18.研究所(2)
大きな貨物用エレベータでNT研究所の地下2階に向かう。
独特の振動と重低音。
それが加賀瑞樹を不安な気持ちにさせる。
たったの地下2階にもかかわらず、到着するまで時間がかかった。
実は、かなり地中深くにフロアがあるのかもしれない。
扉が開き、フロアに降り立つ。
幸い、誰も人はいない。
吹き抜けのように高い天井のエレベータホールには、3方向にそれぞれドアがあった。
だが、どれもセキュリティ認証機器で鍵が自動ロックされる形式のようだった。
「次はどっち?」
小泉玲奈が木村小春に尋ねる。
「こっちだよ」
木村小春は正面のドアの横まで歩いていき、壁に埋め込まれている機械のボタンを押した。
そして機械に埋め込まれているレンズをのぞき込む。
すると、ピピっという電子音とともに正面のドアが開いた。
どうやら、生体認証でロックを解除できるようである。おそらく瞳の虹彩で木村小春を認識する仕組みなのだろう。
ドアの先には長い廊下が続いていた。
意気揚々と歩く木村小春を先頭に、3人は奥に進んだ。
廊下をしばらく歩くと、急に木村小春が立ち止まった。
両手を広げて軽快に振り向く。
「ここがコハルの部屋だよ」
再び生体認証でロックを解除すると、左側面のドアが開いた。
中は、殺風景な廊下とは対照的な薄桃色を基調とした可愛らしい女の子の部屋だった。
小泉玲奈が「わぁー、可愛い!」と歓声を上げた。
木村小春が得意気な顔になる。
「で、所長の部屋は?」
加賀瑞樹は無表情のまま言った。
「お兄ちゃんのいじわる。コハルの部屋見てくれてもいいじゃん」
ぷくっと頬を膨らませながら木村小春がドアを閉めると、再び廊下を歩き出した。
さらにしばらく歩くと、廊下は行き止まりになっており、正面には両開きの大きな扉が待っていた。
「この先の大きな部屋の奥に、ショチョーがいるよ」
ここでも木村小春がセキュリティを解除し、加賀瑞樹と小泉玲奈の二人がかりで扉を押し開けた。
開いた瞬間、加賀瑞樹は押していた勢いで、そのまま部屋の中に2、3歩踏み出してしまった。
恐る恐る顔を上げる。
そこはホールのような高い天井の広い部屋だった。
なぜか赤いカーペットが入口から奥へと続いている。
そして、そのカーペットを左右からはさむように、スーツを着た体格の良い男たちが、ずらーっと2列に並び、こちらを睨んでいる。
20人以上はいるだろうか。
嘘でしょ?
この状況は想定外だった。所長に会う前にボコボコにされてしまいかねない。
「いや、その……、道を間違えちゃったかな……」
加賀瑞樹は精一杯の笑顔を必死に作って、左手で頭をかいた。
気づかれない程度に、そろりそろりと後ずさりする。
その時、木村小春が愛らしい声を上げた。
「美亜お姉ちゃん!」
ホールに可愛い声が響く。
それを待っていたかのように、正面から女の声が返ってきた。
「小娘、思ったより早く帰ってきたな。ホームシックか?」
見ると、部屋の奥に中沢美亜が立っていた。
今日は背中の肌が見える形状の真っ白なドレスを着ており、ロングスカートのスリットから、すらっとした細い脚が見える。
研究員ではなく夜の街が本職に違いない、と加賀瑞樹は思った。
もしくは、セクシー系のハリウッド女優と言われても頷ける。
中沢美亜が、赤いカーペットの上を優雅に歩いてくる。
「小娘のアカウントでセキュリティ認証されたというアラートがあった。誤作動かハッキングかと思ったら、本人だとはな。アルファレオニスの小僧が連れてきたのか。そっちの娘は初めてだな」と落ち着き払った声で言った。
そして、「お前たちは、持ち場に戻りな」と右側のスーツの男に伝えた。
すると、スーツの男たちが一斉に散り散りになった。
