンスター。植物。


 特別な武具にも、魔力は宿っている——そう、絶対に宿っていて、その逆は決してあり得ない。


 逆————つまり、魔力がないなんてことは、絶対にあり得ないことなのだ。


 それが『天魔王』——フィーリア=レリウ=クロミアにとっての常識であり、己の理であった。


 だから、その発言は。


『極剣聖』——サクラ=アザミヤの発言は、彼女にとって全く理解し得ないものだったのだ。


 数秒かけて、彼女の言葉を飲み込んで。頭の中で反芻させて。そこまでして、フィーリアは理解した。


 理解したからこそ————




「はあああああああああッッッ??!」




 ————彼女は絶叫した。


「ま、魔法が使えないって……つまりあなた、魔力がないんですか!?そんなのあり得る訳ないでしょう!!?」


「…いや、まあ……全くないという訳ではない……と思うのだが。しかし魔法が使えないことは確かだ」


 ばつが悪そうに返すサクラ。そんな彼女の言葉を聞いて、フィーリアは思わず頭を抱えそうになった。


 ——そ、そんな……馬鹿な……ことが…?


 だが、彼女は納得しない。じゃあ何故サクラはあの時、自分が認識する間もなく、それこそ【転移】したかのように目の前に立っていたのか。そして【転移】したはずの自分の背後に何故立っていたのか。


 錯乱しそうになるのを、無理矢理抑えながら、フィーリアはサクラに尋ねる。


「じゃ、じゃあ……あなた、どうやって……?」


 まさか、己が認知すらしていない、魔法を超えた魔法とか使ったのか——先ほどサクラ本人が魔法の類は使えないと言っていたはずなのに、現実逃避のせいか、そんな思考をフィーリアは積み重ねてしまう。


