第26話
翌日の昼休み、昼食を食べた後修はとある小教室へとやって来た。
小教室は普通の教室の三分の一程の広さの教室で、選択科目で履修生の少ない授業を行う場所だ。
化学室や音楽室等の特別教室とは違い、貴重な物も置いていないので授業中以外でも施錠されていない。
「ここなら静かに話ができるだろ」
修と一緒に小教室に入った少年が言った。
「ああ、悪いな平田。時間とってもらって」
「そういうのいいから。友達だろ俺たち」
修が相談相手に選んだのは平田だった。修の身近の人物で最も信頼が置け、最も話しやすく、また良いアドバイスをくれそうな男だ。
「ありがとう」
平田には昨日の夜にメッセージで相談があることを告げていた。
平田が「大事な話なら直接会って話すのがいいだろう」ということで、メッセージで済ませずにこうして昼休みに小教室までやってきたわけだ。
「いやぁ、それにしてもようやく修君が俺を頼ってきてくれる日が来たか~」
平田は窓のへりに両手をつき、空を見上げる。
「平田、真面目な話なんだ」
修が真剣な声色で言うと、平田はくるりと振り返った。
「ああ。真面目に聴くよ」
平田の表情も真剣そのものだった。修の雰囲気を感じ取ってくれているのか、あるいはメッセージを受け取った時点で覚悟してくれていたのだろうか。
「んで、どうした?」
「この前、昼休みに俺が宮井さんと一緒にいるところ見たよな。実は昼休み、宮井さんにバスケを教えてたんだ」
「へぇ~……。てことは、修はバスケ経験者なわけか。……まぁ、薄々感付いてはいたけど」
恐らく以前体育でバスケがあった時だろう。
あの時修は涙を流していたし、バスケがやりたいと口にしていた。修がバスケに浅からぬ想いがあることは明らかだった。
「それで、次の土曜にバスケの一年生大会ってのがあって、宮井さんも出るみたいなんだけど、それを見に来てって誘われたんだ」
平田はふんふんと相槌を打つ。
「でも、俺ちょっと……過去にトラウマがあって……。一緒の体育館でやってる男子の試合を見てしまったら、多分、精神的にも、肉体的にもキツいんだ……」
「トラウマ……。キツいって、具体的には?」
「めまいがして……動悸が激しくなって……吐く」
修は発作が出たときのことを思い出してしまい顔を歪めた。
「おぉ……そりゃけっこう重症だな……」
平田も眉を寄せる。
「でも断れば宮井さんは悲しむと思う。なんでかはわからないけど、俺にすごく試合を見せたがってるんだ。彼女を悲しませるのは、俺も辛い……」
「ふーん……。なぁ修、いっこ訊いてもいいか?」
「なんだ?」
「これ、真面目に訊いてるからな。修は宮井さんのこと好きなのか?」
修は平田の目をじっと睨んだ。だが平田は引かない。本人の言うとおり真面目に訊いているようだ。
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「アドバイスするには情報が必要だからだよ。お前が宮井さんのことどう思ってるのかが、俺の中では重要なことなんだ」
「…………」
汐莉のことをどう思っているか。
それは修にとって難しい質問だった。しかしあえて言葉にするなら。
「好きとかはよくわかんないけど……宮井さんは、俺にとって特別な人だ。俺をバスケと繋ぎ合わせてくれた」
最初に出会った時を思い出す。美しいシュートに目を奪われたのが始まりだ。
ころころ表情を変えて楽しそうにする汐莉との練習は、修にとってかけがえのない時間だった。
「修って今まで女子と付き合ったことある?」
「それ必要なことなのか?」
修は少しイラっとして怪訝な顔をした。
「必要だよ。俺が真面目に相談してきてるヤツを茶化すようなヤツだと思ってんなら、今すぐ教室に帰るべきだぜ」
そんなヤツだとは思っていない。信頼してここまで来てもらっているのだ。
修は申し訳なく感じて態度を改めた。
「一回だけ付き合ったことはあるよ。中二の時に
修に告白してきたのは学年で一番かわいいと持て囃されていた女の子だ。
相手のことは別に好きでも嫌いでもなかったが、告白されたこと自体は嬉しかったのでとりあえず付き合うことにした。
しかしろくにデートもせず、バスケのことばかりの修は愛想を尽かされてフラれたのだった。
「なるほどねぇ……」
平田は何か言いたそうだったが、胸の内に押し込めているようだった。
「オッケー、それはわかった。話をまとめると、修は宮井さんを悲しませたくないけど、行ったらものすごく体調崩しちゃうからどうしようって悩んでるわけだな」
「そういうことだな……どうすればいいと思う?」
平田は唸りながら天を仰いだ。
「俺思うんだけどさ、こういう相談してくる時って、大体自分の中では無意識的に答えが決まってる場合が多いんだよな……。どうした?」
修が目を丸くしているのに気付いた平田が怪訝な顔をした。
「いや、川畑先生も同じ事を言ってたから……」
「川畑? 誰?」
「世界史の先生だよ。昨日相談に乗ってもらってた」
「え~!? 真っ先に俺を頼ってくれたんじゃないのかよ!」
平田は悲しそうな顔で声を荒げた。
「ご、ごめん!」
「いや、冗談だよ。そんなんで拗ねたりしねーから安心しろ」
真に受けて謝罪する修に平田は呆れ顔で笑う。
「まぁ、でもそういうことだ。でもお前の中ではどっちを答えにするかの自覚はないんだろ?」
「そう、だな」
正確には昨日川畑と話した際に自分は試合を見に行きたいのかもしれないと思っていた。
だがいまいち確信が持てないから平田にも相談しているわけだ。
「俺ならもしその行動を起こすことで、めまいはするわ、呼吸は辛いわ、吐き気はするわってことになるんなら、絶対にそれはやらない。でも、お前は違う。そうなることがわかっているのに、行くって選択肢がなくなっていない。それどころかお前の中では半々ってところなんだろ?」
「ああ」
平田が修に近づいてきた。机を挟んで身を乗り出し、顔を近づける。
「そんなの既に半々じゃねぇよ。お前は行きたがってんだ」
修は自分の心臓がドクンと跳ねたのを感じた。
「そんで、行くべきだと俺は思うよ」
平田は顔を離し、ニコッと笑った。
(やっぱりそうだ。俺は……)
平田の言葉で自分の中の疑惑が確信に変わった。
「俺は……宮井さんのプレーを見に行きたいんだ……」
修は思わず泣きそうになりながらも微笑んで呟いた。
「答え出たな」
「ああ。ありがとう平田」
「もし助けが必要なら俺も一緒に行くぜ?」
そんなことも気にかけてくれる平田に修は心底脱帽した。
「ありがとう。でも大丈夫。死ぬようなことじゃないし、一人で行きたいから」
「……そっか」
平田は心配そうな顔をしたが、大人しく引き下がってくれた。
「上手く行くといいな。応援してる」
「ありがとう」
修はもう何度目になるかわからない感謝の言葉を平田に告げた。
その日の夜、修は汐莉に試合を見に行く旨のメッセージを送った。
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