第89話
「さて、とりあえずお目当ての名瀬高の試合は終わったわけだけど、せっかくだしもう少し見ていくわよね?」
「そうですね、まだまだ時間に余裕もありますし」
凪の確認に菜々美をはじめ皆が頷いた。
他の高校の試合を見るのも勉強になるし面白いだろう。
「俺、飲み物買ってきます。皆さんの分も良かったら一緒に買ってきますよ」
「あ、なら私も行きます!」
体育会系スキルで気を利かせた修が立ち上がると、汐莉もそれに続いた。
「そう? じゃあお願いするわ」
「ごめんね」
「……ありがとう」
先輩三人からお金を受け取り、欲しいものを聴いてから二人はスタンドを出た。
一階の自動販売機エリアに向かって歩を進める。
「さっきの試合、ほんとにすごかったね! 凪先輩とか、灯湖先輩とか、空さんとか、すごい人は身近にもいるけど、今日は出てる人皆がすごくて、あーこれが全国なんだなって感動しちゃったよ」
道中、汐莉が改めて興奮気味に先程の試合の感想を述べた。
「こういうのは映像で見るよりも生の方が色んなものが見えるから良いよね。流れが変わる瞬間とか、鳥肌立っちゃったよ」
「でも、試合もすごかったけど、永瀬くんと凪先輩もすごいなーって思ったよ」
「俺と凪先輩が?」
「うん。試合の分析みたいなことしてたじゃない? 私あのとき全然会話に入れなかった。言ってることはなんとなくわかるんだけど、見ている時にそんなの感じとれなかったし。ただすごいプレーを見て感動してただけだよ……」
汐莉が自虐的に笑った。
「いや、宮井さんは最近始めたばかりなんだから、それでいいんだよ。そういうのはだんだんわかるようになっていけばいいから」
「うん。でも早くわかるようになりたいな~!」
「こういうのは日々勉強だよ」
「はい! わかりました!」
汐莉は朗らかに笑って敬礼の真似事をした。
修はなんとなくだが、汐莉なら本当にすぐ理解できるようになるのではないかと思った。
そうこうしていると自動販売機エリアに到着した。
そして先輩から頼まれた分と自分達の分を買い終え、来た道を戻ろうとした時だった。
「あれ……? おい! 永瀬! 永瀬だろ!」
少し離れた所から修を呼ぶ声が聞こえたので、二人はその方向へ顔を向けた。
そちらから駆け寄ってきた少年は、修の顔を見て喜びの表情を見せた。
「やっぱり永瀬だった! 久し振りだな!」
修もその顔を見てすぐにこの少年が何者かわかった。
「瀧川か! 久し振り!」
修も再会の喜びで顔を綻ばせた。
「誰……?」
「中学時代県選抜チームで一緒だった瀧川ってやつ」
隣の汐莉から小声で訊かれたので、修も小声で返した。
選抜に選ばれる前から試合でマッチアップした経験もあってお互いの存在は知っていたが、選抜チームの選考会で同じチームになって意気投合し仲良くなったのだ。
「何? その子、もしかしてお前の彼女か?」
「違うよ。同じ部活の子」
「こんにちは!」
汐莉がにっこり笑って挨拶をしたので、瀧川は少し頬を赤らめて目を逸らした。
「ここに来てるってことはお前の学校、大会に出てるのか?」
「そうだよ。□□県代表の
「おぉ、さすがだな!」
瀧川は中学時代
トップの位置からゲームをコントロールするオーソドックスなガードではなく、自分で積極的にゴールにアタックし、場をかき乱しながら周りにパスを供給しつつ自分でも点を取れるアグレッシブなプレイヤーだ。
修はそんな彼に一目置いていたし、プレースタイルが好きだった。
「さっきの男子の試合見てたか? やっぱ優勝候補と言われるだけあって全体のバランスがヤバいよな!」
「いや、俺女子の試合見てたから。てか、男子の試合やってんだな」
「は? 何言ってんだよ。男子は一日中サブコートじゃねぇか」
瀧川は修の発言に眉をひそめた。
それでちらほら男子チームの姿もあったのかと修は納得した。
「何だよ? お前今日は試合ないのか。それにしたって偵察もせずに女子の試合見てるなんて余裕だねぇ。てか、お前今どこの高校通ってんの?」
そう尋ねられたとき、修はようやく自分と瀧川との間に認識の差異があることを理解した。
「栄城ってとこ」
「栄城? 何県? てかそんな学校あったか? 出場校は全部頭に入ってるつもりだったんだけど……」
やはりそうだ。瀧川は勘違いをしている。
「いや、栄城は全国大会には出場してない」
