第86話

 目的の駅に到着し、改札を出てから10分程歩いた先に会場である××市立体育館はあった。

 以前汐莉たちが一年生大会を行った体育館よりも更に大きい。


 敷地内にはウォーミングアップをしているチームや、固まってミーティングをしているチームなどの姿も見られる。


「ここにいるチームは全部、各都道府県の代表なんだね……」


 そう呟いた汐莉の声は少し震えていた。

 しかしその表情からは、汐莉が決してこの場の空気に圧倒されたわけではないということが理解できた。


(ここでそんな風に笑えるのはさすがだよ)


 汐莉は興奮冷めやらぬといった具合に笑みをたたえていた。

 だがメインはコートの中だ。全国レベルのプレーを見たとき、汐莉がどんな顔をするのか。

 修はそれが少しだけ楽しみだった。


「とりあえず中に入って、スタンドに座れるところがないか探しましょう」


 凪の先導で修たちは体育館内に入った。

 まずは汐莉が着替えたいというので、皆で更衣室前で待つことにする。

 しばらくしてから汐莉が戻ってきた。

 先程までの運動着からオレンジ色のショートパンツに白い半袖パーカーのコーデだ。


 初めて見る汐莉の私服姿が可愛くて修は大いに動揺したが、今日はバスケに集中せねばとなんとか気を取り直した。


 エントランスや廊下にも選手やチーム関係者の姿が多数ある。

 真剣な面持ちで座り込んでいる者、仲間とじゃれ合ってリラックスしている者など、その待機姿勢は各々だが、それぞれ試合に向けての気持ちを高めているのだろう。


 修たちはそんな中を通り抜けて階段を上り、スタンド席に続く扉をくぐった。


 その瞬間大歓声が修の耳に飛び込んできた。

 選手たちを鼓舞する応援団の声だ。


「うわ、熱気すご……」


 菜々美が誰に言うでもなく呟いたが、修も同じくその熱気を否応なしに感じ取った。

 しかしこれは単純な夏の暑さではない。

 ここにいる選手、チームスタッフ、応援する人たちが作り出した、気持ちの熱だ。


「第一試合がそろそろ終わりそうね。名瀬高の試合はAコートだから一番奥よ。行きましょう」


 修たちは奥の方の席を目指してスタンドの外側を歩いて行った。

 この体育館のメインアリーナはバスケットコートが三面とれる広さであり、現在計六つの女子チームが第一試合を戦っている。


 すると目指している一番奥のコートでブザーが鳴り響き、それと同時に悲鳴と歓声が入り乱れた大きな音の波が修たちに降りかかってきた。

 どうやら試合が終わったらしい。


 修たちが歩いているサイドのスタンド席にいる同じTシャツを着た集団――恐らくベンチ外メンバーたちだろう――が肩を寄せて泣き始めた。

 こちら側に座っていたのは負けたチームの応援団だ。

 反対側のスタンドは逆に歓喜の渦が巻き起こっている。


 スポーツが勝負事である以上勝者と敗者が生まれるのは仕方のないことだ。

 しかし修は自分とまったく関係のないチームでも、敗北して悲しんでいる姿を見るとどうしても同情的になってしまい、心が痛んでしまう。


 修は嗚咽を漏らして泣く彼女たちから目を逸らして唇を固く結んだ。


「五人固まって座れるところはある?」

「うーん、見たところなさそうです」


 ちらほら空いているところはあるが、固まっているのは多くて三つだ。

 これは多少バラけるのも致し方ないかと修が思った時、ちょうど数人のグループの観客が揃って席を立った。


「あ! あそこ空きます! 俺とってきます!」

「私も!」


 修と汐莉は凪たちの返事も待たずに足早に空いた席に向かった。

 二人で荷物を使って五人分横並びで席を確保することができたので、汐莉、修、凪、菜々美、涼の順番で腰をおろした。


 コートを見ると既に第二試合を行うチームが試合前アップを行っている。


