第151話
ブザーが鳴り、両チームのスターティングメンバーがセンターサークルに整列した。
その中には不敵な笑みを浮かべた凛の姿もある。
(やっぱり初っぱなから来たか……)
試合前アップ中、修は相手コートの方を観察していたのだが、ライトニングのお姉様方は若いメンバーが一人増えてくれたことを好意的に捉えているようであった。
ライトニングのメンバーが凛に対して「自由にしてくれていいから」「休憩なしでもいけるよね?」という言葉をかける様子も度々見られたため、おそらく凛の体力が続く限りは試合に出続けるだろう。
(頼みますよ……渕上先輩)
「「「お願いします!!」」」
審判のホイッスルに続き両チーム挨拶を交わした。
ナンバーコール(自分のマークマンを確認・共有するために相手の背番号をコールすること)をしながらジャンプボールのポジションにつく。
灯湖は当初の予定通り凛のナンバーをコールした。
なるほど、近くで見ると確かに一目で上手いとわかる。
そう思える程、凛は一年生離れしたオーラを放っていた。
「あなたがトウコ先輩ですね」
すると灯湖の視線に気づいた凛が突然話しかけてきた。
「シオリから話は聴いてます。お互い楽しみましょう?」
そう言ってニコッと笑った。
何気ない言葉にも聞こえるが、その実不遜な態度でもある。
(意図的かどうかはわからないが、完全に見下されているな……。ナメられているのか、それとも余程自分に自信があるのか……)
しかしそれも当然だ。
向こうは強豪校の準レギュラー、片やこちらは無名校のエース。
だが灯湖はそのことに憤ることも、苛立つこともなく、ふっと笑った。
「あぁ、よろしく頼むよ」
余裕すら感じさせる灯湖の表情に、凛は一瞬面食らったような顔になるが、審判がティップオフの体勢に入ったのですぐに身構えた。
ジャンプボールは栄城がとり、まずは攻撃から始まった。
フロントコートにボールを運んできた凪からパスを受け、灯湖は早速凛と対峙する。
その瞬間、思わず息を飲んだ。
(……なるほど)
ポジショニング、佇まい、目線。
すべてにおいて隙がない。
このディフェンスを突破することは一筋縄ではいかないと、灯湖は瞬時に理解した。
「灯湖!」
ミドルポストに晶がフラッシュしてくるのが見えた。
灯湖は一対一の選択肢を捨て、晶にパスを入れてすぐさま左にワンフェイント入れたあと右側からカットインを試みる。
そのまま凛を振り切り、晶からボールを受けてレイアップに持ち込もうという考えだ。
「!」
しかしカットインしようとした灯湖を、凛が即座に体を入れてブロックした。
(……やるな)
仕方なく灯湖は外側に開いてインサイドの攻めるスペースを空けた。
その間に晶と涼のコンビネーションで、まずは栄城が得点を上げる。
そしてライトニングの攻撃。
凛が3Pライン付近でボールをジャンプして受けた、そのとき。
(右だ……!)
着地の瞬間、凛は右方向、つまり灯湖の左側にドライブした。
灯湖は凛の視線や微妙な動きから、見事にそれを読んでいた。
そのはずだった。
「!?」
しかし凛はあっという間に灯湖の脇をすり抜けていった。
そしてカバーに来た涼も躱してレイアップを決める。
抜かれた灯湖は唖然として、ディフェンスに戻っていく凛を見つめた。
それに気づいた凛が、無邪気にウインクをする。
(……なんて速さだ)
灯湖は凛の動きを完全に読んでいたし、完全に止められると思っていた。
しかし凛のドライブは灯湖の反応を上回るスピードだったのだ。
「渕上」
突然かけられた声に、灯湖はハッとする。
いつの間にか近くに凪がやって来ていた。
「パス出すからやり返しなさい。普段あれだけでかい口叩いてるんだから、当然できるんでしょう?」
凪は厳しい目でこちらを睨んできている。
それを受けて、灯湖はたった一つのプレーで腑抜けた顔を見せてしまったことを恥じた。
「当然だ」
そう言って笑って見せると、凪もニヤリと笑い
「そう、じゃあ頼んだわよ」
と言って離れていった。
(やはり凪にキャプテンを代わってもらって正解だったな)
どんなスポーツにおいても立ち上がりはとても重要であり、それはバスケでも例外ではない。
凪はそれを理解しているから、スコア2-2のなんのことはないと思われる状況にも拘わらず声をかけてきたのだ。
灯湖自身が衝撃を受けていたというのも大きいが、あの灯湖が一年生にあっさり抜かれた、という事実は他の部員にも動揺を起こさせる。
そんな状態が続けば序盤にあっさり崩れてしまい、大差をつけられる可能性もある。
それらを払拭するには、灯湖が凛に引けを取らないプレーを見せるしかない。
凪はそれを言いたかったのだろう。
灯湖は気を引き締めてオフェンスに向かった。
凪がドリブルをしながらメンバーに指示を出す。
灯湖だけを残してそれ以外を右サイドに集め、灯湖と凛の一対一の状況を作るアイソレーションの形を作った。
そしてお膳立てを終えた凪から灯湖にパスが渡る。
灯湖と凛、本日二度目の対決だ。
(さぁ、何をしかけてくるの? 見せてちょうだい!)
目を輝かせて笑みを浮かべながら、凛がディフェンスの構えをとる。
灯湖はゆっくりとドリブルを開始し、左右に振りながらリズムを変え、抜くタイミングを測っているようだ。
そして左にドライブをしかけるように一度体を入れたあと、体を起こして溜めを作った。
ロッカーモーション。
ドライブを止めたと見せかけてディフェンスの動きを止め、その瞬間に相手を抜くテクニック。
しかし高レベルのプレーヤー同士の戦いになると、ロッカーモーションをかけても気を抜くことはない。
むしろ続けて速いドライブが来ることを察知し、さらに集中力を研ぎ澄ませる。
そして凛も、灯湖の体が起き上がった瞬間、ドライブが来る、と思った。
問題は右か左か。
どちらに来ても止めてみせる、そう考えて床を蹴る足先に力を込めた。
ところが灯湖がドライブをかけてくることはなかった。
「えっ」
凛は思わず驚いた声を上げる。
その理由は簡単だった。
灯湖がロッカーモーションの構えからシュートフォームを作ったからだ。
凛はそれにまったく反応できず、灯湖はほぼフリーの状態でシュートを撃つ。
そしてボールはゴールに吸い込まれるように、リングに触れることなくネットを切り裂いた。
しかも灯湖がシュートを放ったのは3Pラインの外、つまり3点の価値がある。
灯湖のビッグプレーに栄城のメンバーやスタンドで見ていた観客の一部から歓声が沸いた。
(ロッカーモーションからの
プレー自体はそこまで難しいものではない。
しかし特筆すべきはその鋭さだ。
ドリブルを止めてボールを保持したと思ったら次の瞬間にはシュートを放っていた。
ドライブで来ると思い込んでいたとは言え、まったく反応できないなんてとんでもない速さだ。
凛は呆然として灯湖に視線を向ける。
するとそれに気づいた灯湖が不敵にウインクをした。
「……!」
完全な挑発だ。
凛の胸の中に沸々と闘志が沸き上がる。
(思ったより楽しめそうじゃない……!)
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