 だが、返ってきたのは————百八十度、全くの予想外の答えだった。




「どうやって、か。ただそのようにして動いただけだが?」




 一瞬にして、フィーリアの頭の中が真っ白になった。


「………………へ?う、動いた……だけ……?」


「ああ。まあ普通に動いた訳ではなく、ちょっと特殊な歩法を用いてだが……それがどうかしたのか?」


 その瞬間、フィーリアの中でなにか、とても大事なモノが、音を立てて崩れ去った。


 そして、もうなにかもがどうでもよくなって————彼女は、サクラを睨みながら呟いた。


召喚カモン


 瞬間、彼女の足元から薄紫色の魔法陣が広がり、そして目の前に移動する。


 ドクンッ、と。魔法陣が不気味に脈打って——




「お呼びですか、御主人姐さん




 ——漆黒の外套を纏った、仮面の男が浮上してきた。腰には、一振りの剣を差している。


 突如魔法陣から現れた仮面の男に、フィーリアは完全に苛立った声で威圧するように命令する。


剣魔ファルファス。一分、時間を稼いでください」


 言いながら、サクラを指差す。仮面の男——剣魔が彼女を見やり、それから錆びたブリキ人形のようにフィーリアにへと向き直る。


「………………御主人、冗談ですよね?」


「そんな訳ねえでしょ。戯言抜かす暇があったらとっとと動け」


「い、いやですが——」


 なおも躊躇う剣魔に、フィーリアは吐き捨てた。




契約破棄しにたいか?この無能」




 瞬間、弾かれたように剣魔はサクラに突撃した。


 その後を追うように、四つの【次元箱ディメンション】が展開され、そこからそれぞれ一本の豪奢な装飾を施された大剣が飛来する。


「ほう。中々手応えの感じられそうな相手だ」


 刀を構え、こちらに向かってくる剣魔をサクラは迎え撃つ

 腰に差した剣を抜き放ち、鋭く剣魔が振るう。


 宙に線を引きながら、刃が滑るようにしてサクラの元に襲来する。


 常人の剣士なら、認識すらできない一撃——だが、サクラからすれば至って普通の攻撃であり、彼女が刀で受けることは容易であった。


「ふっ——」


 サクラと剣魔が、互いを至近距離にて見合う——まあ、片や仮面なので、一体どのような表情を浮かべているのかはわからないのだが。


「良い剣だ」


「貴女ほどの存在モノにそう言われるとは、至極恐悦の至り」


 と、そこでサクラが身を退いた。


 瞬間、直前まで彼女が立っていた場所に、様々な宝石や白金プラチナで飾られた四本の大剣の内一本が突き立つ。


 残り三本が宙を疾駆しながら、跳び退いたサクラを追う。不規則な軌道を描き、彼女の身にその宝刃を突き立てるために舞う。


 そしてそれに続くようにして剣魔もこちらから離れたサクラを追った。


「…………」


 こちらに飛来する大剣を弾き、剣魔の剣を捌く中、サクラの表情はだんだんと微妙なものになっていく。


 ——少なくとも、『剣戟極神』よりかは楽しめてはいるが………。


 縦横無尽に襲い来る四本の大剣。完全に人の域を逸した悪魔の剣。


 その二つを以てしても、サクラの心の内にある渇望を潤すことは、叶わない。


 まあ、そもそも——ここまで手加減して・・・・・ようやく自分に喰らいつけているのだから、それを望むのは酷という話なのだが。


 ——………………ふむ。


 チラリ、と。サクラはフィーリアの方へ視線をやる。彼女は集中しているのか、その多色の瞳を閉じていた。


 そうして————彼女が剣魔に対し、稼げと言っていた一分が経った。


「存外楽しめたよ。さらばだ、剣の悪魔」


 言いながら、刀を振るうサクラ。剣魔はそれを剣を以て受け流そうとしたが——あまりに桁外れな膂力の前に、剣自体が砕けてしまった。


「なっ——」


 そしてそのことに驚愕すると同時に、サクラによってその首を斬り落とされた。仮面をつけたままの頭部が転がって、身体諸共魔力の粒子となる。


 そしての粒子を散らすようにして、四本の大剣が彼女に飛来するが——


「業物を壊すのは、少々心苦しいな」


 ——言いながら、四本全てに同時に斬撃を叩き込んだ。


 物体を破壊することに重点を置いたその一撃に、決して砕けぬと賞賛される『不壊ノ魔石オリハルコン』と同等の強度を誇るはずの大剣たちは、容易く呆気なく折れ砕ける。


 重厚な破砕音を立てて、四本分の分厚い破片がサクラを取り囲むようにして散る————その瞬間であった。




「む?」




 ジャララララッ——宙を舞っていた大剣の破片が一瞬輝いたかと思うと、その全てが鎖に変化して、サクラの身体に巻きつき、縛り上げた。


「…………これ、は」


 同時に、サクラの身体から瞬く間に力が抜けていく。いや、抜けていくというよりは——吸われていく。


 全身の脱力感に、流石のサクラも膝を突く。瞬間——彼女を中心にして、荒野全体にまで迫ろうかという、魔法陣が現れる。




「『極剣聖』」




 フィーリアの声が響く。その声が、荒野に響き渡る。




「あなたは本当に強かった……まさか、この魔法を使うことになるとは、夢にも思っていませんでした」




 それに応えるかのように、魔法陣が輝き出す。燐光を噴き出させ、淡く——そして激しく輝きを放ち始めていく。




「ですから、誇ってください——この魔法の前に、散ることを」




 そして—————サクラの頭上に、空全てを覆うようにして、円環が現れた。白く、光り輝ける、七つに重なった円環が。


 呆然と、それをサクラは見上げる。




「此れは救済。此れこそ奇跡。純白なる、神々しき栄えある光」




 フィーリアが紡ぐ。言葉を紡ぐ。一言一句、丁寧に。


 紡がれる度、七つの円環の輝きが増し、その中心にもはや膨大と片付けることもできないほどの魔力が集中していく。




「さあ、受け入れなさい。その身に————




 そして、フィーリアは紡ぎ終えた。






 ————【七栄の聖裁セブンス・オブ・グローリー】」





















「………………ちょっと、やり過ぎましたかね」


 独り、フィーリアが呟く。彼女の目の前には、荒野が広がっている————凡そ、そのほとんどの面積を占める、大穴が穿たれた荒野が。


 覗き込んで見れば、かなり深く、底など全く見えやしない深淵。


「まあ、彼女ほどの人なら生きてるでしょう。…………たぶん」


 その大穴から背を向けて、フィーリアは歩き出す。


「でも、強かったなあ——『極剣聖』」


 確かな満足感と、少しばかりの喪失感を抱きながら、彼女は荒野を後にする——————










 ザンッ——そんな、無防備にも晒されていたフィーリアの首筋に、不可視の斬撃が走り、突き抜けた。

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