第152話

 第一ピリオドが終わりスコアは15-10で栄城がリード。

 まずまずの立ち上がりといったところだろう。

 ベンチに座って息を整えるスタメンの五人に、修はこれからの指示を伝える。


「ディフェンスは良い感じです。チェックが効いてるので撃たれてもタフショット(無理な体勢でのシュートやマークが外れていない状況でのシュート)になってますし、成功率も低い。これを継続していきましょう。問題はオフェンスの方です」


 第一ピリオドは上手く攻めきれていない場面が目立っていた。

 理由は明白で、栄城のオフェンスの軸である灯湖が自分で攻める機会が少ないからだ。


 凛がフェイスガード気味に灯湖に貼り付いているためなかなか灯湖にボールが回らない。

 その上ボールが渡ったとしても、灯湖も凛を相手に不用意に仕掛けたりしない。


 だがこれは、良くも悪くも灯湖に頼りがちな栄城のオフェンスを見直す良い機会でもある。


「相手のディフェンス、けっこう堅いですが穴はあります。インサイド、特に白石先輩のところがそれです」


 涼をマークしている人はそれなりに上手いが、インサイドのディフェンスに慣れていないような様子だ。

 おそらく本職はアウトサイドよりのポジションで、チーム事情でPFパワーフォワードである涼をマークしているのだろう。


「大山先輩、白石先輩。最初の得点覚えてますか?」

「えーと……あぁ、灯湖からあたしにボールが入って、そこから逆サイドのローポストに面とった涼にパスして……って流れのやつ?」


 晶の返答に涼もむすっとした顔で頷く。


「そうです。あれ、すごく良いプレーでした。でもあれ以降そういうプレーがなくて、個人でかつ少し強引な攻めばかりになってます。単独でポストアップするんじゃなくて、まずスクリーンを掛け合ってからポジションをとるよう意識してみてください」

「りょうか~い!」

「……わかった」


 この大会はピリオド間のインターバルが一分しかない。

 そのためざっくりした指示になってしまったが、二人は理解してくれたようだ。


 指示を終えて残りの時間、メンバーが水分補給をしている間に修は灯湖に話しかける。


「渕上先輩。リンちゃ……相馬さんはどうですか?」

「うん、さすが名瀬で鍛えられているだけあるよ。なかなか簡単にはいきそうにない」


 灯湖は薄く微笑みを浮かべながら答えた。


「そう、ですか……」


 その答えに修は少しだけがっかりしてしまった。

 凛は名瀬の選手とはいえ準レギュラーである。

 栄城が全国に行くには、少なくとも灯湖には名瀬のレギュラーと対等以上になってもらわないと困る。

 そのためには現状で凛を上回って欲しかったのが本音だった。


「そんな心配そうな顔をするな」

「え?」


 その瞬間、インターバル終了のブザーが鳴る。

 灯湖は肩にかかっていたタオルをとって立ち上がると、修に余裕のある笑みを見せながら言った。


「偉そうに言えたことじゃないが、私はスロースターターなんだ。もう少し時間をくれるなら、君を驚かせると約束するよ」


 そして他のメンバーに続いてコートに入っていった。

 修は一瞬その後ろ姿に見とれてしまう。

 その醸し出すオーラが弱小校のエースとはとても思えない程の熱気だったからだ。


(すげぇ自信だな……)


 だが修は知っていた。

 その自信は虚勢などではなく、確固とした実力に裏付けられたものだということを。


 ここまでの灯湖と凛の得点は5-4。


 最初の殴り合いからそれが続くのかとも思ったが、以降二人の 戦いは鳴りを潜めていた。

 おそらく凛も助っ人として参加したチームであまり好き勝手にやるのはよくないと思ったのだろう。


 だがそのうち本性を現してくるはずだ。


 ――ウィンターカップまでには必ずスタメンに入ってみせる。


 ――勝ち取ってみせる。


 全国常連の名瀬高、そのスタメンを虎視眈々と狙う凛。

 そんな彼女が、例え練習試合であっても負ける気などさらさらないだろう。

 必ず隠していた牙を剥き出しにするときがくる。


 そんな凛に対して、灯湖はどんな戦いを見せてくれるのか。


「灯湖先輩、かっこいいね」


 話を聴いていたのか、汐莉が隣にきてそっと囁いた。

 その目は修と同じように期待で輝いており、灯湖の背中を見つめていた。


「先輩の口振りじゃ、これからもっとかっこいいとこ見せてくれるらしいよ」

「うん。楽しみ」


 そう言って汐莉はそのまま修の隣に座った。


(俺も楽しみにしてますよ、渕上先輩)


 そして第二ピリオドが始まった。

 栄城はスタメンの五人が引き続き出場、ライトニングはガードが一人交代していた。


 相手のスローインからスタートし、まずはディフェンスからだ。

 トップからガードが右サイドにいる凛にパスを出す。

 その瞬間、凛は鋭いドライブを仕掛けた。

 今回は灯湖も反応できないという程ではなく、そのまま付いていく。

 しかし付いていくだけで止めることはできず、凛は灯湖と体をぶつけ合いながらレイアップを放った。


 審判が拳を上げながらホイッスルを鳴らす。

 灯湖のファウルだ。

 放たれたボールはギリギリのところでゴールリングからこぼれた。


 凛に二投のフリースローが与えられると、彼女は当然のように二本共をノータッチで沈める。


 続く栄城の攻撃は先程修が指示したように、晶と涼のスクリーンからインサイドで攻める。

 しかし二人のタイミングが噛み合わず、パスミスで相手ボールとなってしまった。


「ドンマイ! それでいいです! 切り替えましょう!」


 修がコートに向かって大声で叫ぶ。

 失敗こそしてしまったが、最初から指示を遂行しようとする姿勢は素晴らしい。

 続けていけば必ず上手くいくケースの方が増えるはずだ。


 ライトニングはスクリーンを掛け合いながらボールを回し攻め所を探る。

 栄城はスクリーンに対して即座に声かけをし、瞬時に対応してノーマークを作らせない。

 まだまだ洗練されているとは言い難いが、それでも練習通りの良いディフェンスだ。


 そしてショットクロックが10秒を切ったところで凛にボールが渡った。

 凛はまたもやミートした瞬間にドリブルを開始し、灯湖を左右に揺さぶる。


 突然右にドライブをしたかと思うとワンドリブルでストップしてジャンプショットを撃った。

 灯湖は凛の急激な動きに体勢を崩されたが、なんとかブロックしようと腕を伸ばす。

 しかしその手は届かず、凛のシュートはネットを揺らした。


「ナイスプレー! いいよ凛ちゃん! どんどん行こう!」


 相手のガードが手を叩いて凛を称賛する。

 それに対して凛は笑顔で拳を掲げて応えた。


「今のストップ&ジャンプシュート……速い」


 汐莉が目を見張りながら呟いた。


「あぁ」


 ストップ&ジャンプシュートは汐莉の得意とする技だが、凛のそれと比べるとスピードがまったく違う。

 凛の場合スピードがある分、シュート時の体勢が悪くなっているが、それはおそらく意図的に速さを優先し、マークを外すことを目的にしているからだろう。

 難しい体勢でも決めきる力を持つ選手でないとできないプレーだ。


「すごいね……」


 そう呟く汐莉を横目でちらりと見て修は驚いた。

 羨望、あるいは悔しそうな顔をしていると思ったが、汐莉は真剣な表情で凛を見つめていた。


「ある意味宮井さんもすごいよ……」


 思わず笑ってしまいながら呟く。


「……? どういうこと?」

「いや、なんでもない」


 汐莉は不満そうに首を傾げたが、すぐに試合に目を戻した。


 栄城の攻撃はインサイドアウトからフリーになった菜々美がミドルシュートを放つが、わずかに逸れてしまい外れてしまった。

 ライトニングがリバウンドを保持して攻守が切り替わる。


「凛ちゃん! もう一回行っとこう!」


 ライトニングのガードがそう声を張り上げて凛にパスした。


「もう、人使い荒いですよ!」


 ボールを受けながら凛は笑顔で文句を垂れる。

 そしてまた灯湖と対峙する。

 今度はすぐにドリブルをせず、体勢を低くしてゆっくり構えた。


「右スクリーン!」


 晶が叫んだ。

 灯湖の右側にスクリーンが立つ。

 そのスクリーンを使うように、凛は左方向に進む動きを見せた。

 しかしそれは凛のフェイントだった。


 スクリーンを使うと見せかけて、逆方向にドライブする。

 だが灯湖もそれを感じ取っていたのか、フェイントにかかることなくステップを踏んで凛と同じ方向に動いた。


「!!」


 その瞬間、凛は進行方向と逆、後ろに向かってステップして3Pラインの外に出た。

 そしてそのままシュートを撃つ。


(マジかよ……!)


 そのシュートはお世辞にも綺麗なシュートとは言えなかった。

 しかしそれでも、ボールはゴールにぐんぐん向かっていく。

 ガシャン、と一度リングに当たって上に跳ね上がったボールは、落下そのままリングを通過した。


 ライトニングの選手が沸き上がった。

 凛に称賛の声をかけ、次々にハイタッチを交わす。


 これでスコアは15-17。

 第二ピリオド開始二分足らずで、凛の三連続得点により逆転を許してしまったのである。

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