56.砂浜の戦い(7)
とうとう加賀瑞樹・小泉玲奈ペアと金城龍・加賀菜月ペアの決勝戦を迎えた。
ビーチバレーのコートの周りに敗退した選手たちが集まり、にわかに熱気を帯びる。
いち早くコートに入った加賀瑞樹は、続いて入ってきた金城龍に声をかけた。
「やっと話せる」
加賀瑞樹はネットの向こう側にいる叔父の顔を見た。
「久しぶりだな、瑞樹」
赤の他人に向けるような表情の金城龍が落ち着いた声で言った。
「こんなところでお前と再会することになるとはな」
「叔父さんにも訊きたいことがたくさんあるんだ」
「ひとつだ。ひとつだけなら答えてやる」
加賀瑞樹は黙ってうなずいた。
数えきれないほどの疑問が渦巻く中、一番気になっていたことを選び、口を開いた。
「叔父さんは、いったい何をしようとしているの?」
叔父が立ち上げた当初は小さな犯罪組織だった極東軍。それを姉とともに巨大な組織に成長させ、北海道を占領した。そして、とうとう叔父は日本の国のトップまで上り詰めた。
いったい何を目指して、ここまで来たのだろう。
叔父をそこまで突き動かす動機は何なのだろう。
犯罪を犯し、人を殺し、国を乗っ取ってまで、いったい何を成そうとしているのか。
国のトップとしてテレビ画面に映った叔父を見て以来、加賀瑞樹は気になっていた。
最近、よく夜寝る前などに考えていた。
しかし、全然わからない。
叔父の行動は全く理解できないし、考えていることなど想像すらできなかった。
「これから俺がやろうとしていることは、今のお前には理解できないことだ。絶対にな。理解できないほど難しいという意味ではない。いくら説明したところで、お前の考えとは相容れないという意味だ」
金城龍が加賀瑞樹を冷たく厳しい目でにらんだ。
「もし俺がやることを知ったら、お前は、もう後戻りできなくなる。それでも、知りたいか?」
叔父の迫力に加賀瑞樹は息を飲み、視線をそらした。
だが、逃げたくなかった。
もう二度と、逃げた後の、あの苦くて嫌な気持ちは味わいたくない。
―――あの時、もう逃げないって決めたんだ。
加賀瑞樹は再び顔を上げ、答えた。
「それでも。それでも僕は知りたい」
一瞬、金城龍が少し寂しそうな目をしたような気がしたが、すぐに元の厳しい表情に戻った。
「……そうか。後でお前に伝える。ここでは話せない内容だからな」
そう言うと、くるりと背中を向けた。
ちょうどその時、小泉玲奈と加賀菜月がコートに入ってきた。
加賀菜月が羽織っていた軍服の上着を脱ぎ、コート外に投げ捨てた。
それを山田が涼しい顔でキャッチする。
「姉さん」
加賀瑞樹は、声の届く距離まで来た姉を呼んだ。
「会いたかった」
加賀菜月が冷めた顔で言った。
「私は会いたくなかったわ。瑞樹」
「いくらなんでも、それは、ひどいんじゃない?」
隣に来た小泉玲奈が、むっとした表情で割り込んだ。
「瑞樹は、ずっとお姉さんに会いたがってたんだよ!」
「あなた、誰?」
「私は玲奈。瑞樹の、瑞樹の……」
元気よく答えていた小泉玲奈が途中から口ごもる。
「よく聞こえないけど、まあ、いいわ。あなたに興味はないし」
本当に興味なさそうに加賀菜月が言った。
加賀瑞樹は姉の冷たい瞳を見つめた。
北海道で姉と戦った後の、あの決意がよみがえる。
―――ありのままの姉さんと向き合おう。
「姉さん、教えてほしいんだ」
加賀瑞樹は優しく、そして、強い気持ちで告げた。
「僕の姉さんじゃなくて。本当の、本物の加賀菜月を」
潮風が吹き、姉の髪を揺らした。
一瞬だけ、姉が微笑んだように見えた。
「そう」
