39.島谷誠(2)
太陽の日差しが、さんさんと降り注ぐ。
8月の最初の月曜日は、やけに暑い日だった。
それは外の気温のせいだけではない。
週末の間にリビングルームのクーラーが壊れてしまったようで、加賀瑞樹が朝出社した時には全く冷房が効かない状態だったのだ。
そして、数時間が経ち、アルファレオニスのリビングは、サウナのような状態だった。
「くそっ、あっちーな」
うちわであおぎながら、上半身裸の山下拓がソファーでぐったりとしていた。
「こんな暑さも我慢できないなんて、まったく、やわな男」
かじりつくように扇風機の前を陣取っている佐々木優理が嘲笑する。
「優理、そろそろ扇風機をよこせ。さっきからずっと独占しやがって」
山下拓がにらんだ。
「あら? やわな男が何言っているの?」
佐々木優理が見下すような目で視線を向ける。
「所詮、この世は弱肉強食。強ければ扇風機、弱ければソファー。拓、弱いあんたは、ソファーでひからびなさい」
「なんだと? オレの方が弱いだと?」
山下拓が怒りの表情で立ち上がった。
「今日こそ、オマエとの決着をつけてやる」
「ふっ。笑わせないでよ。あたしに片手でこぶしを止められて、ショックを受けてたのは、どこの誰だったかしらねー?」
佐々木優理も立ち上がり、山下拓とにらみ合う。
「優理よ。いつまでも、そんな昔のことを持ち出してくるなんて、さてはオマエ、今のオレに勝つ自信がないんだな?」
山下拓が、ばかにしたような顔をした。
「いいわ。そんなに言うなら、あんたの挑発に乗ってあげる」
「よーし。したら、扇風機を懸けて1本勝負だ」
山下拓と佐々木優理が、同時に構えを取る。
静寂がアルファレオニスのリビングを包み、扇風機の音だけが聞こえた。
「せーの」
2人が腕に力を込めながら言った。
山下拓の左腕がうなった。
次の瞬間、佐々木優理の右手と山下拓の左手が衝突した。
オフィスの中に衝撃波が広がり、デスクや棚がグラグラと振動する。
山下拓の2本の指先を佐々木優理が手のひらで受け止めた状態で、2人の動きが静止していた。
「負けだ」
そう言ったあと、山下拓がニヤっと笑う。
「オマエのな」
急に佐々木優理の顔が青ざめる。
「そんな。あたしが拓に負けた……。じゃんけんで」
山下拓の左手はチョキ。
佐々木優理の右手はパーの形をしていた。
「今までオレがグーを出し続けてきたのは、今日ここで、オマエに確実にパーを出させるための作戦だったのさ。残念だったな、優理。オレの勝ちだ」
山下拓は勝ち誇った表情で佐々木優理から扇風機を奪い取ると、抱きかかえるようにして持った。
「ひゃっほー! あー、涼しいー! 最高だぜ!」
扇風機の風を正面から顔で受けながら涼しげな顔で言った。
「……悔しい。あたしが拓ごときに負けるなんて」
「オマエは、その『ごとき』にすら勝てない、やわな女なのさ」
山下拓は負けたショックで足元に崩れ落ちている佐々木優理を見下ろした。
バタン。
「拓さん、優理さん、さっきから何やってるんですか? うるさいんですけど」 加賀瑞樹が扉を開けて、廊下からリビングに入ってきた。
「加賀、いいか。絶対に負けられない戦いが、男にはある」
窓から差し込む光を背に、上裸の山下拓が扇風機を抱えた姿で断言した。
「2人ともデスクで仕事しないで遊んでるんだったら、こんな蒸し風呂みたいなところにいないで、僕の部屋に来てくださいよ。クーラー効いてて涼しいですよ」
そう言い放った加賀瑞樹は、すぐに自分の部屋に戻って行った。
「……その手があったか。……くぅーらぁー」
ゾンビのような声の佐々木優理が床をはいながら、リビングから脱出して行った。
ぽつんと取り残された山下拓は、自分に言い聞かせるように呟いた。
「絶対に負けられない戦いが、男にはある」
☆
玄関のすぐ隣にある加賀瑞樹の部屋では、加賀瑞樹、伊達裕之、小泉玲奈、島谷誠の4人が床の上にクッションを置き、談笑していた。
そこに、地獄から生還した佐々木優理が加わった。
「すっずしぃー! 生き返るー♪」
今にも昇天しそうな表情の佐々木優理は、クッションに座ると両腕を伸ばした。
「かがの部屋、最高♪」
「誠さんもいらっしゃってるんだから、早くこっちの部屋にくれば良かったんですよ」
加賀瑞樹は冷たい視線を送った。
「優理ちゃんと会うのは、前回ここに来た時以来だから、半年ぶりくらいだよね」
島谷誠が爽やかな笑顔で話しかけた。
「もう、そんなに経つんだっけ?」
「小生と拓ちゃんは、ゴールデンウイークにマコちゃんと飲みに行ったから、3か月ぶりくらいだけどね」
伊達裕之がにこやかに言った。『マコちゃん』というのは島谷誠のことである。
「ダヒヒロさんも、お酒飲むんですね」
