有原ハリアーさんからのお題

待ち合わせプリンセス 前編

「姫様、待たれましたか?」

「いえ、全然」


 僕達は駅前の何だかよく分からないモニュメントの前で待ち合わせをしていた。僕が姫様と呼んだ僕より少しだけ背の低いショートカットの可愛い少女は、勿論本物のプリンセスではない。

 彼女の名前は――と、言っても本当の名前は知らないのだけれど――夢。これはネット上の名前だ。そう、僕らの出会いはとあるネットゲーム。


 そこでの彼女は姫様キャラだった。言葉遣いからゲーム内の振る舞いまで見事にプリンセスを演じていて、キャラの名前は夢でもあるにも関わらず、ゲーム仲間からはいつしか姫様と呼ばれていた。


 そんな姫様と僕は仲良くゲームをする内に、ゲームだけの関係では物足りなくなってしまう。そうして話が盛り上がって、個人的に会おうと言う流れになったって訳。

 ゲーム仲間全員出で会うならオフ会って事にもなるんだろうけど、人見知りの姫様は僕だけをご指名。と言う事で今日に至る。


「渡君、今日はよろしくね」

「う、うん……」

「あはは、もう演技はおしまい?」

「や、夢ちゃんだって」


 姫様が口にした僕の名前もゲームキャラの名前であって本名ではない。あ、彼女の夢って名前はもしかしたら本名なのかも。ただ、お互いにその辺のプライベートな話は一切しなかった。

 ネットから始まった関係はお互いに詮索しないと言うのがルール。興味がないと言えば嘘になるけど、これは守らないとね。


「これからどうしよっか」

「まぁ、テンプレ通りに……」

「じゃ、映画だね。行こっ!」


 こうして僕ら2人はまるでデートみたいな一日を過ごす事になった。映画は彼女の趣味に合わせて少女漫画の実写版を。正直ちょっとキツかったけど、こう言うのを自分から観る事はないので結構新鮮ではあった。

 上映後の夢ちゃんが満足そうな顔をしていたから、僕はそれでもう十分だ。


 映画の後はちょうどいい時間と言う事でランチタイム。ここでも彼女が行きたいと言うお店に僕はついていく。そのお店は単独では男子禁制の少しお洒落なレストラン。お値段が少し心配だったけど、ランチメニューなのもあって払える金額で済ます事が出来た。

 何かコロッケ的なものを頼んだんだけど、こう言う場所も初めてで、味とか全く記憶に残らなかった。きっと美味しかったんだろうけどね。


 食事の後もまた、彼女主導の流れで猫カフェへ。僕もそれなりに猫は好きな方なんだけど、カフェ内の猫は全然寄り付いてくれなかった。これはショックだったな。

 ちなみに夢ちゃんは家でも猫を飼っていると言うだけあって、カフェ内の猫から好かれまくっていた。うう、なんて羨ましいんだ。


 時間内で十分猫成分を満たした後、次に向かったのはカラオケ。お互いに好きなアニソンを絶叫しまくった。夢ちゃんは意外と昔の熱血系が好みで、可愛い顔で力いっぱい歌う姿にギャップ萌えしてしまう。逆に、僕の歌う姿を彼女はどんな気持ちで眺めていただろう。僕、歌は高音がうまく出ないから全然下手だし。

 歌が上手いだけでモテるって話も聞くし、こんな事なら事前に練習しておけば良かったなぁ。


 カラオケをたっぷり楽しんだ時点でもう時間が来てしまったらしく、僕らはそこで別れる事になってしまった。駅の中に消えていく夢ちゃんを、僕は見えなくなるまでずっと見送る。本当にずっと突っ立ったまま……手でも振れば良かったのかなぁ。


 こうして2人だけのオフ会は終わり、僕もすぐに家に帰る。帰宅途中で気付いたんだけど、結局2人で話したのは趣味の事だけ。会話自体は楽しくて夢中だったけど、プライベートな事に関しては一切話せなかったし聞けなかった。

 折角リアルで会えたのにお互いの事をほぼ何も知らないまま。彼女との仲だって、進展したとはとても思えない。


「はぁ……」


 自室の窓から身を乗り出して眺めた夜空にため息を吐き出す。この時の僕は実際に会った事で失望させなかったかどうかだけが気がかりだった。

 別れ際にまた会おうねとは言われたけど、社交辞令以上の感情は読めなかったし……。まぁ、失望されたらされたで仕方ないんだけど。




 そんなまるで幻のような一日も終わり、またつまらない日常が始まる。繰り返される退屈なローテーション。唯一の楽しみは姫様と会えるネットゲームだ。

 昨日の今日だけど、夢ちゃんはいつものように接してくれるかな。今日になって突然塩対応になったらショックかも……そう思いながらログインする。


 けれど、そんな心配は杞憂だった。何故なら、彼女が現れなかったから。これは迂闊だったとしか言えないんだけど、僕は夢ちゃんとこのゲーム以外での接点を何も持っていなかった。昨日の待ち合わせとかの情報交換も、ゲーム内のプライベートメッセージ越し。個人的なメアドも知らない。SNSのアカウントも――って言うか、SNSをやっているかどうかすら知らない。

 つまり、ゲーム内で出会えなければもう交流する手段がないんだ。


「あ、振られたな……」


 夢ちゃんのいないゲーム画面を眺めながら、僕は思わずそんな独り言をつぶやいていた。彼女いない歴が年齢の僕が姫様と釣り合う訳がなかったんだ。ゲーム内に僕がいたらきっと気まずいから無言でいなくなった、そうに違いないんだ。


 姫様が来なくなって一緒にプレイしていたゲーム仲間も次々にグループを抜けていった。なんて分かりやすいんだ……。

 僕も新たな仲間を探して他のグループに合流しても良かったんだけど、あまりにショックが大きすぎたから、結局ゲームそのものを辞めてしまった。彼女のいないゲームなんて面白くないから。それだけ大きな存在になってしまっていたんだ。



 ゲームを止めた僕の前に転がっていたのはただの暇な時間。辞めてから分かったんだ、どれだけ僕があのゲームに時間を奪われていたかを。

 空いた時間の埋め方の分からなかった僕は、次第に妄想ばかりするようになっていった。


 あの時こうしていれば――を無限にシミュレーションする日々は、やがてそれを何かに残してみようと言う欲望に導かれていく。人によってそれは漫画になったり、小説になったりするのだろう。

 絵心のない僕が選択したのは文章で物語を描く小説だった。


 今までまともに小説を書いた事も、そもそも読んだ事もなかった僕は、ただ思いをぶつけるためだけにキーボードをひたすら打ち込み続けた。

 小説の作法も知らない、読む人の事も考えない独りよがりの文章の羅列は取り敢えず完成する。最初はただそれだけで満足だった。



 ただの暇潰し小説をいくつか完成させた頃、ネットを眺めていた僕は投稿小説サイトの存在を知る。反応なんて求めてはいなかったけれど、ここに登録したらもしかしたら何かが起こるかも知れない。

 そう思った僕は、数あるサイトの中から大手出版社が関わっていて安心感のあるカクヨムを選んだ。


 覚えたての趣味と言う事もあって、書けば書くほど夢中になってしまう。評判も反応も気にはならなかった。頭の中にある妄想を吐き出せるだけで嬉しかった。

 そんな気持ちで執筆していく内に、やがて自分の作品を読んでくれる人が現れて、応援してくれる人も現れて、少なくない数の評価も頂けるように。


 その頃には僕はすっかり執筆に取り憑かれていて、気がつけばかつてゲームに費やした時間が全てそれに置き変わっていたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る