それだけ言うと、加賀菜月が背中を向けた。
「いつかね」
自分のポジションに歩みを進める。
見送った加賀瑞樹は審判からボールを受け取ると、サービスゾーンに向かった。
そして、4人がそれぞれの位置についた。
「それでは、決勝戦を始めます」
審判の笛が鳴り、加賀瑞樹のサーブから試合が始まる。
「アビリティ発動!」
漆黒の闇をまとった加賀瑞樹は、オーラをボールに集めた。
静かにサーブトスを上げて、ジャンプサーブを放った。
黒く輝くボールがネットを越えて飛ぶ。
余裕を持って落下点に入っていた金城龍が軽々とレシーブを返す。
それを、加賀菜月がアンダートスでボールを上げた。
「止まれぇ!」
トスしたボールの高さがネットよりも低いうちに、加賀瑞樹が叫んだ。
その瞬間、空中でボールの動きが静止した。
「これが、瑞樹のアビリティか」
金城龍が停止したボールの下に回り込むと、アッパーのように右こぶしを突き上げた。
「この程度の力、止まっているうちに入らん」
その空間にボールを静止させようとするアビリティを腕力で打ち破り、黒いオーラがはじけ散る。そして、何事もなかったかのようにボールが高く空を舞った。
「そんな……。僕のアビリティじゃ叔父さんを止められない……」
叔父のパワーに加賀瑞樹は絶句した。
「瑞樹、弱気になっちゃダメ!」
小泉玲奈が上空のボールを見つめながら言った。
「私がボールを上げるから、スパイクでリーオニズを使って」
「わかった」
加賀瑞樹はすぐに体勢を整え、トスが上がるのを待った。
ほどなくして、小泉玲奈からの絶好のトスが上がる。
「
右腕に集めたオーラをスパイクに込めた。
手のひらから無数の漆黒の球体が放たれ、金城龍たちのコートに降り注ぐ。
「前よりは、強くなったじゃない」
加賀菜月が無表情のまま、手のひらを開いた両手を前方に掲げた。
「エアリアルシールド」
すぐさま、手のひらに四角いガラスのような無色の板が生み出され、一瞬にして板の一辺が身長よりも大きくなる。黒の球体が飛んできた時には、ネットと同じくらいの大きさになっていた。
大量の黒い球体は透明の板に次々と衝突し、板を静止するためのエネルギーに消費されてしまったのか、ひとつを残して消滅してしまった。
板に当たっても最後まで消えずに残り、跳ね返って落ちてくる球体は本物のボールだった。
金城龍が、それを難なくアンダーで拾う。
加賀菜月が両方の手のひらを同時に閉じると、アビリティを解除したためか、巨大な透明の板が蒸発するように消滅した。
そして、助走をつけて白いオーラを込めたスパイクを打つ。
「サマートライアングルをお願い!」
身体を固められるのを懸念した小泉玲奈が、加賀瑞樹のアビリティに託す。
「くっ。
距離のある場所にいた加賀瑞樹亜は、とっさに生み出した黒い三角形をフリスビーのようにしてボールの落下点に投げた。
白く輝くボールが、三角形の上に乗っかるように衝突する。
すると、ボールは動きを止めることなく跳ね返り、砂の上に落ちた。
ピー。
1対0を知らせる笛が鳴った。
「ごめん、玲奈」
加賀瑞樹は、先制点を取られてしまったことを謝った。
「ううん、ドンマイだよ! むしろ、ありがとうね」
小泉玲奈が笑顔で答えた後、再び砂の上に落ちているボールに目をやり、呟いた。
「あんなふうにバウンドするんだ……」
突然、ふと何かを思いついた表情をした小泉玲奈が、加賀瑞樹に耳打ちした。
「ちょっと試してみたいことがあるの―――」
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