燃え盛る夢と、そして壊れ始めた非日常
轟々と、音が鳴り響いていた。空を裂き、地面を割り。建物とその他全てを、破壊する咆哮が。延々と鳴り響いていた。
その様子を、その光景を、ただ呆然と眺めることしかできない。無尽蔵に広がる赤黒く粘っこい液体が、こちらの足元を濡らし、汚していく。
咆哮が響く。咆哮が響く。咆哮が響く。何度も何度も、繰り返し繰り返し、幾度となく。
それを、ただ呆然と見つめる。眺める。まるで、他人事のように。絵空事の、出来事のように。
やがて────────
ギョロリ、と。その黄色の眼球がこちらの姿を捉えた。
炎が燃える。炎は燃える。消えることなく、ずっとずっと、永遠に。
炎を背に、破滅が迫る。滅茶苦茶に出鱈目に四肢を動かし、地面をまるで硝子のように割って、建物をまるで紙細工のように潰して。
もはや理性などとうに感じられない咆哮を轟かせ、破滅は迫る。不思議なことに、その様が酷く遅く目に移って、欠片程の現実感も得られなかった。
しかし、それは錯覚だ。それに気づく時にはもう────破滅はすぐ目の前だった。
炎と土埃を巻き上げながら、大木よりも太く強靭な豪腕が振り下ろされる。その先にあるのは、石も鋼も平等に切り裂く鉤爪。
その光景ですら、まるで遅くて────────
「だらっしゃあああぁぁぁぁッッッ!!!」
────────そして、そんな声とともに。その破滅から振るわれた豪腕が、跳ね除けられた。
「ッ!!」
目を開くと、真っ先に視界に飛び込んだのは────何処までも広がる澄み渡った青空と、いくつも浮かぶ無数の真白の雲と、見渡す限り水平線の続く水面。
そんな、正直この世のものとは思えない、絶景と表しても何ら遜色のない光景を、こうして目の当たりにした僕は、ただただ困惑の声を漏らすしかなかった。
──な、何だここ?僕は今、一体どこにいるんだ?
混乱に見舞われながらも、僕は無意識に周囲を見渡す。けれど上下左右どこに目を向けようが、視線を流そうが。そのどれもが、全く同じ光景しか映らない。
「……どうなって、いるんだ……?」
もはやどうすることもできず、僕はもう呆然とそう呟くしか、他になく。しかし、そんな時だった。
「ヘェイ」
という、そんな。良く言うのならば人の好い、けれど悪くいえば実に能天気な声が。突如として僕の背後で響いた。
一体誰だと思って、咄嗟に僕は背後を振り返る。そこに立っていたのは──────一人の女性であった。
「え……?」
白、とも違う。灰色にも思えたが、しかし濁ってはいない。透き通ってはいたが、でも透明という訳でもない。
そんな、上手く言語化できない色の髪を肩に軽く触れる程度にまで伸ばして。そしてその髪と全く同じ色をした瞳を持つ、何とも言い表すことのできない雰囲気を纏った、女性が。気がつけば僕の背後に立っていたのだ。
──一体、誰……?
思わず呆気に取られてしまう僕に、その女性は平然と声をかけてくる。
「そんな風にうかうかしてたら、手遅れになっちゃうぞ?キミ」
「え?は?」
何の脈絡もなしにいきなりそう言われて、堪らず僕は困惑と混乱が入り混じった声を出してしまう。しかし、女性はそれを一切気にすることもなければ、咎めることもなく。お構いなしに続ける。
「今からその証拠を見せちゃう────そおぉうれっ!」
そう言うが早いか、女性は溌剌としたかけ声と共に腕を振り上げる。瞬間、僕と女性が足場にして立っている水面が波打ち、宙へと飛沫した。
一粒一粒が
「こ、これは一体、どういう……!?」
世界の理から外れたその光景を目の前に、僕はただ驚きの声を上げることしかできない。そんな僕に、この非常識的な光景を作り出した張本人たる女性が、平然と言ってくる。
「よく、よぉく目を凝らして見てごらん」
女性の言葉には、声には不思議と逆らえない響きがあった。そして気がつけば、僕は言われた通り目を凝らし、無数にある内の一つの水滴を見つめていて────ハッとした。
「先輩っ!」
水滴にはラグナ先輩の姿が映り込んでいた。病院から飛び出し、無我夢中で
映り込んでいるのは、その水滴だけじゃない。別の水滴にも先輩の姿はあって。そこに映る先輩は、立ち止まっていた。立ち止まって、何かの店らしき建物に歩み寄って、恐る恐る窓硝子に手を伸ばして。
「ッ!」
泣いて、いた。その真紅の瞳から、透明な雫を────涙を、流していた。
──せ、先輩……?何で、泣いて……?
僕にとってそれは、あまりにも衝撃的なことで。何故泣いているのかと、真っ白になった頭ではその理由を考えるだけで、手一杯で。
だがしかし、それでも水滴の中の先輩は、遠慮容赦なく僕にさらなる光景を見せつけてくる。
フッと、無意識に視線を逸らした、その先に。当然、そこにも水滴が浮いている訳で。そしてその水滴にも、先輩の姿が映り込んでいて。
それを視界に捉えた瞬間────その思考さえも、跡形もなく吹き飛ばされた。
もはや更地同然となった頭の中、言葉も出せず、呼吸するもの忘れて。目を見開かせ、食い入るように僕は水滴を、その中の先輩を見つめる。
先輩は、陽の光も満足に届かない裏路地に進み。奥の方まで歩くと、廃墟らしい建物があって。鉄扉の前に立っていた男に話しかけ、そしてその男に連れられ先輩はその建物へと、入っていった。
見るからにろくでもなく、危険極まりない場所に、あろうことか先輩は単身で乗り込んでしまった。その事実が、現実が。淡々と、僕の中に入り込んでくる。
そして不意に、僕の背中に何かがのしかかった。
「ほらね?ほらね?」
僕の背中に馴れ馴れしくものしかかった女性が、一体何がそんなにも楽しいというのか、気味が悪い程に明るい声で。まるで幼い子供のような無邪気さで、天真爛漫とした声音で。
「早く早く、どうにかしなきゃ。でないと、でないと」
僕の首に腕を回し、僕の顎を指先でなぞり、僕の耳元にそっと口を近づけ。
「壊されちゃうよ?キミの大事で大切な
そう、鼓膜に絡みつくような声音で、女性は僕に囁いた。
「…………」
気がつけば、僕は
それを確認するとほぼ同時に、僕は寝台から降りており。
気がついた時には、もう──────僕の身体は宙を落下していた。
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