第92話
翌日の夕刻。
修は花火大会の会場にやってきた。
河川敷とそれに隣接した総合運動公園を利用しており、敷地はかなり広い。
メインとなるエリアには大きなステージも設営されており、お笑い芸人や歌手などのライブも行われるようで、なかなか規模の大きなお祭りとなっている。
修はスマホを開いて時間を確認した。
どうやら約束の時間よりも少し早く着いてしまったようだ。
修はそのままスマホを操作し、昨晩届いたメッセージを確認する。
集合場所と時間が記載され、そして最後には「楽しみにしてる」という文字列。
まさかこんな展開になるとは思いもしていなかったが、何故か修は断るという考えが沸いてこなかった。
平田の誘いを断っておいて、他の人と行くことに罪悪感を覚えたが、先に連絡をくれていたのはこちらの方なので、という理由で勘弁してもらえるだろうか。
そこでふと、修は自分のうっかりミスに気付いた。
集合場所は公園の北出入口だと思っていたが、メッセージには南出入口と書いてある。
(早く来ておいて良かった……)
真反対に来てしまっていたが、時間にはまだ余裕がある。歩いて移動しても間に合うだろう。
ただ道路を迂回するとかなり時間がかかるため、出店が出ていて人通りの多いエリアを突っ切って行かねばならない。
(こんなとこ一人で歩きたくないけど、しょうがないか……)
修は軽くため息を吐いて歩き出した。
会場には様々な種類の出店が立ち並んでおり、学生や子連れの家族を中心に多くの人で賑わっている。
修は人混みに揉まれるのは苦手だが、こういった祭りの雰囲気自体は好きだった。
たまにはこういうのも悪くないなと思いながら、修は南出入口に向かった。
すれ違う人々の中には浴衣を着ている人も多い。
特に若い女の子は十人十色のカラフルな浴衣を着ており、それらが数人ひとかたまりになって歩く姿はとても目を引いた。
修にはそんな趣味はないのだが、無意識に浴衣の女子を目で追ってしまっていた。
そんな自分に気づき、これではナンパする相手を物色しているようだと思った修は、慌てて視線を進行方向に固定する。
するとその先に明るいオレンジ色の浴衣を着た少女の姿があった。
その少女の顔は修の見知ったものだ。
(宮井さん……)
そこにいたのは汐莉だった。
向こうは修に気づいていないようだが、せっかく会ったのだから声でもかけようかと修が思ったときだった。
汐莉の隣には若い男の姿があり、汐莉はその男と喋っていることに気づいた。
しかもその男も修が知っている人物だった。
サッカー部で平田の友人である寺島だ。
以前、修を呼び出して「汐莉に告白してもいいか」と尋ねてきた。
結局あの後実際に告白したのか、そしてもしそうならその結果はどうなったのか、修は確認できずにいたのだった。
しかしこの場で一緒にいるということは……。
修は自分の心臓の鼓動がどんどん速くなっていくのを感じた。
何故だかわからないが二人の姿をこのまま見ているのは嫌だと思った。
修は二人から視線を逸らし、二人を避けて南出入口へと向かった。
自然と歩く足が速くなり、何度も道行く人とぶつかりそうになりながらも進んだ。
一刻も早くあの場から離れたいという思いだけが修を支配し、それ以外のことは何も考えられなかった。
気がつくと修は集合場所の南出入口に到着していた。
汗でTシャツが貼り付いて不快感を覚える。
修はコンクリートで固められた花壇の縁に座り込み息を整えようとゆっくり呼吸する。
二人が一緒にいたということはもう恋人同士になったということだろうか。
しかし何故そのことに自分がここまで取り乱しているのかがわからない。
修は自分の感情が自分のものではないような気がして、嫌悪感で顔をしかめた。
「永瀬」
そんなとき修を呼ぶ声がした。
修が顔を上げるとそこには背の低い浴衣姿の少女が立っていた。
「凪先輩……」
「お待たせ」
修の約束の相手である市ノ瀬凪。
彼女の誘いで修はここにやってきたのだ。
