冒険者組合

 冒険者組合ギルド────冒険者ランカーを目指す者であれば、誰もが一度は訪れなければならない場所。


 そもそも、冒険者を名乗る為には、冒険者組合で発行される証明書パスが必要不可欠である。これがなければ正式な冒険者とは一切認められず、組合からの報酬等は全く支払われないし、支援サポートも受けられない。


 今は冒険者業に勝る稼ぎなどないに等しく、一攫千金を夢見る者や己の腕に自信のある者、それぞれの理由と希望を胸に抱いてその門を叩くのだ。


 しかし実のところ、冒険者になること自体はそう難しいことではない。冒険者にとっては常識的で、知っておかなければならない問題が出される筆記試験と魔物モンスターを相手にする実技試験。この二つに合格すれば、証明書が発行され晴れて冒険者を名乗れるのだ。


 だがまあ、だからといって誰もが冒険者として成功できる訳ではない。何故なら『ランク』という概念が冒険者には存在するのだから。


 最低の《E》から、最高である《S》まで。もちろん最低である《E》であれば、子供や老人でない限り誰であろうとなることは可能だ。しかしそれ以上となると、そのランクに応じた試験を受ける必要がある。


 《D》ランクに上がりたいのであれば《D》ランク試験を。


 《C》ランクに上がりたいのであれば《C》ランク試験を。


 そしてそれ相応の実力を持っているのなら、最初から高ランクで冒険者を始めることだってできるし、飛び級することもできるのだ。


 当然、高ランクであればあるほど、稼ぎは良い。何故なら────ランクによって冒険者組合から紹介される依頼クエストが制限されるのだから。


 冒険者といえど、最低である《E》では雀の涙程度の報酬しかない依頼しか受けられず、場合によっては普通に働いた方が生活できることもある。それに滅多にないことだが……その雀の涙しかない報酬の仕事で、運悪く命を落とす危険性だってなくはない。


 《D》から《C》であれば一般労働よりも少し高い程度の報酬の依頼が。


 《B》から《A》であれば普通に暮らす分には有り余るほどの報酬の依頼が。


 そして、《S》であれば────それ相応の危険があるものの、その危険性に見合った莫大な報酬が支払われる依頼を受けることができるのだ。


 だが、《S》ランクになるというのは棘だらけの茨道を自ら進んで踏み締めていくようなもので、そのあまりの過酷さに、途中で挫折してしまったり散っていった冒険者が後を絶たない。


 《S》冒険者ランカーという人間の逸材は限られており、一つの冒険者組合に三人いれば多いくらいなのだ──────


















「ようこそ、『大翼の不死鳥フェニシオン』へ。本日はどのような──って、あら。クラハ君じゃない。久しぶりね」


「……ええ、お久しぶりですメルネさん」


「ちょ、ちょっと一体どうしたのよ?何でそんな、今にもでも崖から身投げしそうなくらいに落ち込んでるの?」


 一生に一度ものの傷を心に負いながらも、僕と装いを新たにした先輩は『アネット洋服店』を後にし、自分たちが所属する冒険者組合ギルド────『大翼の不死鳥フェニシオン』へと来ていた。


 今なお昏く冷たい絶望に抱かれながら、もう何度通ったかわからない門を抜ければ、聞き慣れた喧騒が鼓膜を叩く。同時に嗅覚を刺激する料理と酒の匂いに、消沈していた僕の気力も、僅かばかりであるが回復する。


 が、しかし。僕と先輩が中に入ったその瞬間。先客たる冒険者たちが一斉にこちらを振り向いた。そして僕と────僕の隣に立つ先輩の姿を交互に見やったかと思うと、その中にいた男性冒険者ランカー数人が椅子から立ち上がった。


「オイオイオイィッ!噂は本当だったのかよッ!」


「遂にあのクラハにも彼女コレが出来ちまったかぁ!」


「しかも絶対年下だよなその子!?いやまあ、その辺が実にお前らしいけどさあ!」


 その人たちは皆思い思いの言葉を口から出して。それから僕と先輩の方に詰め寄る──前に、僕はキョトンとしている先輩を連れ、彼らの間を擦り抜けた。


「すみません。今、急いでいるんで」


 そう一言付け加えて。背後で彼らが何か言っている気がするが、僕は気にも留めず足も止めない。彼らも一応は僕の先輩に当たるのだが……さっきも自分で言った通り、今は急いでいるのだ。


 というか、やはり危惧していた通りに噂は広まってしまっていた。事実は全く違うというのに、誰も彼もが僕と先輩を見て皆ひそひそと囁き合っている。


 ──辛い。


 だがこの程度、『アネット洋服店』で受けた傷程ではない。それか耐性が付いたのだろう。たぶん。


 後でどう誤解を解くか思案しながら、僕と先輩は組合の受付カウンターまで向かい、そしてそこに立つ一人の女性────『大翼の不死鳥』の受付嬢の一人であり、そして纏め役でもあるメルネ=クリスタさんと挨拶を交わしたという訳だ。


 開幕僕が纏う雰囲気を目の当たりにし、普段は落ち着き取り乱すことなど滅多にないメルネさんも、流石に驚いてしまったようだ。しかし、それをフォローする程の余裕など、今の僕が持ち合わせている訳がない。


 メルネさんの問いかけに答えることなく、僕は依然沈んだ態度と雰囲気のまま、呆然と口を開く。


「…………本当に、ここはいつ来ても、いつでもこんな感じですね。初めて訪れた時から、何も変わってない」


「……え、ええ。そうね」


 訊かれたくない。答えたくない。そんな僕の気持ちを察してくれたのだろうメルネさんは、未だ微かに動揺しながらも僕の言葉に相槌を打ってくれる。気を遣わせてしまい申し訳ないとも思ったのだが、先程も言った通り今の僕には余裕がなかった。


「ところで、クラハ君。あなたの後ろに立ってるその子は……誰かしら?」


 今、僕自身に関しての話題を振るのは良くないと判断したのだろう。純粋な疑問も含めて、メルネさんがそっと遠慮気味に訊ねる。訊ねて、それからすぐにメルネさんはハッとした。


「ひょっとして、その子が噂の子なの?あらあらまあまあ、可愛い素敵な彼女さんじゃない!」


「い、いや「はあ!?誰が彼女だふざけんな!」


「あ、あら?違う……の?」


 これ以上誤解が広がるのはまずいと思い、メルネさんの言葉を即座に僕が否定するよりも早く、先輩が吠えるように否定した。堪らず困惑するメルネさんに、僕は苦笑いを浮かべながら訊ねる。


「すみませんメルネさん。今、GMギルドマスターはいますか?」


 GMギルドマスター────冒険者組合の長であり、取り締まる者の通称。GMがいない冒険者組合など、もはや冒険者組合ではない。それ程にGMというのは冒険者組合にとって大切な要素なのだ──と、昔からよく『大翼の不死鳥ここ』のGMに熱弁されたものだ。


 ふとそんなことを思い出しているその時、不意にポンと肩に手を置かれた。




「私ならここにいるよ。ウインドア君」




 背後からしたその声に、僕は振り返る。そこには『大翼の不死鳥フェニシオン』GM────グィン=アルドナテが人の好い笑顔を浮かべて立っていた。

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