「えっ、そうなのか。それは残念だったなぁ。じゃあその悔しさをバネにウィンターでリベンジだな!」
瀧川は励ますように笑ってガッツポーズをした。
「いや、違うよ瀧川。そうじゃないんだ」
修は自分の心がだんだん沈んで行くのを感じた。
しかしそれを表には出すまいと、努めて淡々とした口調で話す。
「栄城に男子バスケ部はない。俺は女子部のマネージャーだ」
「……え?」
瀧川は修が何と言ったのかわからなかったような表情をした。
しかしこの距離だ、本当に聞こえなかったわけではないだろう。
「俺は今、バスケをやってないんだよ」
修は瀧川に理解を促すようにはっきりと言った。
するとみるみる瀧川の表情が強張っていく。
「……なんでだよ。怪我がそんなに酷かったのか……?」
瀧川は修が怪我をしたのは知っていたようだ。
しかしその後のことは知らないのであろう。
修はここで頷く方が簡単だなと思った。
再起不能の怪我を負ったのでプレイヤーとしての道を諦めてマネージャーをやっている。
そう言えば同情してもらえるだけで済むだろう。
しかしここで瀧川に嘘をつくことは、バスケに対して嘘をつくのと同じことだ。
そして修はもう二度と自分の過ちに背を向けないと決めたのだ。
意を決して修はゆっくりと口を開いた。
「怪我は重いものだったけど、リハビリすればまたプレーできる可能性は高かったよ。でも、ブランクが空いたあとに高校レベルに付いていける自信がなかった。だからバスケ部のない高校に入学したんだ」
気付けば瀧川は修を鋭い目で見つめていた。
その表情からは明らかに修への失望が見てとれる。
「……なんだよ、それ」
絞り出すような瀧川の声に修の胸は刺されたような痛みを感じた。
「お前めちゃくちゃ上手かったじゃん。それなのに、一回怪我したくらいで、ちょっとブランクができるくらいで諦めちまったのかよ」
「あぁ、そうだよ」
「ふざけんな!」
瀧川が修の言葉に被せるように叫んだ。
周りにいた人たちも何事かとこちらに視線を向けてきた。
「ふざけんなよ……。お前は俺ら世代のスターじゃねぇか……。そんなやつが、たったそんだけのことで辞めるとか……」
瀧川は俯いて体を震わせながらぽつりぽつりと呟いた。
「ちょっと待ってよ! 永瀬くんは……!」
瀧川の言葉に我慢できなくなったのか、汐莉が弁明しようと前に出て来たが修はそれを手で制した。
「でも……!」
「いいんだ」
汐莉が不満そうな顔を向けてきたが、修は微笑んで首を横に振った。
「マジで、ふざけんな」
瀧川はそう呟いて顔を上げた。
「俺は冬迄にスタメンの座を奪いとる。それで、お前の手が届かないような所に行ってやる。お前がバスケを辞めたことを後悔させてやるからな」
今にも泣きそうな怒り顔でそう言い捨てた後、足早に二人の前から立ち去って行った。
修は目に焼き付けるように、その後ろ姿を見えなくなるまでじっと見つめた。
「言わせたままで良かったの?」
汐莉が心配そうに言った。
「うん。瀧川も悪気があってあんなこと言ったんじゃないだろうし」
瀧川は恐らく、自分が力を認めたプレイヤーが怪我に負けてドロップアウトしてしまったことが許せなかったのだろう。
一時ではあるが同じチームの一員として高みを目指した戦友だ。
修は瀧川が苛立ちをぶつけてきた理由がなんとなくわかったので、酷い言葉を言われても瀧川に対する怒りが沸くことはなかった。
「それに、今復帰に向けてリハビリしてるって言っても、あいつを怒らせるだけだと思う。『今さら遅い』って。だから、弁明はしない。いつになるかわからないけど、あいつに追い付いて驚かせてやる」
「……そっか」
汐莉は安心した様子で呟いた。
「変なとこ見せちゃったな、ごめん。さぁ、先輩たちのところへ戻ろう」
そして二人は先輩たちが待つスタンドに戻った。
「遅かったじゃない。二人で何してたの?」
三人にお釣りと飲み物を渡して席に着くと、隣の凪が小声で耳打ちしてきた。
その声は淡々としたものだったが、表情はなんだかそわそわしているようにも見えた。
「俺の昔の知り合いに偶然会ったので、少し話してました」
「そうなんだ」
今度は安堵したような顔になったが、修はなぜ凪がそんな顔をしたのかはわからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます