45.フォーマルハウト(1)

 上空は雲におおわれ、近くまで入道雲が迫ってきていた。

 先ほどまで穏やかだった風が、徐々に強くなる。


 稲光が遠くで光り、しばらくしてから雷の音が聞こえてきた。


 地面に降り立ったフォーマルハウトは小泉玲奈を眺めた。

「玲奈ちゃんは直接殺すつもりはなかったんだけどな。でも、俺がエージェントだと知られたからには、ここでサヨナラだ」


「瑞樹をあんな状態にしたのは、島谷さんなんですよね?」

 悲しそうな表情の小泉玲奈が確認した。


「そうだよ。むしろ、瑞樹くんがまだ死んでなかったとは想定外だったな。あとで改めて殺しに行かないと」


「どうして、そんなことをするんですか?」


「シンプルな理由だよ。それは生かしておくのは危険だと判断したからだ」

 フォーマルハウトは笑顔で右手の人差し指を立てた。


「瑞樹が危険?」


「そう。いつかネテロ様の邪魔をするかもしれないからね。正確に言えば、邪魔できるだけの力を持った存在になり得る」


「ネテロとは誰だ?」

 今度は中沢美亜が尋ねた。


「俺たちエージェントの生みの親であり、存在理由である。まぁ、キミたちは知る必要のないことだよ。ここで全員、死ぬんだからね」

 フォーマルハウトはニィっと笑った。


「さて、それはどうかな」

 中沢美亜の全身が紫色に輝く。


「ル・プレシャンスサーブル」


 生み出した紫の剣を握りしめた。

「赤西、時間を3分稼いでくれ! 私の奥義を使う」

 身体をおおっていた光が、徐々に大きくなっていく


「室長の頼みとあらば、死んでも稼ぎますよ!」

 赤西竜也が右肩を回しながら、前に歩き出す。


「奥義ね……。今すぐ全員殺してもいいんだけど、それも味気ないか」

 フォーマルハウトは赤西竜也の顔を見て、微笑んだ。

「キミが3分間生き残ってたら、奥義とやらを受けてあげよう」


「その油断が命取りになるぜ」

 ニヤっと赤西竜也が笑う。


「油断とは違うな。俺は18年ぶりに目覚めて、今、楽しいんだよ。だから、もっと楽しませてくれ」


「では、遠慮なく。行くぜ!」


 赤西竜也が地面を蹴り、一瞬にしてフォーマルハウトのふところに飛び込んだ。

 振りかぶっていた右腕がうなり、胴体を捉える。


 しかし、フォーマルハウトに直前で右側に避けられ、こぶしは悲しく空を切った。


「まだだ!」


 そこから身体をひねった赤西竜也が回し蹴りを試みるが、それもフォーマルハウトに片手で軽々とブロックされる。


 すぐに間合いを取り、体勢を整えた。


「さて、次は、こちらの番だ」


 フォーマルハウトは距離を詰めると、右手でパンチを放った。


 それを赤西竜也がガードしようと左腕で受け止める。

 だが、あまりにも重いパンチは、そのまま左腕の骨を砕いたのだった。


「くそおぉ!」

 赤西竜也が激痛に顔をゆがめる。


 右手で押さえる左腕は、ぶらんと垂れ下がっていた。


「弱すぎる」

 フォーマルハウトは、あまりの実力差に嘆いた。

「俺らを追い詰めた守護者ガーディアンたちとは、えらい違いだな」


「ちくしょう!」

 残った右腕1本で赤西竜也が反撃する。


 しかし、避けたフォーマルハウトの手刀で、その右腕の骨もあっさりと折れる。


 さらに、フォーマルハウトは胴体を狙って右のこぶしで突いた。


 とっさに赤西竜也がひざを曲げ、右足のすねでガードする。が、腕と同様に右足も折れ、陥没した。


 路面に倒れた赤西竜也を中心にして、血だまりが広がっていく。


「2分も持たなかったね」

 フォーマルハウトは、右の手のひらを開いて足元の赤西竜也に向けた。

「じゃ、サヨナラだ」


「待って!」


 見ると、いつのまにか小泉玲奈がすぐ近くに来ていた。


 ぽつん。

 

 乾いた路面に、ひとつの雨粒が落ちた。


 ぽつ、ぽつ。

 

 しだいに雨が強くなる。


「島谷さん、いや、フォーマルハウトさん。あなたは、島谷さんだったときのことを覚えているんでしょ?」

 雨の中、真剣な表情の小泉玲奈が尋ねた。


「もちろん。全て記憶は残っている」


「そしたら、もう、こんなこと止めようよ。人として生きてた時のことを覚えているなら。拓さんやダテヒロさんと過ごした思い出が残っているなら。きっと島谷さんなら、こんなことしたくないはずだよ!」


「玲奈ちゃん……」

 フォーマルハウトは感慨深そうに呟いた後、急にニターと笑った。

「残念だけど、島谷誠という人間の人格は、そもそも存在しない。俺たちエージェントは、人間ではなく、ネテロ様によって作り出された機械と生物の融合体だ。18年前に俺はガーディアンから瀕死の重傷を負った。傷を癒してエネルギーを完全回復するまでの間、ガーディアンの目をあざむくために人間に擬態する必要があった。だから、自らエージェントの時の記憶を全て封印し、人間のように振る舞うAIプログラムを走らせていただけだ。人間から島谷誠だと認識されていた存在は、ただのAIだったんだよ」

 爽やかな笑顔に戻して、今度は手のひらを小泉玲奈に向ける。

「玲奈ちゃんも、サヨナラだ」


 その時だった。

「よくやった! 玲奈、赤西」

 雨音に混じって声が聞こえた。


 声のする方に振り向くと、剣を両手で構えながら紫色に光り輝く中沢美亜の姿があった。


 その足元には魔法陣のような模様を光の線が形作っており、そこからオーロラのような淡い光の柱が上空に向かって立ち昇っていた。


「奥義、ル・コシュマール」


 中沢美亜が顔を上げ、フォーマルハウトをにらんだ。

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