白に薄ピンク色の花柄をあしらった浴衣を着用し、髪は緩く後頭部でまとめ上げ、派手すぎないピンクの花かんざしを刺している。
凪は微笑んでいたが、修の顔を見るなり目を見開いた。
「どうしたの? 何かあった?」
心配そうな表情で修の顔を覗き込むが、修は反射的に凪から顔を逸らしてしまった。
「べ、別に、何もありませんよ」
自分の心に対する動揺はまだあったが、凪の前でいつまでも情けない顔をしているのは失礼だと思い、修は無理やり笑った顔を作って凪へと向き直った。
「誘ってくれてありがとうございます。さぁ、行きましょうか!」
修は自分の感情を誤魔化すように明るく言った。
しかし凪がじっと修を見つめてくるので、修は笑顔を残しつつも内心で戸惑った。
「永瀬、もし調子が悪いなら無理して付き合ってくれなくてもいいのよ」
凪が真剣な表情で言った。本気で心配してくれているようだ。
「いえ、大丈夫です! 調子悪くなんてないですから! 今日は凪先輩をしっかり楽しませられるよう頑張ります!」
それでも凪はじっと見つめてくる。
しかし修も負けじと笑顔で見つめ返した。
「……わかったわ」
ようやく凪が修から視線を外し、手を腰に当ててため息を吐いた。
「けど別に私を楽しませようなんて思わなくていいわ。なめんじゃないわよ。私があんたを楽しませてやるんだから」
前屈みになって右手の人差し指を修に突きつけ、凪は不機嫌そうに言った。
と思えば今度は朗らかに笑って
「行くわよ! 付いてきなさい!」
と頼もしく言い放った。
修はドキッとして、先を歩き始めた凪の後ろを言われるまま付いていく。
「出店がいっぱいね。とりあえず見て回りましょう」
二人で並んで出店を見ながら歩く。
たこ焼きやかき氷などの食べ物や、輪投げや型抜きなどのゲームといった多種多様な出店がところ狭しと並んでいる。
「あ、見て見て永瀬! 金魚すくいがあるわ!」
凪がはしゃいだ様子で修のTシャツの裾を引っ張った。
「え、凪先輩、ああいうの好きなんですか?」
「小学生の時は得意だったのよ! こんな小さな金魚がこんな大きさになるまで育てたわ!」
凪は自分の手で大きさを示しながら得意気に笑った。
こんなに楽しそうな凪を見ていると、さっきまで修の中にあった悩み事が段々と薄れていった。
(今日は凪先輩と楽しむために来たんだ)
修は気持ちをしっかり切り替えることを決めた。
「じゃあちょっとやってみます?」
「望むところよ。私の腕前に恐れおののきなさい!」
二人は金魚すくい屋にお金を払い、ポイを受け取って水槽の前にしゃがみこんだ。
「行くわよ……。そこっ! あれ?」
凪が勢いよく金魚をすくおうとするが、一発でポイが破けてしまった。
「あれ~? 凪先輩、得意なんじゃなかったんですか?」
「うっさいわね! ブランクがあるんだからこのくらい当然でしょ! あんたこそどうなのよ!」
「見ててくださいね、こうやって……はっ!」
修は黒い金魚に狙いを定めてポイを上げたが、お椀に入れる前にポイが破けてしまう。
「あはは! あんたも人のこと言えないじゃない!」
「お、俺はこれが人生初金魚すくいなんです!」
人生初というのは嘘ではなかったが、想像ではもっと簡単にできると思っていた修にとって、この失敗はかなり恥ずかしいものだった。
すると隣で金魚をすくっていた小学生低学年くらいの男の子が「二人ともへただね!」と無邪気に言った。
その言葉にカチンときたのか、凪は小銭を取り出し店主に差し出す。
「もう一回よ!」
小さい子どもに煽られてムキになる姿は大人げないと思ったが、普段大人びている凪のこういった姿はギャップがあってとても可愛らしいと修は思った。
結局凪は三度挑戦して一匹もとれなかった。
店主がサービスで一匹くれると言ってくれたが、凪は「飼えないから」と断った。
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