「白いユニフォームが名瀬高よ。赤は◯△県の県立山羽高校ってとこらしいわ」

「どっちも、強そう……」

「そりゃ強いよ。どっちも県代表なんだから」


 菜々美が言うことはもっともだが、確かに涼が言うように両チーム共アップの様子から既に『強そう』なオーラが出ている。


「今のうちに名瀬高の注目選手を教えておくわ。まずは今シュートを撃ったショートの子。あれが名瀬高のエースよ。名前は若月わかつき 玲央れお


 修は凪が示した少女を見た。

 気だるげな表情で体を動かしている彼女は、確かに修の目で見ても、このコート上で一番オーラを感じる。


「あれ、もう一人顔がそっくりな人がいますよ?」


 汐莉が言うように、確かに玲央にそっくりな顔の少女がいた。

 玲央より少しだけ長めの髪を後ろで一つに結っている。


「あれが玲央の双子の姉よ。若月 玲奈れな。名瀬高のキャプテンでPGポイントガードね……」


 玲奈のことを話す凪は何故か少し複雑そうな顔をしていた。


「知り合いなんですか?」

「……いいえ、向こうは私のことを知らないと思うわ」


 含みのある言い方で返されたので、修はこれ以上追及すべきではないと思い口をつぐんだ。


「若月姉妹って、プロリーグでも活躍してる若月 美玲みれいの妹なんですよね」

「そうよ、よく知ってるじゃない」

「これに書いてあったので……」


 菜々美は照れ臭そうに笑いながら、自分の手荷物から一冊の雑誌を取り出した。

 有名なバスケットボール雑誌の特別号だ。

 高校総体を全面的に押し出した内容のものらしい。


「あとはシューターの菱川ひしかわ 嘉音かのん。あのツインテールの子よ。比較的プレーにムラがある方なんだけど、当たってる時の3Pシュート成功率は七割以上、すごい時は一試合で10本の3Pを決めたらしいわ」

「3Pを10本も……!」


 修の隣で汐莉が息を飲む音が聞こえた。

 驚くのも無理はない。3P10本なら一人で30点は決めたことになる。

 それは凄まじい数字なのだ。


「最後にCセンター須藤すどう ジュリア。アメリカ人とのハーフらしいわ。今ベンチにいるわね。……あら? 怪我してるのかしら」


 ベンチの方を見るとかなり長身でブロンドの髪をシニヨンにした少女が立っているのが見えた。

 日本人離れした風貌は他のメンバーよりも大人びて映り、少女というより女性と形容した方が適切ではないかとさえ思える。

 そしてその右腕は凪の言う通り白いギプスでガチガチに固められている。


「先日練習中に怪我したみたいですね。骨折らしいです」


 菜々美が雑誌の名瀬高のページを見ながら言った。

 この大事な時期に怪我をするなんてチームとしても痛手であるし、何より本人も辛いだろう。

 修は彼女の気持ちを慮って眉をひそめた。


「今言った四人の三年に二年のPFパワーフォワードを加えた五人が基本的にスタメンよ。強豪校だから層が薄いわけじゃないけど、特に今名前を挙げた四人の力が突出しているから、ほとんどメンバーチェンジはしないチームみたい」

「……随分下調べをしてきたんですね」

「別に今日のためじゃないわよ? 同じ県内の強豪校のデータはだいたい頭に入ってるわ。まぁ、趣味みたいなものね」


 凪はぶっきらぼうに言ったが、こうして解説をしてくれる人がいるのはありがたかった。


 そうこうしている内に両チームアップを終え、ベンチに引き下がった。

 スターティングメンバーがTシャツを脱いでユニフォーム姿になり、コーチの元に集まって試合前最後の指示を聴く。


 そしてタイマーのブザーが鳴り、続けて主審が強く笛を吹いた。

 修はごくりと唾を飲み込んだ。

 いよいよ試合開始だ。

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