43.デルタ(1)
NT研究所の社員用ラウンジは、オシャレなカフェのような内装だった。
窓からは広い研究所の敷地の先に海が見えていたが、空にはだいぶ雲が出てきており、遠くの景色は霞んでいた。
ランチの後、小泉玲奈は中沢美亜に案内されて、建物の最上階にあるラウンジに来た。
じいやたちは中沢美亜が貸してくれた会議室で夕方まで待機するらしく、昼食を取ってからは別々に行動している。
「何か心当たりはないのか? 娘よ」
中沢美亜がティーカップを持ちながら訊いた。
「美亜さん、さっきも言いましたけど、『娘』じゃないです。私には『玲奈』っていう両親がくれたステキな名前があるんです」
小泉玲奈は、ぷくっとほほを膨らませた。
「すまん、すまん。つい癖でな」
中沢美亜が笑ったが、すぐに真顔に戻る。
「それで、玲奈よ。オートマトンに狙われた心当たりは?」
「うーん、あんまり思いつかないですね。3か月くらい前に、オートマトンに取り込まれた友達から狙われましたけど、それ以降は、オートマトンに遭遇したことはないですし」
「どうも腑に落ちないな。理由もなく、大量のオートマトンが突然同じ場所に集まるとは考えにくい。エージェントか、オートマトンの巣でもない限り」
「巣ですか……」
小泉玲奈は言うべきか一瞬考えてから話した。
「関係あるかわからないですけど、一昨日の夜に、アルファレオニスのメンバーでオートマトンの巣を駆除しました」
「巣の駆除だと?」
ティーカップを置いた中沢美亜の顔色が明らかに変わった。
「その時、巣から何か持ち帰らなかったか?」
「いえ。私はオフィスでお留守番だったので」
「では、誰かが四角いブロックのようなものを持ってなかったか?」
四角いブロックと聞いて、小泉玲奈の頭に、島谷誠からもらった虹色のパワーストーンが思い浮かんだ。
―――たしか、あの時、なくさないようにと思って。
小泉玲奈は小さなバッグの中から化粧ポーチを取り出すと、中身を確認した。
すると、虹色の光を放つサイコロのようなブロックが入っていた。
「もしかして、これのことですか?」
虹色のブロックを手に取り、中沢美亜に見せる。
「……それだ!」
驚いた表情の中沢美亜が虹色のブロックを右手の指でつまむと、至近距離から眺めた。
「これは、ブロードキャストブロックと言って、オートマトンの巣の核となるものだ。常に、オートマトンを呼び寄せる信号を周囲に発している。玲奈よ。これをどこで手に入れた?」
「これは―――」
島谷誠から虹色のブロックを渡された時の記憶と、加賀瑞樹と島谷誠が一緒にオートマトンに向かった時の記憶がよみがえる。
そして、ベッドで瀕死の状態だった加賀瑞樹の姿も。
―――瑞樹に重傷を負わせた犯人は、島谷さん?
小泉玲奈の中で、島谷誠に対する不信感が急速につのっていく。
―――そういえば、あみだくじの線を最後に付け加えたのは島谷さんだった。瑞樹とペアになる線がわかっていた?
オートマトンの巣に向かうペアを決めたあみだくじでは、島谷誠は「俺は最後でいいよ」と言って一番最後に線を引いていた。都合のよい線を引くことで、意図的な結果の操作も不可能ではない。
もし、初めから加賀瑞樹を殺そうとしていたならば、つじつまの合う行動に思えた。
その時だった。
「室長! 大変です」
切羽詰まった表情の赤西竜也がラウンジに駆け込んできた。
「どうした? 赤西」
「大量のオートマトンが、研究所に侵入してきました!」
「そうか。やはり、これが原因か」
中沢美亜の右手が紫色の光を発した。
「内部構造を調査してみたかったが、残念ながら時間は無さそうだ」
そう言った瞬間、親指と人差し指の間にあったブロードキャストブロックが粉々に砕け散った。
「それで、敵の数は?」
「監視室からの情報によると、ガンマが約10個、ベータは200個以上……」
「その程度、そんなに慌てる必要はないだろう?」
落ち着いた表情に戻っていた中沢美亜が言った。
「俺も室長に伝えるまでもないと思って部下に出撃させてたんですが、さっき部下から『人型オートマトンが2体現れた』と連絡があって。おそらくデルタかと」
赤西竜也が真剣な表情で答えた。
「仕方がない、私も出る。2体のデルタは私と赤西で叩く。他の者はガンマ以下を相手にするように指示しておけ」
中沢美亜が席を立ち上がった。
「玲奈、話の続きはまた後で聞かせてくれ。今は危険だから、ここで待機していろ」
足早にラウンジから中沢美亜と赤西竜也が出て行った。
「私は、いつも待っていることしかできない」
席に座ったまま残された小泉玲奈は、うつむきながら呟いた。
「私も戦いたい……。戦える力がほしいよ……」
そして、こぶしをきゅっと握りしめた。
☆
NT研究所の敷地内の道路の上には、多数の黒い箱が出現していた。
その中を、2体の人型オートマトンが歩いていた。
ひとりは女子高生の制服を着た少女の姿。
もうひとりは、サングラスをかけた若い男の姿だった。
「ほんと、人間ってもろいよね」
女子高生は笑いながら、周囲の小型オートマトンで近くにいた警備員を襲う。
すぐさま警備員の身体をオートマトンで埋め尽くし、ひとつの大きなオートマトンに成長させた。
女子高生は、そのオートマトンに片手を触れて、吸い取るように自身に取り込む。
「ここでは、大量の良質なデータを吸収できそうだ」
サングラスの男は、警備員から発砲された銃弾を全て小型オートマトンで吸収しながら、淡々と言った。
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