第153話

「あれはなかなかヤバいわね」


 凛の猛攻の流れを切るためにタイムアウトをとった栄城だったが、ベンチに座ると凪が開口一番唸った。

 凛のオフェンス力は凪すらも舌を巻く程ということだ。


「どうするの? ダブルチームでいくか、それか私がマーク変わりましょうか。身長差がネックだけど、その方がかなりマシになると思うけど」

「そうですね……」


 修は頭を回転させて最善策を考える。

 今一番優先すべきことは、凛のオフェンスを止めて調子付かせないことだ。

 このままの流れだと、どんどんギアが上がって本気で手が付けられなくなってしまうだろう。


 それならダブルチームで早めに潰すのはセオリーだろう。

 しかし凛に二人のディフェンスを割けば、ノーマークが一人生じてしまう。

 そうなれば今まで順調に抑えていたミドルシュートを撃たせやすくしてしまう。


 凪に凛をマークしてもらうというのも名案だ。

 ディフェンス力に関して言えば、灯湖よりも凪の方が上である。

 凪本人が言うように、身長差があるため上からのパスを簡単に通させてしまうなどの懸念はあるが、凛のワンマンプレーはある程度抑えられるだろう。


(でも……)


 修はちらりと灯湖に視線を向ける。

 少し俯き加減で座っており表情を窺うことはできない。


(その場しのぎならどちらかの策でいくべきだ……。でも、長い目で見れば……)


 灯湖にはこれからも相手チームのエースと何度も戦ってもらうことになる。

 名瀬高と戦うことになれば、全国でもトップレベルに近い実力者である若月玲央とのマッチアップだ。

 チーム内の序列でも玲央と凛の間には明らかな差があると思われる。

 つまり今、灯湖が凛に屈しているようでは将来的に玲央に勝てるビジョンが見えなくなってしまう。


「……渕上先輩」


 修が声をかけても灯湖は顔を上げない。

 もしかして折れてしまったのだろうか。

 普段の言動から察するに、灯湖は自信家でプライドが高い。

 強豪校所属とは言え一年生にあれ程良いようにやられれば、そのショックは窺い知れない。


 だがそれでは困るのだ。

 灯湖にこの程度で終わられると、全国など夢のまた夢だ。


「この試合に勝つことだけを考えるなら、凪先輩とマークを変わるべきだと思います。でも、この先のことを考えると、渕上先輩には相馬さんに勝ってもらう必要があります。俺の言っている意味、わかりますよね?」

「……あぁ、わかるよ」


 灯湖は顔を伏せたまま答えた。


「問題は渕上先輩に戦う意志があるかどうかです。先輩、相馬さんに勝てますか」


 もし灯湖本人にその意志がないまま凛のマークを続ければ、チームとしても、灯湖個人としても、取り返しのつかない程傷を広げられてしまうだろう。

 修はこのあとの作戦を灯湖に委ねた。


 もうすぐタイムアウトが終わる。

 早く灯湖が決断を下さねば、貴重なタイムアウトをもう一度使わなければならなくなる。


 内心焦る修だったが、やがて灯湖はふーーっと深く息を吐いた。

 そして顔を上げると


「もちろん、そのつもりだ」


 と力強く呟いた。

 その目は闘志でギラついている。

 心が折れたわけではなく、集中を高めていただけのようだ。


 紛らわしい態度に修は少し不満を抱いたが、そんなことはどうでも良いと思える程灯湖のモチベーションは高いように思える。


「よし! それじゃあディフェンスはこのままいきます。相馬さんは渕上先輩に任せて、他のメンバーは引き続きミドル警戒でお願いします」

「OK。渕上、頼んだわよ」

「灯湖、リバウンド取りまくるからどんどん狙っていってね!」

「あぁ。任せてくれ」


 三年二人の言葉に灯湖が答えたと同時に、タイムアウト終了のブザーが鳴った。


「さぁ行こう! 皆頑張って!」


 川畑が手を叩いて鼓舞すると、メンバーは元気よく返事をして立ち上がる。


「渕上先輩、二ピリ開始前に言ってたこと、忘れてませんからね」


 あれだけ大口を叩いたのだから、期待を下回るような結果は絶対に許さない、という気持ちを込めて、修は灯湖に小さく声をかける。

 すると灯湖は立ち止まると前を向いたまま


「私も忘れていないさ」


 と言ってコートに入っていった。





 そして第二ピリオドが再開する。

 栄城の攻撃は灯湖からの一対一で始まった。

 しかし凛を抜くことはできず、スクリーンでフリーになった涼にパスを出し、ミドルシュートを決めた。


 続くライトニングの攻撃では、またもや凛にボールが集まる。

 タイムアウトの間に「調子の良い内はどんどんいってくれて構わない」と言ってもらったため、お言葉に甘えることにした。

 ロールターンで灯湖を躱し、レイアップを決める。


(ダブルチームでくる様子はなし……。せっかくタイムアウトとったのに、このままのディフェンスでいくつもりなの、シュウくん……?)


 てっきり一人では無理だと判断して、ディフェンスを二枚自分に付けてくると踏んでいた凛は、予想外の対応に驚いてしまう。


(トウコ先輩ならなんとかできるとでも思っているの? 確かにポテンシャルは認めるけど、ぜんぜん粗いわ。私はいつももっと化物の先輩を相手にしているんだもの。それと比べたら、トウコ先輩にはまったく怖さがない)


 第一ピリオドで見せたロッカーモーションからの3Pではその力の片鱗を見たと思ったが、それ以降脅威を感じるようなプレーはない。

 凛はそのことに拍子抜けしてしまったと同時に、苛立ちも感じていた。


(あの程度のレベルで私を抑えられると思ってるなら、シュウくんまったくわかってないわ! 試合前に言った通り、私の六年間をしっかり見せてあげる!)


 そんなことを考えながらも、凛は試合に集中していた。

 ハイポストの晶から、アウトサイドの灯湖へとパスがいくが、それを素早い反応でカットする。

 そしてその勢いのまま、完全なフリーでレイアップを決めた。


 凛は自陣に戻りながら相手側ベンチにいる修をちらりと見た。

 腕を組んでコート全体を見ているようだが、その表情はとても厳しい。


(まだまだよ。その目を私に釘付けにしてあげるんだから!)


 そう決意したあと、自分のマークである灯湖に視線を戻す。


(!?)


 その瞬間、凛は一瞬だけ背筋に寒気を感じた。

 それは普段、練習を共にする先輩からいつも感じるものに似た感覚。

 だがその感覚は錯覚であったかのようにすぐに薄れていった。


(……まさかね)


 修が目をかけているとはいえ、弱小校のエースが名瀬高のエースと同じ雰囲気を纏っているはずがない。

 そう思ったとき、灯湖の口が小さく動く。


 凛の耳にギリギリその言葉が聞こえた。

 しかしその言葉の持つ意味を、凛はまったく理解できなかった。


 灯湖はこう呟いていた。


 ――もっと……もっとだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る