「初めまして、小泉玲奈です。加賀君の大学の友達です」
小泉玲奈が緊張した面持ちで頭を下げた。
「何しに来た?」と、中沢美亜が尋ねる。「まさか本当にホームシックというわけでもあるまい」
小泉玲奈は中沢美亜の目を見つめると、「実は、私が小春ちゃんに頼んで、連れてきてもらいました」と言った。
そして、先ほどよりも頭を深く下げる。
「オートマトンの正体について、所長さんに教えてもらいたいんです。所長さん、お願いします!」
一瞬の間の後、中沢美亜は表情を変えずに答えた。
「私は室長だ。所長ではない」
その回答に、小泉玲奈の目が大きくなる。
「……っごめんなさい! 私ったら失礼なことを」
あたふたと慌てた様子で、小泉玲奈が謝る。
「まぁ、気にするな。本物の所長は、あそこだ」
中沢美亜は、そう言って右手を掲げた。
突然、「ふぉっふぉっふぉっふぉ」という年配の男の笑い声がホールに響いた。
加賀瑞樹は周りを見回すが、それらしき人影は見えない。
だがすぐに、木村小春の「あ、ショチョーだ!」という歓声と、小泉玲奈の「上に人が!」という驚きの声が上がる。
加賀瑞樹も天井を見上げる。
すると、以前、テレビで見たのと同じ光景が目に入った。
天井付近の空中に、淡い光を纏った老人が浮いていたのだ。
―――間違いない。あのテレビに映っていた人だ。
「所長、遊ばないで、早く降りてきてください」
中沢美亜の言葉は丁寧だったが、顔は笑っていなかった。
所長と呼ばれた老人は「美亜君、ごめんごめん」と謝りながら、ゆっくりと高度を下げ、羽毛のように床に着地する。
その老人は、研究用の白衣を着ており、見た目から年齢は60歳は超えていると思われた。
髪もあごひげも真っ白で、全身、白一色に統一されていた。レンズが茶色の眼鏡が唯一のアクセントになっている。
「ワタシは、NT研究所の所長の
忌野が、あごひげを触りながら言った。
「『オートマトンの正体を教えてほしい』か。そこのお嬢ちゃんは面白いことを言うね。その探求心、もしかすると研究者に向いている……かどうかはわからんが、ワタシの秘書にでもならんかね。若くて可愛いオナゴがほしいと思っていたところじゃ」
「はぁ」
リアクションに困った小泉玲奈が気の抜けたような微笑みを返した。
「秘書になれば、オートマトンだけじゃなく、夜の営みについても教えてあげるぞ」
すかさず、中沢美亜が「このエロジジイ」と言いながら、忌野の耳をつねった。
あたりに断末魔のような悲鳴が響く。
「……冗談じゃよ。まったく美亜君は怖いのう」
耳を抑えながら、忌野が言った。
「お嬢ちゃん、オートマトンについて話す前に、まずは研究所の中を見学していかんかね。ワタシの秘書になるかどうかは、その後、考えてくれればよろしい」
その言葉に、中沢美亜が忌野を鋭く睨む。
コホンと咳払いをしてから、忌野は続けた。
「秘書の話は置いておいて。いずれにしても、キミたちに小春君を預かってもらっているわけじゃから、ACCについても教えておくのがワタシらの責任じゃろ」
忌野は「着いてきなさい」と合図をしてから、きびすを返すと、中沢美亜とともに部屋の奥に歩き出した。
「僕たちも行こう」
加賀瑞樹は木村小春の手を引くと、二人の後に続いた。
☆
またしばらく廊下を進んだ後、とある部屋に通された。
なんと、部屋の奥は透明な壁になっていた。
おそらくガラスか強化プラスチックでできているのだろう。
しかし、驚いたのは、その壁の先だった。
「これは、いったい……?」
加賀瑞樹は思わず声を上げた。
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