第162話

 テーブルオフィシャルの仕事も終わり、栄城の大会日程はすべて終了。

 帰り支度を済ませた部員たちは、屋外の一角に集まり最後のミーティングを行っていた。


「というわけで、長い合宿もこれで本当に終了です。試合も二戦二勝ととても素晴らしい結果だったね。本当にお疲れ様でした」


 川畑が部員一人一人の顔を見ながら労いの言葉をかける。


「事前に伝えていた通り明日はお休みです。しっかり体を休めて、また次の練習頑張ろう。では解散とします」

「気をつけ! 礼!」

「「「ありがとうございました!!」」」


 凪の号令に続いて部員たちが最後の挨拶を行い、長い一日もようやく終わると修が思ったそのとき。


「あの、すみません!」


 汐莉が勢いよく手を挙げた。

 何事かと、皆の視線が汐莉に集まる。


「このあと、少しだけ栄城の体育館を使わせてもらえませんか!」


 予想外の言葉に修を含めた部員たちと川畑が目を見張った。

 そして川畑は少し厳しい表情になり、諭すように言った。


「宮井さん、合宿の疲れもある上に今日は朝から二試合こなしています。今日は体をいたわってあげよう」

「でも! 試合での反省点とか、確認したいこととかがいっぱいあるんです! 明日休みならなおさら今日やらないと!」


 しかし汐莉は引き下がらず、珍しく反抗的な態度をとった。

 汐莉は緒方のコートに行けば練習そのものはできるはずだが、わざわざ体育館を使いたいと言った。

 きっと今日の試合の感覚を忘れないうちに、より近い環境で振り返りを行いたいのだろう。

 あのコートも立派なものだが、やはり地面やゴールなどの感覚は体育館とは異なっているのだ。


「あ! それならあたしも練習したい! 今日めっちゃシュート外しちゃったし」

「わ、わたしも! 二試合って言っても、わたしほとんど出てなかったですし……」

「ええっ、君たちもかい!?」


 なんと意外にも晶と優理が続いたので、川畑は思わずといった様子で驚いたが修も同様だった。


(部内でも特に練習意欲が低めな二人が……)


 合宿を経て心境に変化があったのか、ライトニングとの試合で感じるものがあったのか、あるいは汐莉の情熱に当てられたのか。

 何にせよとても喜ばしいことだ。

 このやる気を燃やさずにおくのは惜しいので、できればこのまま練習をさせてほしいと修は思った。


 するとそれを見て今度は凪が短くため息を吐いたあと、呆れたような笑みを浮かべた。


「鉄は熱い内に打て、とも言いますし……。確かに今日の反省は今日終えておくのが一番効率が良いと思います。だから私も宮井に賛成します。もちろん、先生がよろしければ、ですけど」


 わがままな後輩に助け船を出すように、凪が冷静に自分の意見を述べた。

 川畑はそれを受けて「うーん……」と唸ったあと、数秒間思案してから


「一時間だけだよ」


 と観念した様子で言った。

 汐莉の表情がぱあっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


 結局そういうことならと他の部員も皆学校に戻って練習する運びとなった。

 もちろん修も一緒だ。


 一時間という短い時間だったが、皆で試合を振り返り、意見を出し合いながらの練習はとても身になるものになったのであった。







 試合に出ていたメンバー程ではないにせよ、一日の疲れを感じながら自宅に帰りついた修は、玄関の扉を開けて一息つこうとしたところで異変に気づいた。


 見覚えのない靴が二足ある。

 それも男性のものと女性のものが一足ずつ。


(誰か来てるのか?)