小泉玲奈が意外そうな顔をして尋ねた。
「普通に飲むけど。どうして?」
「私は、ダテヒロさんが警察に補導されないか心配しているのです」
小泉玲奈が大げさに心配そうな身振りをした。
「玲奈、ダテヒロのいじり方が上達してきたね」
佐々木優理が小泉玲奈を引き寄せると、よしよしと頭を撫でた。
「優理さんのご指導のおかげです!」
子猫のように小泉玲奈が嬉しそうに言った。
加賀瑞樹も、酔った伊達裕之が警察に補導される情景が思い浮かび、少し可笑しい気分になった。
「玲奈ちゃんと瑞樹くんは、最近、ここでバイト始めたって言ってたけど、もう仕事には慣れた?」
島谷誠が微笑みかけた。
「はい、みなさん優しいので初日で慣れました」
小泉玲奈が笑顔で答える。
「僕は働き始めて3か月経ちますけど、ようやく仕事に慣れてきたところです。オートマトン駆除とか、初めはドキドキでしたよ」
加賀瑞樹は頭をかいた。
「そういえば、誠さんもオートマトン駆除のお仕事しているんですよね?」
「そうだよ。アルファレオニスとはライバル企業ってことになるのかな。と言っても、元々、たっくんとダテヒロとは大学時代からの友達だから、ライバルというよりは同志みたいな関係だけどね」
島谷誠が急に真剣な顔つきに変わる。
「ところで、そろそろ本題を話してもいいかい。実は、今日はダテヒロたちにオートマトンに関する相談があって来たんだ」
「小生たちに?」
「うん。最近オートマトンの発生がかなり増えてきているのは知っているかい?それも局地的に」
「いや、知らなかったなぁ。たしかに、最近やけに依頼が多い気はしてたけど」
伊達裕之が腕を組んだ。
「この近くに2つのオートマトンの巣ができている」
「オートマトンの巣?」
小泉玲奈が首をかしげる。
「なぜかオートマトンが大量に集まってくる場所だよ」
伊達裕之が答えた。
「つい先日、とある依頼主から『オートマトンの巣を至急駆除してほしい』という大きな仕事が入ったんだ。期限は明日まで。昨日の夜までかかって、ようやく巣の場所は突き止めたんだけど。でも、俺ひとりじゃ今日中に2つの巣を駆除するなんて到底できない。だから、アルファレオニスのみんなの助けを借りようと思って、ここに来たんだ」
「珍しくマコちゃんがオフィスに来たと思ったら、そういうことだったのかぁ」
伊達裕之がうなずいた。
「で、報酬の配分は?」
佐々木優理がさらっと質問した。
「依頼主からもらう成功報酬額2億円の8割をアルファレオニスに払うよ。だから、1億6千万円」
「わお。ステキな依頼主様」
佐々木優理が手のひらを合わせて、その手を顔にくっつける。
それを聞いた伊達裕之がこぶしを握り締め、立ち上がった。
「マコちゃん、小生たちも協力するよ!」
☆
日中は暑すぎるので、結局、その日の晩に二手に分かれてオートマトンの巣をせん滅しに行くことになった。
「そしたら、俺は瑞樹くんとペアってことだね」
島谷誠が加賀瑞樹の肩に手をおき、爽やかな笑顔で言った。
「今晩は、よろしく!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
加賀瑞樹も笑顔で返す。
「何で、あたしが拓とペアなの?」
佐々木優理が不満そうに文句を言った。
「仕方ないでしょ。優理ちゃんが『じゃんけんは嫌だから、あみだくじがいい』って言って、あみだくじにしたんだから」
伊達裕之が必死になだめる。
「私は? 私は何をすればいいですか?」
少し寂しそうな表情の小泉玲奈が訊いた。
「玲奈ちゃんは、小生と一緒にオフィスで待機。これも、みんなを見守りながら、いざというときのために備える重要な仕事だよ」
「そっかあ、いわゆる『秘密兵器』ってやつですね」
一瞬残念そうにした小泉玲奈だったが、すぐに気を取り直して力強くうなずいた。
「私、頑張ります!」
その様子を見ていた島谷誠が右手を差し出した。その手のひらには、虹色に光る小さな立方体が載っていた。
「玲奈ちゃん、これあげるよ。今晩、協力してくれるお礼」
そのまま、小泉玲奈の手に握らせる。
「きれい……。これは何ですか?」
小泉玲奈は自分の手のひらの上のサイコロのような虹色のキューブを眺めた。
「それは、珍しい鉱石を加工したものなんだ。すごい力を持ったパワーストーンらしいよ」
「ほんとですか? ありがとうございます!」
「どういたしまして」
島谷誠は微笑みながら、心の中で呟いた。
―――パワーと言っても、オートマトンを呼び寄せる力だけどね。2、3日もすれば、これを中心に新たな巣ができる。
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