41.病院

「加賀、死ぬな。死ぬなよ!」


 病院の廊下で、加賀瑞樹を寝かせたまま搬送するストレッチャーに並走しながら、山下拓が叫んだ。


 医者と看護師がストレッチャーとともに手術室に入っていく。


 ドアが閉まると、『手術中』の赤いランプが灯った。


 ドアの前で立ち尽くしていた山下拓に、追いついた佐々木優理が声をかけた。

「今から、ダテヒロたちも病院に来るって」


「くそっ。オレが加賀と一緒に行っていれば」

 強く握ったこぶしが震える。


「拓……。今は、祈ろう」

 佐々木優理は山下拓の背中に手を当てて、廊下の長椅子に誘導した。


 30分ほど前。

 担当していたオートマトンの巣を早々に一掃した山下拓と佐々木優理は、加賀瑞樹と島谷誠を援護しようと思い、もう片方のオートマトンの巣―――加賀瑞樹たちの担当場所の工場に着いた。


 そして、敷地内の中央広場で、血だらけの加賀瑞樹が意識を失って倒れているのを発見したのだった。


 しかし、島谷誠の姿は見当たらず、オートマトンに吸収されてしまったことを容易に想像させた。

 ただ、少し不可解だったのは、島谷誠を吸収するような大型のオートマトンが現場で見つからなかったことだ。


「誠は……、取り込まれちゃったのかな」

 山下拓の隣に座った佐々木優理が、暗い顔で呟いた。


「……いや。あいつは、そんなに弱くない」

 うな垂れながら山下拓は、ぽつりと言った。


「それじゃあ、逃げたってこと? かがを置いて?」


「オレには、あいつが倒れた加賀を見捨てるようなやつだとは思えない。……でも」


 悔しさと悲しさにおおわれた山下拓の心の中に、ひとつだけ、ひっかかる記憶があった。


 先週、スマホの通知画面に『俺がエージェントだった』という島谷誠のメッセージが一瞬だけ表示されたこと。


 SNSのアプリを起動したときには、そのメッセージはすでに取り消されており、それ以上は確認することができなかった。


 その時は、文字の打ち間違いでメッセージを取り消しただけだと思っていたが、島谷誠が消え、加賀瑞樹が瀕死になってしまった状況では、それがとても不吉なことを表していた気がした。


 だが、今は全く頭が働かなかった。これ以上、何も考えられない。


「……でも、わからない」


「そっか……」

 佐々木優理が下を向く。

「……かが、助かるよね?」


 山下拓はうつむいたまま、力なく答えた。

「……ああ。きっと大丈夫だ」


 ☆


 伊達裕之と小泉玲奈と木村小春が到着した直後に、『手術中』の赤いランプが消えた。

 

 ドアが開き、医者が出てくる。


「先生、手術は成功したんだよな?」

 山下拓は食いつくように訊いた。


 立ち止まった医者は、厳しい表情を崩さずにうなずいた。

「手術は最善を尽くしました。ただ、内臓の損傷がひどく、運ばれてきた時点で生きているのが不思議なくらいの状態でした」


「おい、つまり助かるんだよな?」

 山下拓が医者の胸ぐらをつかみかかり、あせりと怒りが混ざった顔でにらんだ。


「……大変申し上げにくいですが、覚悟だけはしておいてください」


「そんな……」

 伊達裕之が、その場に崩れ落ちる。


「あんた、医者なんでしょ? なんとかしなさいよ!」

 今度は、佐々木優理が医者につかみかかったが、目を潤ませた小泉玲奈に止められた。

 

「我々はできる限りのことはした。あとは彼の生命力を信じるしかない」


「……せめて、加賀に会わせてくれ」

 山下拓が頼んだ。


「わかった。彼は隣の集中治療室に移した。ついてきなさい」

 医者は目で合図をすると、廊下を歩き出した。


 ☆


 部屋の中央のベッドには、痛々しい姿の加賀瑞樹が寝かされていた。


 身体には輸血や点滴のチューブや心電図の電極のケーブルが取り付けられており、モニターには脈拍や呼吸数が映し出されている。


 ベッドの脇では、今にも泣きだしそうな小泉玲奈と木村小春が寄りそい、その後ろでは、山下拓と佐々木優理と伊達裕之が深刻な表情で見つめていた。


「お兄ちゃん……」

 木村小春が加賀瑞樹の手を握る。


 心電図モニターの脈拍数と呼吸数は、素人でも危険なことがわかるくらい低下していた。


「瑞樹、死んじゃいやだよ……」

 小泉玲奈も一緒に手を握った。


 さらに脈拍数が低下する。


「……コハルにお兄ちゃんができて嬉しかった。コハルにはおじいちゃんしかいなかったから、家族が増えて嬉しかったんだよ」

 木村小春の瞳から涙がこぼれた。


「コハルのお兄ちゃんが、いなくなるなんて嫌だよ」


 そして、脈拍数と呼吸数の数字がゼロになり、ピーという冷たい電子音が響いた。


 木村小春の両目から涙がほほをつたう。


「だから、死なないで。絶対に!」


 その時、急に木村小春の全身から黒いオーラが湧き出てきた。

 その黒い光が、やがて桃色に変わり、美しく輝き出す。


 そして、その光が腕をつたい、加賀瑞樹の身体に移っていく。


「……この光は」

 佐々木優理が呟く。


「小春ちゃん……?」

 思わず小泉玲奈は木村小春を見た。


 そこには、涙を流しながら一生懸命に加賀瑞樹を見つめる横顔があった。


 加賀瑞樹の身体全部が桃色の光に包まれた瞬間、モニターに映し出されていた脈拍と呼吸が復活した。


 ☆


 翌朝、信じられないことが起きていた。


「まさか、こんなことが……。いや、本当に奇跡です」

 医者は、診断結果を表示させたモニターを眺めながら驚きの表情で述べた。

「あれだけひどく損傷していた内臓がほとんど回復しています」


「したら、加賀はもう大丈夫ってことだな?」

 山下拓が、前のめりに食らいつきながら訊く。


「危険な状態は脱したので、もう命の心配はないです。あとは意識さえ戻れば、数日で退院できますよ」

 医者が微笑んだ。


「良かった。本当に」

 佐々木優理が安堵の表情を浮かべる。


「うん……」

 伊達裕之がうなずきながら、ハンカチで涙をふいた。

「そしたら、小生は小春と玲奈ちゃんを連れて先に帰ってるね」


「頼むよ。幸運の女神たちを送り届けてやってくれ」

 山下拓は、廊下の長椅子で眠りについている少女たちに感謝した。

 奇跡を信じて、一晩中、加賀瑞樹の手を握っていてくれた彼女たちに。


 結局、その日は、アルファレオニスを臨時休業にして、全員が病院から自宅に帰った。


 ☆


 翌日の朝。

 パジャマ姿の小泉玲奈は自室のベッドで起き上がり、大きく伸びをした。

 そして、静かに立ち上がるとカーテンを開けた


「今日もいい天気」

 ゆっくりと視線を青空から庭に下ろすと、異様な光景が目に入った。


 なんと、広大な庭のあちこちに様々な大きさの黒い箱が点在していたのだった。しかも、少しずつ近づいてきているようだった。


「何なの、これ!?」


 オートマトンの大量出現に小泉玲奈は驚愕した。

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