 夕飯時に来客がいるなど珍しい。

 修は不審に思いながらも、祖母の明子に帰ったことを伝えるためにダイニングに入った。


「ただい……っ!」


 そして食卓に座っていた二つの人影に驚く。


「おかえり!」

「遅かったじゃないか」

「母さん、父さん……なんでいるの?」


 その二人は、現在は修と離れて暮らしている両親だった。






 突然現れた両親に困惑しながらも、修は四人で夕食をとった。

 母と明子から今日の試合のことを訊かれ、その流れで部活のことや最近の学校生活についての話になる。


 少し気恥ずかしさを感じながらも、今は充実した毎日を過ごしていることを伝えると、母は嬉しそうに笑い、父はむすっとした表情で腕を組んでいた。


 そして食後のお茶を飲んでいるとき、修は我慢できずに両親に尋ねた。


「二人とも、なんでこっちに来たの?」

「なんでって、あなたの顔を見に来たのよ。親なんだから、それくらい良いでしょ?」

「まぁ、そりゃもちろん」

「それと、お父さんがあなたと話したいことがあるんだって」

「え……父さんが……?」


 それを聴いて修は思わず身構えた。

 修は別に父が嫌いというわけではないが、常に厳しい態度を崩さない父に対して苦手意識のようなものを持っていた。


 すると父がへの字に結んでいた口をゆっくりと開き


明子おばあちゃんから聴いてるぞ。お前、病院に通ってるらしいじゃないか」


 と、修を責めるような声色で言った。

 父は修と話すときいつもこんな様子なのだが、それが父の素であり別に怒っていないときもこうだった。


「教えろ。お前が今何をしていて、今後どうするつもりなのか」


 だが今回は少し怒気のような、ピリピリとした雰囲気を感じる。

 修は慎重に質問の意味や意図を考え、答えるべき言葉を探した。


 だが父に嘘やごまかしは通用しないことはわかっている。

 修は観念して本当のことを話すことにした。


「うん……。実は俺、バスケに選手として復帰しようと思ってる。そのために今、通院と、病院に併設されてるジムでトレーニングをしてるんだ」


 修の言葉に母がはっと息を飲んだ。

 父は表情を変えずにじっと修を見つめている。


「諦めたんじゃなかったのか」

「……諦めたつもりだった。でもやっぱり諦め切れなかったんだ」

「復帰と言ったが、どのレベルを想定しているんだ?」

「馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけど……プロになるつもりだ」


『プロ』という言葉を聞いて、父の口が一瞬止まる。


「……怪我した体じゃ高校で通用しないと思ったから諦めたんじゃないのか? 今さらプロなんて、考えが甘いとは思わないのか?」

「そんなことは言われなくたってわかってる。けど、挑戦したいんだ。できると思えば可能性は広がるんだって、友達に教えてもらったから」


 現在の修の原動力となっている言葉。

 できないと思っていた自分はもういない。

 例え望みが薄くても、できると信じて努力すると決めた。


「……本気なんだな?」

「本気だ」


 父の問いに即答する。

 その瞬間、少しだけ父の瞳が揺れたように感じた。

 しかし父はすぐに目を閉じ、鼻で長く息を吐いた。

 そして


「わかった」


 と短く言ったあと、湯飲みのお茶をすすった。

 どうやら父に認めてもらえたようで、修は安堵で胸を撫で下ろした。


「通院費はどうしてるんだ。おばあちゃんに出してもらってるのか」

「いや、俺の貯金から出してるよ」


 隣で明子が「出してあげるって言ってるんだけどねぇ」と笑う。


「今後はわしが払う。明細を必ず控えておけ。ある程度溜まったらまとめて送る」

「え! いや、いいよそんなの」


 両手を振って拒否したが、父にギロリと睨まれた。

 その恐ろしさに修はたじろいでしまう。


「子どもが格好をつけるな。黙って受け取っておけ」


 自分の勝手やわがままで作り出してしまった現状であるため、できれば親に頼りたくはなかった。

 しかし貯金もあまり多くはないので、正直に言うととてもありがたい申し出であった。

 だから諦めて手を腿の上に置いて


「……わかった。ありがとう父さん」


 と小さく頭を下げた。






 お茶を飲み終えたあとすぐ、両親は帰り支度を始めた。

 泊まっていけばと明子が言ったが、父は明日仕事らしい。


 父は玄関まで見送りに行った修に、振り返らず背中を向けたまま


「今度は絶対に諦めるなよ」


 と小さく呟いて出ていった。


「もう、素直じゃないんだから」


 母が呆れたように言った。


「修がまたバスケを始めたこと、お父さんとても喜んでるのよ」

「うん。わかってる」


 いつも厳しいが、本当は父がとても優しいことを修は知っている。

 修が自分に絶望してバスケから離れたときも、バスケ選手としての自分を知る者が多い地元を出ていきたいと言ったときも、父は叱りつけたりすることなく受け入れてくれた。


「感謝してるよ。……もちろん、母さんにも」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。お母さん欲しいバッグがあるの。プロになったら買ってちょうだいね」

「はは……それはまだ気が早いよ」

「もう! 任せておけの一言でも言えないの! ……あ、そうだ。修、これ」


 そう言って母はスマホを操作し始めた。

 すると修のポケットのスマホが振動する。


 画面を開くと母からメールが届いていた。

 不思議に思いながらそれを開くと、電話番号が一つ表示されている。


「もしあなたがやる気になったら連絡くださいって言われて貰ってたの。それを頂いてからもうかなり時間が経っちゃったから、今さら連絡したって無駄かもしれない。それをどうするかはあなたに任せるわ」

「? これ、どこの連絡先なの……?」


 言っていることがよくわからず、修は困惑しながら尋ねた。


「それは……」


 母から告げられた名前に、修はハッと息を飲んだ。




第四章 了

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